霊媒師の里

ずっと会いたかった人

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 八王子や青梅を根城にして悪の限りを尽くしていた色欲の権化とも言うべき天野天童の「桃源郷」を壊滅させてから数日後。


 G県の高名な退魔師である江原雅功さんが、私の弟子である小松崎瑠希弥の姉弟子にあたる椿直美さんが里帰りをする事を教えてくれました。


 ある事件が切っ掛けで、椿さんの邸をお借りする事になった私は、是非ともご本人にお会いして、直接お礼を言いたいと常々思っていたのです。


 江原さんの勧めもあり、瑠希弥は当然、私と親友の八木麗華も椿さんの故郷に行く事になりました。


 椿さんと瑠希弥の故郷は長野県の下伊那郡にあります。


 そこから先は、いろいろ差し障りがあるので、詳しい住所はお教えできませんが、とにかく霊能者なら一度は行くべき場所だと江原さんに言われました。


「楽しみやなあ、蘭子」


 麗華はどういう訳か、ノリノリです。何があったのでしょうか?


「何やのん、蘭子。ウチはいつも損得ずくで行動するようなえげつない性格ちゃうで」


 私が訝しそうな目で見ているのに気づき、麗華はムッとして言いました。


「そうなの?」


 それでも何か裏があると思ってしまいます。


「最寄りの駅に着いたら、電話をすれば、直美さんが迎えに来てくれるそうです」


 麗華以上に嬉しそうな瑠希弥が言います。


「最寄り駅って、どこ?」


 長野県は軽井沢より向こうに行った事がない私が尋ねると、


「JR飯田線の山奥村駅ですね」


 瑠希弥が言ったのは、ある思い出がある地名でした。


「そこって、あの蘆屋道允のいざなみ流があったところじゃないの?」


 私が言うと、麗華も、


「ああ、そうや。山形から戻って、最初にボコった奴の本拠があったところやな」


「そうなんですか。聞いた事がない名前です。恐らく、私達一族の事をどこかで聞いて、利用しようと考えたのでしょう」


 瑠希弥の話だと、付近には怪しい占い師や鑑定士がたくさん事務所を開いて、観光客相手に酷い商売をしているようです。


 蘆屋道允もその一人だったのでしょう。


 


 そして、いよいよ出発です。


 始めは車で行くつもりでしたが、瑠希弥の忠告で電車にしました。


 東京からですと、新宿経由で岡谷まで行き、飯田線に乗り換えのようです。


 今、私達がいるところは、東京駅より新宿駅の方が近いですから、新宿に出る事にしました。


「すみません、矢部さん」


 麗華は図々しくも、あの心霊医師の矢部隆史さんをタクシー代わりに呼びつけたのです。


「いやいや、気にしないでください。西園寺さんと小松崎さんのためなら、長野まで運転しても構いませんよ」


 矢部さんはそんな冗談を言ってくれましたが、顔がちょっと怖いので、笑えません。


「何や、それ? 気ィ悪いわ、矢部ッチ」


 麗華が剥れますが、


「麗華には何度も酷い目に遭わされてるからな」


 矢部さんがあっさり逆襲しました。


「それも申し訳ありません」


 私は更に剥れてソッポを向いた麗華に代わって謝りました。


「冗談ですって」


 そう言って笑う矢部さんですが、どうにも怖いです。


 こうして、私達は無事新宿駅に到着し、あずさ13号で岡谷を目指します。


 電車に乗るなんて、久しぶりです。


「三人で電車で遠出て、なかったな」


 向かい合わせのシートに座り、麗華が感慨深そうに言いました。


「そうですね」


 瑠希弥は楽しそうです。彼女の心の底からの笑顔を見ると、本当に癒されます。


 天童との戦いでいろいろ経験したけど、正直な気持ち、私は瑠希弥に愛情を感じてます。


 瑠希弥も同じ。但し、それは恋愛とは違います。


 それもお互いの共通認識です。


 麗華だけがあれこれ妄想して面白がっているようですが、違うのです。


 車内販売でお弁当とお茶を買い、まるで修学旅行に来たみたいにはしゃぎながら楽しく過ごしました。


 ここしばらく、奇妙な事件続きで疲れていた私達にとって、この旅は一服の清涼剤です。


 


 午後一時半頃、列車は岡谷駅に到着し、飯田線に乗り換えです。


「ちょっと一眠りさせてもらうわ」


 麗華は独り占めした座席に悠々と横になり、寝てしまいました。


 私は瑠希弥と顔を見合わせました。


 瑠希弥から椿さんの事をいろいろ聞きました。


 椿さんは、幼い頃の瑠希弥の支えだったそうです。


 瑠希弥を霊媒師として育ててくれたのは、彼女のお祖母様ですが、人間教育をしてくれたのは、椿さんだったそうです。


「どちらかと言うと、私を甘やかせてくれたバッチャでしたが、直美さんは厳しかったです」


 苦笑いして話す瑠希弥ですが、少しも嫌な思い出ではないようです。


 私も羨ましくなるくらい、瑠希弥と椿さんの間には強固な信頼関係があります。


 それが瑠希弥の言葉から伝わって来るのです。


 


 瑠希弥との話が深くて楽しかったせいか、列車はたちまち山奥村駅に着きました。


「椿さんに連絡せんでええんか?」


 寝ぼけ眼を擦りながら麗華が言います。すると瑠希弥はニコッとして、


「直美さんはもう来ていますよ、八木先生」


「へ?」


 麗華はキョトンとして私を見ました。


 私はホームに降り、改札を抜けたところで、一人の女性の存在に気づきました。


 椿直美さんです。間違いありません。


 身体から発せられている気、そしてあのG県の霊感少女である箕輪まどかちゃんから聞いていた雰囲気。


 想像以上に奇麗な人で、想像以上に霊能力の高い人です。


「遠いところをようこそおいでくださいました、西園寺先生、八木先生。私が瑠希弥の姉代わりの椿直美です」


 椿さんはゆっくりと歩み寄り、深々とお辞儀をしました。


「こちらこそ、お邸を無料でご提供いただき、恐縮しております」


 私も椿さんに頭を下げました。


「どうも」


 麗華は愛想笑いをして同じくお辞儀をしました。


「お姉ちゃん、久しぶり。いろいろ大変だったね」


 瑠希弥は幼い頃に戻ったような顔で椿さんと話しています。


 いいなあ、ああいう関係。


 私にはきょうだいがいませんし、親戚もありませんから、椿さんと瑠希弥の関係にとても憧れてしまいます。


「長旅でお疲れでしょう。ウチの裏には天然温泉が湧いておりますので、それで汗をお流しください」


 椿さんはニコッとして言ってくれました。


 私がずっと会いたかった人。この人からいろいろ学びたい。そう思いました。


 


 西園寺蘭子でした。

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