そして別れ

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 弟子の小松崎瑠希弥の生まれ故郷である長野県下伊那郡山奥村を訪れた私と親友の八木麗華。


 そこには、瑠希弥の姉弟子的存在でもあり、師匠的存在でもある椿直美さんがいました。


 ある敵との戦いの中で、マンションにあった事務所を破壊された私は、瑠希弥の仲介を経て、椿さんが東京の一等地に所有する邸宅付きの事務所を無償でお借りしました。


 そんな縁もあって、是非一度お会いして、ゆっくりお話をしたいと思っていたのです。


 山奥村では歓迎式典まで開いていただき、過分なおもてなしを受けました。


 その中で、私の祖父である西園寺公章が山奥村にゆかりがあると知り、不思議な気持ちになりました。


 


 式典終了後、私達は椿さんのお宅に戻りました。


「夕ご飯までゆっくりしてください」


 椿さんは瑠希弥を伴い、台所に行きました。


 瑠希弥から聞いた話では、あの式典の料理の大半は椿さんが腕を振るったものだそうです。


 羨ましいです。あれだけの腕があれば、いつでもいお嫁に行けますね。


「私達は結婚しないのです。霊媒師の家系は、血のつながりではなく、能力で続く家なのです」


 椿さんが教えてくれました。


 椿さんも瑠希弥も、孤児院育ちなのだそうです。


 瑠希弥の生い立ちを知り、すっかり驚いてしまいました。


 二人は育ての親である女性に引き取られ、育てられたのです。


「普通の家に霊能力のある子が産まれると、両親が恐れてしまって、育児放棄をする場合があります。私も瑠希弥も、そんな家に産まれたのです」


 椿さんも瑠希弥も、本当の両親を知らないそうです。


 両親が秘密にして欲しいと言う場合と、霊媒師が秘密にしてしまう場合があるそうです。


 但し、当人にはそれは教えてくれないそうです。


「でもね、成長して能力が上がって来ると、教えてもらえなくても、わかってしまうのですよ」


 夕ご飯の後、椿さんは自分達の事を私達に語ってくれました。


 それは私達にも何となく理解できる話です。


「知った時は悲しかったですが、もしそんな両親の元にいたら、命が危なかったかも知れないのだと考え、思いを断ち切りました」


 あまりにも過酷な人生に、私と麗華は言葉がありません。瑠希弥は涙ぐんでいますが、泣く事はありませんでした。


「霊媒師の多くは年配者ですから、この里もそのうちに跡継ぎが足りなくなり、やがては消滅してしまうでしょう。長老はそうなる前に里を出て、自分の幸せを探せと言ってくれています」


 椿さんはお茶を淹れながら話を続けます。


 私も麗華も固唾を呑んで聞き入ります。


「でも、私は普通の暮らしなど望んでいません。ここでまた先代がして来た事を受け継ぎ、次の世代を育てる。それ以外に自分の人生はないと思っています」


 力強い椿さんの目に私は思わず頷いていました。


「只、瑠希弥には普通の人生を送って欲しいと思っています」


 椿さんの言葉に瑠希弥は驚いたようです。潤んだ目を見開き、


「お姉ちゃん、そんな事言わないで! 私もここが生まれ故郷よ。ここで人生を終えるわ!」


と叫びました。私は麗華と顔を見合わせてしまいました。


「ありがとう、瑠希弥。貴女の気持ち、すごく嬉しい。でもね、もう決めた事なの。貴女は里を離れて、もっと別の場所でその力を使って欲しいの」


 椿さんは瑠希弥の両肩を掴んで彼女の顔を覗き込むようにして語りかけました。


「お姉ちゃん……」


 泣き崩れそうな瑠希弥を支えたまま、椿さんは私を見ました。


「西園寺さん」


「はい」


 私は居ずまいを正して椿さんを見ます。


「G県のまどかさんは指導次第で私達を凌ぐ霊能力者になれます。それを貴女と八木さんと瑠希弥に託したいのです」


 霊感少女の箕輪まどかちゃん。確かに彼女は優れた能力を持っていますし、環境的にも恵まれた子です。


「まだまだ、この世には間違った考えで力を使う邪法師が存在しています。彼らと戦うためにも、箕輪さん達を育てて欲しいのです」


「はい」


 私は麗華に目配せし、二人で頷きました。


「任しとき。あんたの分まで、まどかを鍛えたる」


 麗華は潤んだ目を椿さんに真っ直ぐに向けたままで言いました。


「よろしくお願いします、八木さん」


 椿さんも涙ぐんで頭を下げました。


「麗華でええて、直美さん。ウチら、もう友達やん」


 麗華は照れ臭そうに鼻の頭を擦りながら言います。


「はい」


 椿さんは麗華の優しい言葉にとうとう涙を零して言いました。


 私ももらい泣きです。涙腺の緩い瑠希弥はすでに大号泣しています。


「できれば、まどかさんに我が家系の力を継いでもらえればと思っているのです」


 椿さんのこの言葉が、彼女の本気の度合いを教えてくれました。


「もちろん、里に骨を埋めて欲しいとは言いませんが」


 椿さんは微笑んで言い添えました。


 


 その後、私達は他愛もない話をしてから、みんなで一緒に露天風呂に入りました。


「最後なんやから、正君も一緒に入り!」


 麗華は強引に椿さんの弟さんの正恭君を引っ張って来ました。


 えーと、私達の意見は訊かないの、麗華? いくら椿さんの弟さんとは言え、ちょっと恥ずかしいんですけど?


 正恭君と椿さんは本当の姉弟きょうだいだそうです。


 正恭君はご両親の元で育てられたのですが、自分にお姉さんがいるのを知り、ご両親を問い詰めて里の場所を聞き出し、来てしまったのだそうです。


 最初、椿さんは正恭君を両親のところに戻そうとしたのですが、正恭君は頑として聞かず、根負けしたそうです。


「わはは、ええやろ、混浴」


 麗華は楽しそうですが、正恭君は顔を真っ赤にして俯いたまま、背中を向けてお湯に浸かっています。


 椿さんは麗華の強引さに苦笑いしていましたが、


「お姉ちゃんが背中流してあげるね、正」


 嫌がる正恭君の背中を洗ってあげました。


「前はいいよ!」


 正恭君は必死になって大事なところを隠していました。


 私は見ていませんよ、言うまでもありませんが……。ホントですから!


「若い子はいろいろと元気がええなあ」


 麗華が品のない発言をしたので、睨んであげました。


 これでは逆セクハラですよね。


 でも、楽しかったです。あ、決して正恭君と混浴できたからではないですよ。


 


 すっかり長湯になってしまい、湯あたりした正恭君を麗華が介抱しようとするのを阻止して、瑠希弥と二人で彼を部屋まで運びました。


 そして、慌ただしかった一日は終わり、私と麗華は部屋に戻って休みました。


 


 翌日です。


 朝早く目が覚めました。隣の麗華はまだ高いびきです。


 彼女は放っておいて、布団を抜け出し、障子を開いて雨戸を開けました。


 今日もいい天気です。ストレッチを一通りやり終えた頃、ようやく麗華が起きて来ました。




 椿さんと瑠希弥が作ってくれた朝食をすませ、帰り支度をします。


 瑠希弥はどうするのだろうと思いながら、部屋を出ました。


「先生、またお世話になります」


 玄関で瑠希弥が待っていました。それを聞いて、何だかすごく嬉しい自分がいます。


 エゴが優先してしまって、自分が恥ずかしいです。


「西園寺さん、瑠希弥をよろしくお願いします」


 椿さんが深々と頭を下げました。隣で正恭君が恥ずかしそうにお辞儀をします。


「機会があったら、また来ますね」


 社交辞令ではなく、そう言いました。


 そして、来た時と同じく、椿さんの運転するミニバンで山奥村駅へと向かいます。


「名残惜しいですが、あまりお引き止めしてもご迷惑でしょうから」


 椿さんが運転席で言いました。助手席には麗華断っての希望で正恭君が乗っています。


 半分怯えているように見えます。


 来た時とは逆で、あっと言う間に駅に着いてしまった感じです。


「必ずまた来ますね。お元気で」


 私は椿さんと堅い握手を交わしました。


「正君、元気でな」


 麗華は正恭君と握手しています。全く……。


 瑠希弥と椿さんは無言で抱き合い、頷き合って別れを惜しんでいました。


 やっぱり来て良かったです。


 東京にいるのでは決して会得できない事をたくさん知りました。


 これからの糧にできます。


 


 西園寺蘭子でした。

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