温泉でマッタリ

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 弟子の小松崎瑠希弥の姉弟子的存在である椿直美さんの待つ長野県下伊那郡山奥村に来ました。


 椿さんは駅まで迎えに来てくださり、七人乗りのミニバンで彼女の生まれた村に向かいます。


 そこは瑠希弥の生まれ故郷でもあり、日本有数の霊媒師の里でもあります。


「まずは家の裏にある温泉で疲れをとってください。その間に夕ご飯の支度をしますから」


 運転席で椿さんが言いました。


「私、手伝うね、直美さん」


 助手席の瑠希弥はとても嬉しそうに言いました。


「ありがとう、瑠希弥」


 椿さんは微笑んで応じています。


 何だか羨ましいです。


 私も瑠希弥とお料理を一緒にしたいのですが、包丁を持つと震えてしまうので、無理です。


 


 山奥村の駅に着いたのは午後三時頃でしたから、それから一時間ほどで、椿さんと瑠希弥の生まれた村に着きました。


 まさしく、人里離れた場所です。


 道路も舗装されておらず、電柱も見当たりません。


 もちろん、コンビニやスーパーなんてどこにもないです。


「ものごっつ不便そうなとこやんけ」


 親友の八木麗華が小声で言いました。


「麗華、失礼よ」


 私はキッとして彼女を睨みました。


「その通りですから、お気になさらず」


 椿さんはルームミラー越しに私を見て微笑みました。


 椿さんが住んでいるのは、大きな茅葺き屋根の平屋建ての家です。


「この村の霊媒の人達は、電気や電波に弱いので、家電は一切ありません。ご不便でしょうが、ご了承ください」


 椿さんは家の前の庭に車を停めて申し訳なさそうに言いました。


「たまにはそういうのもいいと思います」


 私はちょっとだけ不安でしたが、これも修行と思い、そう応じました。


「出羽のジイさんのとこかて、ここまで不便やなかったな」


 麗華はまだそんな事を言いながら、口を尖らせています。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


 私達がバッグを肩にかけて車を降りると、家の中から詰め襟の学生服を着た若い男の子が出て来て、ペコリとお辞儀をしました。


 年の頃は十代半ばでしょうか? キリリとした涼やかな目元で、髪は短く、毬栗いがぐり頭とでも言うのでしょうか?


「蘭子、ええ事あったな」


 麗華が下品にも舌舐りして囁きます。


「犯罪よ、麗華」


 私は彼女をたしなめました。


「アホ、何言うとるねん」


 麗華はそう言いながらも顔は少年に釘付けです。


「この子は私の弟の正恭まさやすです。よろしくお願いします」


 椿さんが紹介してくれました。


「よろしくお願いします」


 正恭君は麗華がジッと見ているのに気づき、顔を赤らめて言いました。


「正恭、西園寺先生達を温泉にご案内して」


 椿さんはそう言うと、


「失礼します」


 瑠希弥と共に家の奥にある台所に行ったようです。


「ご案内致します」


 正恭君は私達を温泉に案内してくれました。


 それは家の横を通り、裏に抜けるとあるようです。


「温泉て、もしかして、露天風呂か?」


 麗華が必要以上に正恭君に顔を近づけて尋ねるので、正恭君は顔を引きつらせています。


「あ、はい、そうです」


 露天風呂と聞き、私も楽しみになりました。


「こちらです」


 正恭君が右手で示してくれたのは、もうもうと湯気が立つ想像以上に広々としたお風呂でした。


 温泉旅館によくある岩風呂ではなく、その先にある渓流から水を引き込み、ざっくりと掘っただけの簡単な造りですが、解放感抜群でいい感じです。お風呂の向こう側は鬱蒼うっそうとした森で、人家はありません。一応高さが三メートルくらいある板塀で周囲が囲われています。


「脱衣所とかはないんですか?」


 私は辺りを見回しながら尋ねました。


「はい。周りには誰もいませんので、ここでお召し物を脱いでお入りください。籠はこちらにあります」


 家の軒下に脱衣籠がありました。


「では、ごゆっくり」


 正恭君がお辞儀をして立ち去ろうとすると、


「何や、行ってまうん? 背中くらい流してえな、正君」


 麗華がすでに服を脱ぎ始めながら言います。


「ちょっと、麗華!」


 私は恥知らずな行動に驚きました。


「それはできませんので……」


 可哀想に正恭君は顔を真っ赤にして走り去りました。


「麗華!」


 私は彼女を睨みつけました。


「冗談やて、蘭子」


 麗華はガハハと笑いながらたちまち服を脱ぎ終えます。


「麗華、ちゃんと掛かり湯して入りなさいよ」


 私も服を脱ぎながら言いました。


「ウチは子供やないで」


 麗華はムッとした顔で爆乳を揺らしながらそう言うと、風呂の端にある木の桶で湯をすくい、身体にかけました。


「おおう、ちょうどええ湯加減やで、蘭子」


 麗華は雄叫びと共にザブンと飛び込みました。


「きゃ!」


 また服を脱ぎ終わっていない私は危うく濡れそうです。


「もう!」


 麗華を睨むと、彼女はお風呂の中で平泳ぎをしていました。


「ええ気持ちやなあ。こない癒されるん、久しぶりやで」


 あまり楽しそうなので、怒る気力が失せました。


 私も掛かり湯をし、静かに右足から湯に浸かります。


「ああ、いい気持ち」


 肩まで温泉に浸かると、疲れが一気に解消されていく感じがしました。


「蘭子、夕焼けが奇麗やで」


 麗華は仰向けに身体を浮かばせ、空を眺めていました。


 丸見えなので窘めたいのですが、周囲に誰もいないのでいいでしょう。


「失礼します」


 そこへ瑠希弥がやって来ました。


「食事の用意はもういいの?」


 私は瑠希弥を見上げて尋ねました。すると瑠希弥は、


「直美さんが、疲れをとって来なさいって言ってくれたので」


 プルンと大きな胸を震わせて、掛かり湯をし、お風呂に入って来ました。


 麗華と瑠希弥に挟まれると、何だか落ち込みそうです。


 こんな時、G県の霊感少女である箕輪まどかちゃんがいると励みになりますが……。


 それは失礼ですよね。只今成長期の彼女もすでに私より大きいかも知れないし……。


 ああ、余計悲しくなって来ました。


「先生方とお風呂なんて、初めてですね」


 瑠希弥がそう言いながら私に近づいて来ますが、私は少しずつ彼女から離れます。


「先生?」


 瑠希弥はキョトンとしています。


「瑠希弥、蘭子は落ち込んでるねん。ウチとあんたに挟まれたら、尚の事自分の貧乳がわかるからな」


 麗華が言いにくい事をズバリと言ったので、


「うるさいわね!」


 思いきり睨んであげました。


「先生は貧乳ではないと思いますよ」


 瑠希弥が真面目な顔で麗華に反論するのを見て、それはそれで屈辱的だと思う私です。


 


 やがて、私達は心ゆくまで温泉を堪能し、椿さんが待つ食堂へ向かいます。


 そこは広さ二十畳ほどの板の間で、お膳にそれぞれの食事が載せられています。


 明かりは大きなアセチレンランプが部屋の四方に備え付けられており、思ったよりは明るいです。


「なかなか風情のあるお食事ですね」


 私はお膳の前にある紫の座布団に正座しながら言いました。


「ありがとうございます」


 配膳をすませた椿さんが微笑んで応じました。正恭君は麗華が怖いらしく、目を合わせないようにしてお膳を配置していました。


 彼女を後でじっくりお説教しないといけません。


「全てこの近くでとれたもので作りました。お口に合うとよろしいのですが」


 椿さんは正座しながら言い添えます。


「大丈夫や。ウチも蘭子も舌は肥えとらんから」


 麗華が言いました。それは椿さんに失礼だと思いましたが、まあいいでしょう。


「本日はごゆっくりお休みいただき、明日、村の者達の歓迎式典に出席してくださいませんか?」


 椿さんはすでにお代わりしている麗華にお櫃からご飯をよそいながら言いました。


「歓迎式典、ですか?」


 私は箸を止めて椿さんを見ました。


「はい。サヨカ会を貴女方が壊滅させてくださったお陰で、私達の今日があります。そのお礼を兼ねて、一席設けるそうです」


「そうですか。そんなにお気遣いいただかなくても……」


 私は遠慮ではなく、本当にそう思ったのですが、


「ええやん、蘭子。ご好意は素直にお受けするもんやで」


 麗華にそんな事を言われたくないのですが、お断わりするのも申し訳ない雰囲気なので、


「わかりました。お言葉に甘えて、出席させていただきます」


「ありがとうございます、西園寺先生、八木先生」


 椿さんがそう言って頭を下げたので、


「その先生はやめてください、椿さん。貴女の方がむしろ先生なのですから」


 私が言うと、椿さんは恥ずかしそうに俯き、


「とんでもないです。私は先生ではありません」


 椿さんの謙虚さ、麗華に分けて欲しいです。


「な、何やねん、蘭子?」


 私が半目で見ているのに麗華が気づきました。


「別に」


 私は苦笑いして惚けました。


 さて、歓迎式典、何だか楽しみです。


 


 西園寺蘭子でした。

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