新たなる決意
私は西園寺蘭子。霊能者です。
弟子の小松崎瑠希弥の姉弟子的存在である椿直美さんのお誘いを受けて、椿さんと瑠希弥の生まれ育った長野県の山奥村に来ています。
そこは知る人ぞ知る霊媒師の里で、かつてカルト教団のサヨカ会が制圧していた事がありました。
私と親友の八木麗華、そして今は北海道でご主人の濱口わたるさんと仲睦まじく暮らしている小倉冬子さん、瑠希弥、更にはG県の霊感少女である箕輪まどかちゃん達と力を合わせてサヨカ会を殲滅した事によって、霊媒師の皆さんが救われたのです。
全く思いも寄らない事でした。
その縁もあり、私達は山奥村の霊媒師の里の方々に歓迎式典を開いていただきました。
恐縮してしまうような展開なのですが、会場である公民館に足を運び、私は更なる
公民館の玄関の壁に掲げられた額。
その中に収められていたのは、若き日の西園寺公章の白黒写真。
私の祖父です。
「貴女のお祖父様は、この里の大恩人なのです」
椿さんにそう言われ、思わず涙ぐんでしまいました。
瑠希弥と最初に出会った時には、
「バッチャも霊媒師でした。でも、降霊術に失敗して、悪霊に取り殺されそうになったんです。それを助けて下さったのが、西園寺先生のお父様なんです」
という話を聞きました。
ですから、祖父も父もこの里に関わりがあるのです。
「西園寺様には足を向けて寝られないというくらい恩義を感じております」
公民館の奥から里の長老さんがいらして、お話してくださいました。
「こんな小さな里ですので、ささやかな事しかできませんが、どうぞ私共の感謝の気持ちをお受け取りください」
長老さんは深々と頭を下げておっしゃいました。
「ありがとうございます」
私も頭を下げ、キョロキョロしている麗華の脇を肘で突きました。
「あ、おおきに」
麗華は私が睨んでいるのに気づき、慌てて頭を下げました。
式典会場は公民館のホールです。
そこには里の人達が集まっているらしく、百人以上の老若男女がパイプ椅子に並んで座っていました。
「西園寺先生、八木先生、ありがとうございました」
年配の方々はすでに涙を流しています。私と麗華はまさに芸能人のように握手攻めに遭いました。
「あはは、おおきに、おおきに」
麗華は愛想笑いをしながら応じていますが、私は麗華以上に揉みくしゃにされ、悲鳴を上げそうになりました。
第一段階の歓迎がようやく終了し、私と麗華はホールの中央に並べられたテーブルに着きました。
これからご馳走が出されるようです。
「東京の方のお口に合いますかどうか、心配なのですが、どうぞ味わってくださいませ」
里の霊媒師の三役と呼ばれているお婆さん三人が私と麗華の前に並びました。
「ありがとうございます」
「おおきに」
私達は微笑んで応じました。
「失礼致します」
お婆さん三人が下がると、別室からお膳が運ばれて来ました。
長老さんは「ささやか」とおっしゃっていましたが、とんでもないです。
お膳には尾頭付きの鯛、何種類もの魚の刺し身の盛り合わせが載っています。
「すご……」
麗華は思わずそう呟きました。私も驚いてしまっています。
それにしても、大勢の人がじっと見ている中で食事をするのは何とも居心地が悪いのですが、仕方ありません。
私は麗華に目配せしてから、
「いただきます」
と手を合わせて会釈し、箸を取りました。視線がたくさんで手が震えそうです。
「皆さん、そんなにジッと見ていたら、お二人が食べ辛いですよ」
椿さんが見かねて言ってくれたので、ホッとしました。
里の人達は私達に会釈しながら、自分達の席に戻り、それぞれのお膳に向かいます。
里の人達は仕出しのお弁当を食べるらしく、包みを解いていました。
今のうちに食べてしまおうと思い、私は麗華に目で合図すると、食事のスピードを上げました。
鯛の尾頭付きなんて、もしかすると人生で初かも知れません。
お刺し身も、
私は絶対にグルメレポーターは無理だと思いました。あり得ないですけどね。
「ご馳走さまでした」
笑顔でそう言うと、
「失礼致します」
二の膳が運ばれて来ました。
「ええ?」
思わず叫んでしまいます。
そのお膳には、肉料理が載っていました。
ステーキではなく、炭火で
多分中はレアでしょう。
「おう、高級そうな肉やんけ」
お刺し身より肉が好きな麗華が嬉しそうに
もう、下品なんだから。
結構な量でしたので、お腹がいっぱいです。
「ご馳走さまでした」
スカートを緩めたくなるくらいきつくなりました。
ところがです。
「失礼致します」
次に運ばれて来たのは、地元で採れた山菜の天ぷらと一粒一粒がツヤツヤのご飯でした。
もう目が回りそうです。
でも、目の前でニコニコしながら私達を見ている里の方々の手前、
「もう食べられません」
とは言いにくく、私と麗華は天ぷらを口に運びました。
それで終わるかと思ったのですが、次にお味噌汁と茶わん蒸しが出て来ました。
本当に気絶しそうでしたが、何とか口に入れ、今度こそご馳走さまです。
「お粗末様でした」
長老さんと霊媒師のお婆さん三人が私達の前に来て挨拶しました。
「ご馳走さまでした」
私と麗華は苦笑いして言いました。動けなくなりそうです。
「西園寺先生と八木先生には、これくらいではすまないくらいお世話になりましたので、お時間の許す限り、こちらにお留まりください。精一杯おもてなし致します」
長老さんがにこやかにおっしゃいました。
「ありがとうございます」
このような歓迎を何日も受けていると、体重が大変な事になってしまいます。
どうしたものかと麗華と顔を見合わせていると、
「西園寺先生と八木先生はお忙しいので、明日の朝お帰りになります」
椿さんが代わりに言ってくれました。
里の皆さんは残念そうに溜息を吐いています。
どんな顔をして応じればいいのか困ってしまいました。
それからしばらくの間、私と麗華は里の人達一人一人から感謝の言葉とお土産をいただきました。
小さな男の子と女の子が恥ずかしがりながら、私と麗華を描いてくれた絵をくれました。
それには私だけでなく、麗華もジーンとしてしまったようで、
「おおきにな、おおきにな」
と言いながら、二人を抱きしめ、涙を流していました。
私も思わずもらい泣きです。
ふと見ると里の方々ももらい泣きしています。
当然と言っては妙ですが、涙腺の緩い瑠希弥も泣いていました。
椿さんも涙ぐんでいます。
たくさんの感動をいただいた歓迎式典も終わりです。
最後に霊媒師のお婆さん三人から挨拶がありました。
「西園寺先生、八木先生、本日は遠いところをおいでいただき、誠にありがとうございました」
三人のお婆さんが揃ってお辞儀をしました。私と麗華もお辞儀を返します。
「この小さな里は、幾度も危機に瀕した事があります。それでも何とか消えてなくならなかったのは、西園寺先生のお祖父様のお陰です。公章先生には本当に感謝しております」
お婆さん達がまたお辞儀をしたので、私達も応じます。
「そしてまた、不思議な巡り合わせで、お孫さんの蘭子先生とお会いする事ができました」
お婆さん達が私達を真っ直ぐ見ます。私と麗華は居ずまいを正しました。
「これからもよろしくお付き合いの程をお願い申し上げ、挨拶に代えさせていただきます」
お婆さん達は深々と頭を下げました。
私と麗華も深々と頭を下げ、
「こちらこそよろしくお願い致します」
と返しました。
式典は終わり、私と麗華はもう一度揉みくしゃにされて、公民館を後にしました。
車が見えなくなるまで皆さんが手を振ってくれて、私と麗華も窓から身を乗り出して手を振り返しました。
何だか選挙に出た気分になりました。
「西園寺先生、八木先生、お疲れ様でした。私達の我がままを聞いてくださり、ありがとうございました」
運転席で椿さんが言いました。
「いえ、こちらこそ、大変ご馳走になりました」
私はルームミラー越しに椿さんに言いました。
「ご馳走になり過ぎやね」
麗華がお腹を擦りながら言います。椿さんはクスッと笑い、
「すみません、忙しくお食事していただいて……。里ではあれが普通ですので……」
「そうなんですか」
私はびっくりしてしまいました。
「家に着いたら、ごゆっくりお寛ぎください。お夕飯は少し遅めにしますね」
「あ、はい」
私は本当は、
「夕ご飯は抜きで」
と言いたかったのですが、椿さんに申し訳ないと思い、言えませんでした。
いよいよ明日は東京に帰ります。
早いです。一日があっと言う間という感じです。
誰かのために力を尽くすのがこれほどの感動を与えてくれるとは思いませんでした。
これからもできる限りの事はしようと思いを新にしました。
西園寺蘭子でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます