鴻池大仙

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 日本最大の新興宗教団体である「サヨカ会」と敵対してしまい、今、私達はその信者の集団に車を取り囲まれています。


「サーヨカサヨカ、サヨカ、サヨカ、サーヨカサヨカ、サヨカ、サヨカ……」


 信者達は大きな鈴を鳴らしながらそう唱えています。


「サヨカ会て、何を崇めてるんや?」


 親友の八木麗華が呟くと、


「宗主である鴻池大仙そのものよ。彼自身が神であり、ご神体なのよ」


 小倉冬子さんが答えます。


「胸糞悪い集団やな!」


 麗華はいきなり最強真言を使いました。


「オンマカキャラヤソワカ!」


 大黒天の真言が炸裂し、信者達は弾かれるように車から離れました。


「今や!」


 麗華がアクセルを踏み込み、車をスタートさせます。


「後は私に任せて」


 冬子さんが呪文を唱えて、得体の知れない何かを放ち、信者達を足止めします。


 敵にしたくない人です。


「とんでもない連中や。このままやと、おちおちうんこもできへんで」


 恥ずかしい。そういう事をはっきり言わないで欲しいです。


「どないしよ、蘭子? ウチ、漏れそうや」


 麗華の顔色がかなり悪いです。


 麗華の車ですから、漏らされても困らないのですが、しばらくこの中にいなければならない事を考えると、それは困ります。


「次のサービスエリアには信者はいないわ。それまで我慢できる、八木さん?」


 冬子さんが尋ねます。麗華は脂汗を垂らして、


「何とか耐えるわ」




 そして私達は、次の谷村パーキングエリアで小休止しました。


 そこには信者達の姿はなく、ホッと一息です。


「ふー、すっきりしたで。蘭子も瑠希弥も、全部出たか? ウチ、今日は三日ぶりやねん」


 そんな事を大声で言う麗華はある意味サヨカ会より迷惑です。


 私と同居人の小松崎瑠希弥は顔を赤くして麗華からそっと離れました。


「蘭子さん」


 まだちょっと表情が固い冬子さんが、それでも私に話しかけてくれたのは嬉しかったです。


「何、冬子さん?」


 私は怖がられないように笑顔で応じます。


「私のせいでごめんなさい」


「え? どうして?」


 冬子さんの言っている意味がわかりません。私は瑠希弥と顔を見合わせました。


「私の魂の一部がサヨカ会のある場所に封じられているの。そのせいで、私達の居場所がわかってしまうのよ」


「そうなんだ」


 私は更に微笑んで、


「気にしないで、冬子さん。どちらにしても、私達はサヨカ会の本部に行くつもりなのだから」


「ありがとう、蘭子さん」


 冬子さんはまた顔を引きつらせました。笑ったのだと思いますが。




 私達は途中で買い込んだ山登り用の服に着替え、車に乗り込みます。


「お札はポケットに入れてね、麗華。胸の間に入れたら、取り出せないわよ」


 私が注意すると、麗華はムッとして、


「ホンマ、こないな服着んと行けんところやなんて、嫌やわ」


 麗華は襟がしっかり閉じている服を着るのが苦手のようです。


「虫が多いのよ。肌を露出していると、刺されるわ」


 冬子さんの一言で、麗華は納得しました。


 彼女は虫が大嫌いなのです。


 山登りルックの麗華も違和感がありますが、黒以外の服を着た冬子さんも違和感があります。


 でも彼女、本当は奇麗な人みたいです。




 やがて車は河口湖インターチェンジを降りて、一般道に入りました。


 近くにある遊園地のジェットコースターが見えます。


「その脇道を入って。そこが本部への入口よ」


 冬子さんが言いました。


「あれから襲撃がないけど、その方が何か不気味やな」


 麗華がハンドルを切りながら言います。


「そうね」


 嵐の前の静けさ、でしょうか?


「あれですね!」


 瑠希弥が窓の外に見える建物を指差しました。


 それは寺院にも見えますし、神社にも見えます。


 尖塔があるのは、教会もイメージしているのでしょうか?


 何とも言いようのない不可思議な建物です。


「警戒せえよ。いつ仕掛けてくるか、わからんからな」


 麗華は車のスピードを落とし、周囲を見回しながら進みます。


 私と瑠希弥も周りを見渡します。


 すると前が開け、さっき見えていた建物の全景が見えました。


 そこには無数の信者達が立っていて、その先にはあの鴻池大仙がいました。


「本物か? あいつ、影武者がおるからな」


 麗華が呟きます。


 信者達には敵意はないようです。


 冬子さんの言う通り、私達を会に引き入れたいのでしょうか?


「ようこそ、西園寺蘭子さん」


 鴻池氏は、何を考えているのかわからない顔で言いました。


「行くで」


 麗華は車を停め、外に出ます。私達もそれに続きました。


「おやおや、小倉冬子さん。しばらくですね。ご両親を事故で亡くされたそうで。お悔やみ申し上げます」


 鴻池氏の上辺だけの言葉に虫酸が走る思いがします。


 しかし冬子さんはそれには答えずに私を見ます。


 私は冬子さんに頷いてから鴻池氏を見て、


「私達の事をどうされたいのですか? 先ほどは、談合坂で随分な歓迎を受けましたが?」


と皮肉混じりに尋ねました。


「おかげでウチは、もう少しでうんこ漏らしそうになったんやで!」


 麗華が余計な事を言います。


 すると鴻池氏は、


「とにかく、奥へ。お話はそこで致しましょう」


と言い、歩き出しました。


 私達は目配せし合って、鴻池氏の後に続きました。


 そう言えば、箕輪まどかちゃん達はどうしているのかしら?


 心配です。

 

 


 西園寺蘭子でした。

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