魔物の正体
私は西園寺蘭子。霊能者です。
私のマンションの近くにある公園で起こった怪異を調べて行くうちに、私達はその禍々しい気を纏ったタキシード姿の老紳士と遭遇しました。
「二人だけ? どういう意味や、ジイさん?」
麗華は老紳士が発した言葉に眉をひそめて尋ねます。しかし老紳士は、
「貴女と貴女。貴女はいらないから、知る必要もない」
と麗華を見てニッと白い歯を見せました。
「貴方は何者ですか? 人の身体を渡り歩いて、何をしているのです?」
私の弟子である小松崎瑠希弥が尋ねます。
「ほお。それがおわかりか? さすが、小松崎瑠希弥さんだ。私が見込んだだけの事はある」
老紳士はニコッとして瑠希弥を見ます。
麗華に見せたのが「嘲笑」だとすれば、瑠希弥に見せたのは間違いなく「賛辞」。
そういう事には人一倍敏感な麗華が、気づかない訳がありません。
「おい、ジイさん、ウチを舐めとるんか!」
麗華は印を結び、いきなり真言を唱えます。
「オンマカキャラヤソワカ!」
それも大黒天真言です。
「ぐはあ!」
老紳士は避けるでもなく、防御するでもなく、それをまともに受け、地面に倒れました。
「何や?」
麗華もそれを見てギョッとしたようです。
「しっかりしてください」
私と瑠希弥はすぐさま老紳士を助け起こします。
「ど、どういうこっちゃ?」
麗華は訳がわからないようです。
「この人は只の依り代です、八木様」
瑠希弥が麗華を見上げて説明します。
「依り代?」
麗華はまだ事情がよくわかっていないようです。
「私は一体……?」
老紳士は私達に助け起こされながら、自分を取り戻したようです。
「大丈夫ですか?」
私は老紳士に治癒の気を送りながら、肩を貸します。
「ああ、ありがとう、お嬢さん」
やはり、見かけ通りの優しい人のようです。
しばらく私と瑠希弥で老紳士に治癒の気を送り、回復したのを確認して、別れます。
「麗華、私達が相手にしようとしているのは、実体を見せずに動き回る手ごわい奴よ」
私が歩きながら言うと、麗華はようやく理解したようで、
「そうか。何らかの方法で他人に乗り移って、悪さをしてるんやな?」
「ええ。現場に全く痕跡が残らないのは、そのためよ。依り代から抜け出せば、そいつの気は完全に途絶えてしまうから」
私はそう言いながら瑠希弥を見ます。瑠希弥は頷いて、
「強敵ですね。まだ居場所すら特定できていませんし」
「青ジャージのおっさんとこに行くしかないか?」
麗華は腕組みをして呟きました。すると瑠希弥は首を横に振り、
「今、お爺さんに接触してみてわかったのですが、依り代にされた人は全くその時の記憶がないようです。無意識層に探りを入れても、何もわからないと思います」
「そうかあ」
麗華はがっかりしたようです。
「それに、さっきのお爺さんから感じた気は、公園で発せられたものより弱かったと思います」
瑠希弥が続けます。私と麗華は瑠希弥を見ました。
「やはり、公園、時間、そして依り代とされる人、それから犬が、何らかの形で関わっているのではないかと思います」
瑠希弥がもう一度iPadを起動させて記事のサイトを開きました。
そしてその記事から派生する別の記事、あるいは噂話のようなサイトまで閲覧しました。
「記事には載っていませんでしたが、襲われた女性は全員犬と接触しているようです」
私は顎に手を当てて考え込みました。
公園。犬。人。時間。
それを操る見えない敵。
「瑠希弥、その事件より更に前に、何かの事件が公園で起こっていないかを調べられる?」
メカ音痴の私には、iPadがどれほどのものかわかりませんので、探るような目で尋ねました。
「わかりました」
瑠希弥は真面目な顔でそう答えて、また画面をタッチします。
その指の動きがあまりにも華麗で、うっとりしそうになりました。
メカに強い人、本当に尊敬してしまいます。
「三十年ほど遡りましたが、取り立てて大きな事件は記録されていませんね」
残念そうな顔で、瑠希弥は告げました。瑠希弥は申し訳なさそういに私を見ているので、こちらが恐縮してしまいます。
「もしかして、記事にもならんような事かも知れへんで」
麗華がニヤッとして言います。きっと嫌みのつもりだったのでしょうが、
「それかも!」
と私が同意したので、彼女はビクッとしました。
「え? 当たりなんか?」
私達は、直接探るしか道はないと判断し、再び公園へと向かいました。
その頃。
公園からそれほど離れていない廃ビルの一室では、何度もイッてしまった全裸の五人の女性達が虚ろな目で床の上を這いずり回っていた。
部屋の中は、淫靡な匂いが立ち込め、それが女性達を更に恍惚とした表情にしていく。
「あと二人は、小松崎瑠希弥と西園寺蘭子。この二人の力を得れば、我はまさしく無類無敵になれる」
不気味な声が言い、クククと低い笑いを漏らした。
私達は、また公園に足を踏み入れました。
すでに会社や学校の始業時間になっているので、人影はまばらです。
そこにいるのは、仕事を退職した年配の男性と、これから買い物に行くために自転車に乗る若い主婦、悠々自適な生活をしている有閑マダムと思しき中年女性らがいました。
「加害者と思われる男性は、全員働いている年代です。そして、時刻も会社が始まるしばらく前。この時間とは公園に漂う波動が違いますね」
瑠希弥が全体を見渡しながら言いました。
確かに、朝の公園はもっと慌ただしい感じがしました。
「先生、八木様、こっちです」
瑠希弥が何かを感じて歩を速めます。
「何や? どないしてん?」
麗華も大股で瑠希弥を追います。
「待って」
考え事をしていて出遅れた私は、駆け出して二人を追いかけました。
「ここです」
瑠希弥が何かを感じたのは、ドッグランでした。
今は、中年の女性が幾人か、自分達の飼い犬を気ままに遊ばせています。
「ここがどうしてん?」
麗華はそんな呑気そうなおば様達を見渡しながら、瑠希弥に尋ねました。
「感じませんか? ここであったある事件を?」
瑠希弥がそう言ったので、ようやく私も気づけました。
「これは……」
そのドッグランのそばで、一人の女性がある犬に噛まれるという事件がありました。
女性は大した怪我でもなく、事件にもならなかったので新聞にも載りませんでした。
ところが、その女性はどうしても噛んだ犬が許せず、何日か後になって、その犬に毒入りの餌を食べさせて殺してしまったのです。
飼い主は真相を突き止め、警察に訴えましたが、警察は訴えを取り上げてくれませんでした。
飼い主は女性を恨むあまり、自分でいろいろ調べ、復讐を企てたようです。
そして辿り着いたのが、今回の事件の黒幕的存在。
「こいつは根が深いで、蘭子」
麗華もその存在を感じて眉間に皺を寄せました。
「犬の飼い主も、そいつに利用されているわ。飼い主を盾にして、自分は安全な場所にいる」
私は黒幕のあまりに用意周到な隠れ方に虫酸が走りました。
飼い主の正体までは辿り着けるのに、その先が完全なブラックボックスなのです。
「どうしますか、先生?」
瑠希弥が私を見ました。麗華も私を見ています。
「こうして嗅ぎ回っていれば、私達の事を鬱陶しく思って、またちょっかい出して来るでしょ? それを待つしかないわね」
そこで意味あり気に麗華を見ます。麗華は肩を竦めて、
「わかったがな。今度は不用意に仕掛けんて」
と言いました。
今まで出会った敵と違い、陰湿で抜け目のない敵。
手強いですね。でも、麗華と瑠希弥が一緒なら、何とかなるでしょう。
西園寺蘭子でした。
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