大歓迎の理由
私は西園寺蘭子。霊能者です。
様々な縁で、私と親友の八木麗華は、弟子の小松崎瑠希弥の姉弟子的存在である椿直美さんのお宅にお邪魔しました。
そこは長野県下伊那郡山奥村にある霊媒師の里と呼ばれる聖地です。
文明の利器と呼ばれるようなものが一切ない、霊能者にとっては快適この上ないところです。
電化製品が出す電磁波は、特に霊媒師の能力に影響を与えるらしく、椿さんや瑠希弥はそこまで徹底してはいないようなのですが、長老級の方々ともなると、霊媒の仕事を頼まれても、都市部の場合は断わるそうです。
「もちろん、私や瑠希弥の実体験では、電磁波はそれほど悪影響を与えるというのは少し大袈裟なのがわかります」
美味しくいただいた夕ご飯の片づけをしながら、椿さんが微笑みながら話してくれました。
「便利なものに慣れ親しんでしまうと厳しい修行を疎んじてしまうという戒めの意味が強いのだと思います」
「そうですね」
私もそれに同感です。最近は、電磁波が体に悪いという説があるようですが、何事も度が過ぎると悪影響があるものです。
片時も携帯電話を手放せない人達は、確かにある意味身体を蝕まれていると言えるでしょう。
「坊さんと一緒やな。煩悩を断ち切るために厳しい修行をする。そやけど、そないな事せんでも、力があるもんはある。霊能力は努力で伸びるもんちゃう」
麗華が元も子もない事を言います。全く、この子は!
「確かにその通りです。ですが、慢心は己の力を
椿さんはお膳を重ねながら、やんわりと麗華に反論しました。
「まあ、確かにな」
麗華も椿さんと口論するつもりはないらしく、頷きました。
取り敢えずホッとしました。
「あ、片づけ、手伝いますよ」
私は椿さんと瑠希弥がお膳を持ち上げるのを見て言いました。
「あ、いえ、お構いなく」
椿さんはニコッとしてそのまま台所の方へ行ってしまいました。
「先生、このお茶碗は高名な陶芸家の方が作られたものなんです」
瑠希弥は申し訳なさそうに言うと、同じく台所に行ってしまいました。
「なるほど、蘭子に
麗華が爪楊枝で歯を突きながら笑いました。
「う……」
そういう事ですか……。確かに私、椿さんの東京のお邸で一体何枚のお皿を割った事か……。
「元気出し、蘭子」
落ち込む私を麗華が慰めてくれましたが、顔が笑っていたので、思い切り睨んであげました。
その夜は満月だったので、もう一度裏の露天風呂に入りました。
今度は椿さんも一緒です。私が誘ったのです。
しかし、目論みは見事に外れました。
椿さんは着痩せする人のようです。
出るところはしっかり出ていて、麗華や瑠希弥ほどではありませんが、大きいです。
「何や、蘭子? 更に落ち込んでるんか?」
麗華があまりに嬉しそうに言ったので、
「いけない私に言いつけるから!」
子供みたいな返しをしました。すると
「そ、そう言えば、正恭君は一緒に入らんのか?」
麗華は話題を変えようとしてまたとんでもない事を言い出しました。
「正恭は一応あれでも男ですから、ご一緒する訳にはいきません」
椿さんは微笑んで応じました。
「いやあ、立派に男やで。あと何年かしたら、付き合いたいくらいやで、ウチ」
麗華は冗談のつもりなのでしょうが、椿さんは少し顔を引きつらせていました。
会話が弾んだせいで、湯あたりしそうになった私と瑠希弥は、先にお風呂から上がりました。
椿さんもそれに続いて上がりました。
「ウチはもう少し浸かってくわ」
麗華はそう言って、また平泳ぎを始めました。
「先に行ってるわよ、麗華」
私は椿さんが用意してくれた浴衣を着て言いました。
「おう」
今度は背泳ぎをしながら、麗華は応えました。
私は椿さんの案内で、家の奥にある八畳敷きの客間に通されました。
「瑠希弥は私の部屋で休みますので、八木様とお二人でお休みください」
椿さんが言った時、瑠希弥が申し訳なさそうに私を見ているのに気づきました。
「久しぶりなのだから、いろいろ話したい事がたくさんあるでしょ? お休み、瑠希弥」
私はそんな瑠希弥の気持ちを汲んで、そう言いました。
「ありがとうございます、先生。お休みなさい」
瑠希弥は頭を下げて言いました。
「お休みなさい」
椿さんもお辞儀をしながら、
「お休みなさい」
私も会釈して言いました。そして、二つ並べられた布団の右側に入りました。
温泉で温まったのも手伝って、いつもより早く眠りに落ちてしまい、麗華が戻ったのも気づきませんでした。
そして、翌朝です。
都会で暮らしていると、車のクラクションかタイヤの軋む音で目が覚める事が多いのですが、今朝は雀の鳴き声で起きました。
「うーん」
清々しい朝というのがまさに的確な表現と思われます。
隣の麗華は、まだいびきを掻いて爆睡中です。
これがあるから、私は先に休んだのですが。
布団から出て、襖をススッと開けると、その向こうにある縁側の雨戸の隙間から朝日がぶつ切りに射し込んでいるのが見えました。
ガラス戸を開き、雨戸を押し開けると、日光が一気に入って来ました。
「な、何や、もう朝かいな……」
日の光が当ったせいで、麗華が寝ぼけ眼(まなこ)を擦りながらむくりと起き上がりました。
「ええ、そうよ。おはよう、麗華。よく寝られた?」
笑顔でそう尋ねると、麗華は、
「蘭子が抱きついて来たんで、ドキドキしてよう眠れんかったわ」
ニヤリとしてそんな冗談を言います。
「嘘ばっかり」
でも、私は瑠希弥とマンションで暮らしていた時、夢遊病を再発したので、断言できないのが悔しいです。
着替えをすませて、夕ご飯を食べた部屋に顔を出すと、正恭君がすでに配膳をしていました。
「おはよう、正恭君」
私が声をかけると、正恭君はニコッとして、
「おはようございます、西園寺先生」
先生はやめて欲しいのですが、それをいちいち言うのも嫌なので、何も言いません。
「おう、おはようさん、正恭君」
続けて麗華が入って来ると、正恭君はビクッとして、
「お、おはようございます、八木先生」
と言いながら、逃げるように部屋を出て行ってしまいました。
「つれないなあ、ホンマに」
残念そうにいう麗華ですが、自業自得です。
「おはようございます、西園寺先生、八木先生」
ご飯の入ったお櫃を抱えて、瑠希弥が台所から入って来ました。
「おはよう、瑠希弥」
「おう、おはよ」
挨拶をすませ、それぞれお膳の前に座ります。
「椿さんは?」
私は台所の方を見て瑠希弥に尋ねました。
「一足先に歓迎式典の会場の公民館に行きました」
瑠希弥の返答に私は麗華と顔を見合わせました。
「公民館て、大袈裟やな」
麗華も苦笑いしています。
「ホントね」
私達は朝食を終え、部屋に戻って椿さんが帰るのを待ちました。
準備を終えたら、一度戻るそうです。
何故なら、公民館があるのは、椿さんの家から五キロ先なのです。
何だか申し訳ない気がして来ました。
「ウチら、どこぞの偉い講師の先生みたいやな、蘭子」
麗華が言いました。確かにそんな待遇に近いですね。
やがて、椿さんが帰宅し、人心地ついてから、出発です。
今度は正恭君もミニバンに同乗しました。
麗華がニヤリとしましたが、正恭君は助手席に乗ってしまい、彼女の悪巧みは不発に終わりました。
かなり警戒されてしまっているようです。
「嫌われたんかな、ウチ?」
麗華も少し落ち込んでいました。でも、自業自得です。
五キロといっても、信号もない道ですから、たちまち公民館に到着しました。
「わあ……」
ミニバンを降りて、私は唖然としてしまいました。
公民館の玄関脇に「西園寺蘭子・八木麗華両先生歓迎式典会場」と非常に達筆な毛筆で書かれた立て看板があったのです。高さは三メートル以上あるでしょう。
「うは、こらたまげたな」
麗華も驚いています。
「さ、どうぞ」
椿さんが先導して、私と麗華は公民館に入りました。その後から瑠希弥と正恭君が入って来ました。
「あ……」
公民館に入ると、横の壁に縦五十センチ横二十センチほどの額に入った写真が目に入りました。
その写真に写っている燕尾服を着た立派なカイゼルひげの男性を私はよく知っています。
「お祖父ちゃん……」
私の祖父である
まだ若い頃の写真ですが、私が知っている祖父の面影がありました。
「お気づきになりましたか。貴女のお祖父様は、この村の大恩人なのです」
椿さんが言いました。
「ですから、サヨカ会を壊滅させたのが西園寺公章先生のお孫さんだと知り、村の長老達は非常に驚き、感銘を受けたのです」
椿さんも目を潤ませています。私も泣きそうです。涙脆い瑠希弥はすでに涙を流しています。
驚いた正恭君が瑠希弥にハンカチを差し出しました。
「縁は異なものやなあ」
麗華も目を潤ませていました。
「さあ、皆が待っております。どうぞこちらへ」
椿さんは涙を指で拭って言いました。
「はい」
私は麗華に目配せしてから、椿さんに続きました。
お祖父ちゃん……。とても懐かしい気分です。
西園寺蘭子でした。
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