迫り来る魔物
私は西園寺蘭子。霊能者です。
弟子の小松崎瑠希弥の類い稀なる感応力で、マンションの近くの公園での怪異に気づいた私達は、親友の八木麗華が一番苦手な「只働き」をする事にしました。
「二人共、ウチの事、誤解してるねん。ウチはケチやないで」
マンションに戻る途中、麗華が自分の事を切々と語ります。
ケチじゃなくて、ドケチなんでしょ?
そう言いたいところですが、さすがにそこまでは言えません。
「只やと、力が入らへんねん。それだけの事や」
麗華は何だか、達成感を得たような顔で言いました。
いやいや、それを世間一般では、「ケチ」と言うのだと思います。
彼女は根本的にその辺りがズレているようです。
まあ、私もズレているのは自覚していますが。
部屋に戻った私達は、リヴィングでシンキングタイムです。
「普通、あれほどの禍々しさを放つものが、その痕跡も残さずに消えてしまうなんて考えられません」
瑠希弥が真顔で言います。麗華は腕組みをして、
「そやな。ウチもそこが引っかかるねん。どうにも腑に落ちんのや」
「公園にいたはずのあの小型犬とおじ様も、全く影響を残していなかったわね」
私も、ある程度推理を組み立ててみたのですが、謎の部分があるのです。
禍々しさの痕跡を残さず、現場から姿を消す。
あり得ないのです。瑠希弥の言う通りなのです。
「何か、私達が気づいていない事があるはずなのよ。それさえわかれば、怪異の原因も正体も、誰がそんな事をしているのかもわかるはず」
私は麗華と瑠希弥を見ながら言いました。
蘭子達が話し合っていた頃、犠牲者の女性達が閉じ込められている部屋は、いよいよおぞましい事になって来ていた。
「あああ!」
一人の女性が全裸のままでのけ反って悶えている。他の四人の女性達もそれぞれ、一人で悶え始める。
それはさながら、一人セッ○ス。見えない相手と快楽に溺れているようなのだ。
「あん、あん、あん……」
女性達は髪を振り乱し、白眼を剥き、涎を垂らし、愛液を垂れ流しながら絶叫していた。
「快楽に全てを捧げよ。お前達は我が
また不気味な声が部屋の中に響く。
「もうすぐだ。もうすぐ、完成する。我が
声はその後、低く笑った。
私達は、しばらくいろいろと考えてみたのですが、どうしても謎が解けません。
小型犬は利用されただけで怪異そのものに関わった訳ではないのはわかります。
そして、あの青いジャージのおじ様は、怪異に利用され、何かをしたのはわかりますが、それ以上は突き止められません。
「時間……」
私はふと思いついた事を口にしてみました。
「それです、先生。私は、場所にばかり囚われていましたが、時間が関係しているのですよ。ですから、あの怪異が起こったのと同じ時間に公園に行ってみましょう」
瑠希弥が目を輝かせて私を見ています。
「そうやな。そして、おっさんと犬も、何か関係してるんやろ? 術具ゆう程ではないけど」
麗華が腕組みを解いて言います。
「それから、あの公園で最近何かが起こっていないか、調べる必要があるわね」
私は事務所に行かないとダメだと思いましたが、
「大丈夫です、先生。任せてください」
瑠希弥は自分のアタッシュケースからiPadを取り出しました。
メカ音痴の私には、本当に羨ましい才能です。
「ほう、さすがやな、瑠希弥」
麗華はiPadを覗き込みます。
「蘭子は、炊事だけやのうて、メカもダメやったな」
麗華は嬉しそうに私を見ました。ムカつく顔です。
でも、本当の事なので、グッと堪えます。
「最近、公園で起こったいくつかの事件がヒットしました」
瑠希弥が検索結果を見せてくれました。
あの公園で、ここ数ヶ月の間に何人かの女性が姿を消しているようです。
「これやな」
麗華が食い入るように記事を読みます。
姿を消したのは、全部で四人。皆、あの公園でジョギングが日課だった人達だ。
「あの公園、ドッグランもあるのね。犬を連れて来る人も多いみたい」
私も画面を覗き込んで記事を読んだ。
「但し、消えた女性を連れ去ったと思われる人物については、毎回目撃情報が違っているようですね。最初の事件の犯人と思われる男は、長身で二十代前半でタンクトップと短パン姿です。二人目の時は、七三分けの三十代前半で小柄でスーツ姿。三人目の時は、痩せた長髪の三十代後半の男、四人目は目つきが鋭くて、筋肉質の大柄な男です」
瑠希弥が読み上げてくれました。
なるほど、見間違いとは思えないくらい、容疑者の人相風体が違っています。
「そして、五人目の被害者と関わりがあると思われるのが、あの青いジャージのおじ様ね」
私はその人の姿を思い起こして言いました。
メタボ体型で、髪の毛が寂しい人。
「あのおっさんの居所を突き止めて、話を聞くんが、一番手っ取り早いんとちゃうか?」
麗華が提案しました。私は瑠希弥を見て、
「あのおじ様の家、わかる?」
「はい、もちろん。行ってみますか?」
瑠希弥は即答して尋ね返して来ます。
「いきなり行ったら、迷惑じゃないかしら?」
私は苦笑いして答えました。すると瑠希弥は、
「あの人、アパートに一人暮らしですから、多分大丈夫ですよ」
とニッコリ笑って言いました。そこまでわかるなんて、瑠希弥、ちょっと怖いわ、貴女……。
私は思わず麗華と顔を見合わせてしまいました。
そして、早速私達は瑠希弥の先導で、マンションの前で見かけたおじ様の住むアパートへと出かけました。
「あの歳で一人暮らしなんて、部屋の中見るん、何や恐ろしいなあ」
麗華は身震いしながら呟きます。確かにそうです。
ああ、また太田梨子邸の悪臭が鼻の奥に蘇って来るようです。
「いえ、部屋の中は奇麗に片づいていますよ。只、その……」
瑠希弥はそう言って口籠ります。心なしか、顔が赤くなっています。
彼女には、おじ様の部屋の様子まで見えているのでしょう。
そして、恐らく見てはいけないようなエッチ系のものを見つけてしまったのかも知れません。
「こっちです」
瑠希弥はそれでも挫けずに私達を案内します。
やがて人通りの少ない狭い路地に入りました。
「中年オヤジの一人暮らしで、部屋が奇麗に片づいてるなんて、それはそれでゾッとするなあ」
麗華はいずれにしてもゾッとするようです。
「多分、エロDVDがズラッと並んだ棚があるんやろな」
にやにやして瑠希弥の顔を覗き込みます。意地悪ですね。
瑠希弥は麗華にそんな事を言われて、ますます顔を赤らめてしまいました。
「あ」
瑠希弥が不意に歩みを止めました。
「何や、気に障ったんか?」
麗華がギクッとして言い、私を見ます。どうして私を見るの、麗華?
「違います。この先にいるんです。あの時の禍々しいものが……」
瑠希弥が震え出しました。
「ホントだ」
私もその禍々しいものを感じ始めました。時間はキーポイントではないのでしょうか?
「なるほど、敵さん、ウチらに気づいたっちゅう事か?」
麗華はニヤリとしました。
「その通りだよ、お嬢さん方」
背筋に冷たいものを入れられたような感覚に襲われる声が聞こえました。
「何者なの!?」
私は数珠を手にして周囲を見回します。麗華と瑠希弥も同じです。
「三人はいらない。二人だけ来てもらおうか」
もう一度声がしました。私達は一斉に声が聞こえた方を見ます。
「貴女と貴女。一緒に来てください」
そう言ってニヤリとしたのは、どう見ても私達より遥かに年齢が上のタキシードを着た白髪の老紳士でした。
この人が怪異の元凶なのでしょうか? でも、違うような気もします。
どうなってしまうのかしら?
西園寺蘭子でした。
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