ボクには通じない

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 草薙留流さんの依頼を受け、彼女の親友の大和美優さんを助けるために訪れた天野天童というよこしまな術を使う男がいる「桃源郷」で、私達はとんでもない目に遭っていました。


 もう少しで私の弟子の小松崎瑠希弥の「初体験」が完了しそうになった時、突風のような気の塊を放ち、天童を弾き飛ばした気功少女の柳原まりさん。


 彼女は大好きな瑠希弥を酷い目に遭わせた天童を怒りの目で睨みつけています。


「何だ、お前も私の子種が欲しいのか?」


 天童は身体に着いた土を落として早速淫の気を放ち、まりさんを籠絡しようとしました。


「まりさん、逃げて!」


 瑠希弥は健気にもまりさんを庇って叫びました。


「いや、逃げません。貴女をこんな酷い目に遭わせたあの男をボクは絶対に許さない!」


 まりさんの暴風のような気が更に勢いを増します。


 彼女のスカートが捲れ上がり、その下に吐いている黒のスパッツが見えました。


「なかなか素晴らしい気を使うな、お前? 私の子を産む資格十分だよ」


 天童はそれでも余裕なのか、ニヤニヤしています。中学生女子に対してそんな事を言うなんて、人間として最低です。


「ボクには通用しないぞ、腐れ外道!」


 まりさんが気の流れを身に纏ったままで天童に近づきます。


「ダメ、まりさん、あいつは……」


 瑠希弥が服で身体を隠しながらまりさんを引き止めようとしますが、まりさんは、


「大丈夫ですよ、瑠希弥さん、すぐにあんな奴、叩きのめしますから」


と微笑んで言うと、また天童を睨みつけました。


「随分と自信満々だな、嬢ちゃん。さっきは不意を突かれたが、もうお前のゴリ押しの気など通用せんぞ」


 天童も険しい形相になって言い返します。


 まりさんは瑠希弥以上に純真です。


 天童の放つ淫の気を受けてしまったら、大変な事になってしまいます。


『もう一人の私、入れ替わって! まりさんを助けないと!』


 私は役立たずのいけない私に呼びかけました。すると、


『大丈夫だよ、もう一人の蘭子。まりは勝つさ』


 いけない私が楽観的な事を言いました。


『何言ってるのよ、無理よ!』


『まあ、見てろって。お前、まりの本質を理解していないのか?』


 いけない私の言葉に私はハッとしました。


 ああ、そうか。私は重大な勘違いをしていたのです。


 そして、天童も恐らく同じ勘違いをしているのです。


 だとすれば、まりさんが勝ちます。


 彼女の気のパワーは瑠希弥を酷い目に遭わせた天童に対する怒りも加わり、いつも以上に凄まじくなっていますから。


「はあ!」


 まりさんが気合いを入れると、彼女の足下に地割れが起こり、その地割れが天童を目指して広がって行きました。


「我が子種を受けよ!」


 天童は私達に放ったより強力な淫の気をまりさんに放出しました。


「ああん!」


 まだ天童の縛りが解けていない親友の八木麗華が悶えています。


 哀れを通り越して滑稽こっけいに見えてしまいました。ごめんね、麗華。


 私と瑠希弥も摩利支天真言を唱えていないと天童の淫の気に取り込まれそうです。


「ボクには通じないって言ったのがわからないのか!」


 まりさんが叫びました。


 天童の淫の気は何故かまりさんの直前で砕け散ってしまいました。


「何だと!?」


 天童はまりさんの最初に放った気をかわしながら仰天しています。


「何故だ? どういう事なのだ?」


 天童は信じられないという顔でまりさんを見ています。彼に焦りの色が見えました。


「お前のような外道には手加減はしないぞ!」


 まりさんは次の気を高めています。彼女の周囲の地面がボコンとへこみました。


「あ、まずい……」


 いけない私が呟きました。


『どういう事よ?』


 私はいけない私に尋ねました。いけない私は、


『まりが放とうとしている気を天童が食らったら、奴は文字通り粉微塵になるぞ。いくら何でもそれはまずいだろ、もう一人の蘭子?』


『ええ!?』


 それは服を着終えた瑠希弥にも聞こえていたようです。瑠希弥はよろよろと立ち上がると、まりさんに近づこうと歩き始めます。


「瑠希弥、まりを止めろ!」


 いけない私が叫びました。瑠希弥がそれに応じて走ります。


「まりさん、ダメ!その人には訊きたい事があるのよ。そこまでしてはダメ!」


 瑠希弥の必死の呼びかけにまりさんは、


「わかりました。では、動けなくしますね」


 天童はまりさんに隙ができたと思ったのでしょう、


「食らえ!」


 もう一度淫の気を放ちました。


「わからないのか、外道!? ボクは男だ!」


 まりさんが遂に答えを教え、淫の気を自分の気で打ち砕くと、


「ナウマクサラバタタギャーテイビヤクサラバボッケイビヤクサラバタタラタセンダマカロシャダケンギャキギャキサラバビギナンウンタラタカンマン !」


 前回戦った大林蓮堂が使った不動金縛りの術を使いました。


 凄いです。あの技を会得してしまったのですね。


「な、何だと!?」


 天童にはまりさんの言葉が理解できなかったようです。


 唖然とした顔のまま、天童は金縛りに遭い、動けなくなりました。


 


 やがて、天童の淫術から解放された麗華が服を着ながら、


「何やあいつ、結局呪術ででかく見せとっただけやんけ。今見たら、大して大きゅうないがな」


と何だか凄い事を言っています。


 どうやら、天童のあれはそれほどの大きさではなかったみたいです。


 もちろん、私は見ていませんよ。


「まあ、あれはでかければええゆうもんやないけどな」


 麗華は動けなくなった天童に近づくと、


「それでも粗チンもええとこや」


と言って、指で弾きました。くどいようですが、私は見ていませんから。


「痛くても声も出せへんから、おもろいなあ」


 麗華はしばらく天童の身体で遊んでいました。


 何をしているのかは見ていないのでわかりません。本当ですよ!


 でも、今回の一番の被害者は彼女ですから、私も何も言いませんでした。


「まりさん、本当にありがとう」


 瑠希弥はまりさんにお礼を言いました。


「私からも言わせて。ありがとう、まりさん」


 いけない私には下がってもらって、私はまりさんに頭を下げました。


「たまたま近くに来ていたので、すぐに場所がわかって良かったです」


 まりさんは照れ臭そうに言いました。


「そう言えば、どうしてここがわかったの?」


 私がかねてからの疑問をぶつけました。するとまりさんはニコッとして、


「瑠希弥さんのスマホの位置情報を使ったんです」


「すまほ?」


 意味不明な単語に私はキョトンとします。


「ああ、まり、蘭子はアホみたいなメカ音痴やから、それやとわからんで」


 麗華が嬉しそうに言ったので、思い切り睨んであげました。


「じょ、冗談やて、蘭子」


 顔を引きつらせて麗華が謝罪しました。


 瑠希弥とまりさんの説明によると、瑠希弥の持っているスマートフォンがどこにあるのかわかるアプリ(この単語もわかりません)を使ってここを見つけたのだそうです。


「最近の携帯電話は凄いのね」


 私はすっかり驚いてしまいました。


「そやから、携帯と違うねん、蘭子。スマホや」


 麗華がまたおかしくて仕方がないという顔で言います。


「う、うるさいわね!」


 メカ音痴も程々にしないと、まずいのかも知れません。


 


 私達はしっかり罰を与えた天童から、囚われた女性達がいる正確な場所を聞き出し、救出に向かう事にしました。


 まりさんとはそこでお別れです。


「また明日ね、まりさん」


 瑠希弥がそう言うと、まりさんはとても嬉しそうに微笑み、


「はい、瑠希弥さん」


と応じ、私達に頭を下げて走って行きました。


 すぐ近くの工場に見学に来ていたのだそうです。


「またまりに助けられてしもうたな」


 麗華が苦笑いして言います。


「そうね」


 私も麗華を見て苦笑いします。


「まりさん、さすがに吸収が早いですね。不動金縛りの術を覚えてしまうなんて」


 瑠希弥が感心して言うと、麗華が、


「まさしく愛のなせる技やで、瑠希弥。まりの瑠希弥を思う気持ちがそうさせたんや」


「え?」


 瑠希弥も気づいてはいるのでしょうが、改めてそう指摘されると戸惑うようです。


 何だか複雑な気持ちの私です。


 


 天童から聞き出した場所に監禁されていた女性達を全員解放し、天童の淫術を打ち祓った私達は、彼女達にたくさん感謝されました。


 そこには天童の手下みたいな連中がいましたが、麗華の敵ではありません。


「全員、玉潰しの刑や!」


 麗華はそう言って彼らの股間を思い切り蹴り上げていました。


 ちょっとやり過ぎです。


 私は早速、G県にいる江原雅功さんに連絡を取り、天童達の処置をお願いしました。


「ああ、瑠希弥さんはいますか?」


 雅功さんが言いました。


「何で瑠希弥やねん?」


 妻子ある雅功さんを狙っている麗華の醜い嫉妬です。でも、雅功さんの話は、そういう関係ではありませんでした。


 瑠希弥の姉弟子に当たる椿直美さんが生まれ故郷に帰るという話でした。


「椿さんの提案なのですが、一度彼女のふるさとに行ってみませんか?」


 江原さんの話に私達は迷う事なく同意しました。


「きっと得るものが多いと思いますよ」


「はい、そうですね」


 椿直美さんと瑠希弥の生まれ故郷。どんなところなのでしょう?


 瑠希弥も嬉しそうですし、私も麗華も興味津々です。


 楽しみですね。


 


 西園寺蘭子でした。

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