中央自動車道の怪

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 いろいろと考えた挙句、私、親友の八木麗華、同居人の小松崎瑠希弥、そして、何かと関わりができた小倉冬子さんの四人で、富士山麓にあるサヨカ会の本部に行く事にしました。


 絶対に罠。そこまでわかっていながら行かざるを得ないのは、守りたい人達がいるから。


 私の車は燃やされてしまったので、麗華の車で移動です。


「狭いわね、この車」


 比較的小柄な私と瑠希弥は、後部座席らしきところに座りました。


「しゃあないやん。これ、元々、ツーシーターなんやから。我慢して」


 麗華が運転席であっさり言います。


「ごめんなさい、西園寺さん。私が大きいせいで……」


 冬子さんがすまなそうに私を見ます。私は苦笑いをして、


「仕方ないわ、冬子さん。大丈夫、心配しないで」


 冬子さんは安心したのか、前を向きました。


 私達は「全国指名手配犯」なので、変装のため、サングラスとマスクをしました。


 パッと見、凄く怪しい雰囲気です。それに恥ずかしいです。


「ほな、行くで」


 麗華がアクセルを吹かし、車をスタートさせました。


「いきなり仕掛けて来るとかないやろな」


 麗華が呟くと、


「それは大丈夫。連中の真の目的は私達を殺す事ではないから」


 冬子さんの答えに麗華は眉をひそめます。


 私と瑠希弥は顔を見合わせました。


「どういう事や?」


「サヨカ会は、世界中にそのネットワークを広げようとしているわ。だから、その先鋒となるべき実力者が欲しいのよ」


 冬子さんが言うと、麗華はニヤリとして、


「何や、そういう事やったら、ナンボでも相談に乗ったるで。金次第でな」


 私はサングラスをずらして、ルームミラー越しに麗華を睨みつけます。麗華はそれに気づき、


「冗談やて、蘭子。ウチかて、サヨカ会のやり方がえげつないっちゅうのは知ってるがな。そない睨まんといてえな」


 


 やがて車は中央高速に乗り、一路山梨県を目指します。


 遥か彼方に見える雪の帽子を被った富士山は、まるで別世界のもののように美しいです。


 取り敢えず全員マスクは外しました。


「インターはどこで降りるんが近いんや?」


 麗華が冬子さんに尋ねます。


「河口湖ね。山中湖でもいいけど」


「そうか」


 まだ先は長いです。


「あれ?」


 瑠希弥が耳に手をかざしました。


「どうしたの、瑠希弥?」


 瑠希弥は私を見て、


「今、箕輪まどかさんの声が聞こえたような……」


「え? まどかちゃんの?」


 冬子さんが振り返ります。彼女にとってまどかちゃんは「義理の妹」ですから……。


「まどかちゃんとここ何日か全く連絡を取っていないから、状況がわからないわね」


 私がそう言うと、


「まどかちゃんは、彼氏の家族と一緒にサヨカ会に向かっているわ」


 冬子さんが目を瞑って言いました。


「え?」


 私はギクッとして冬子さんを見ます。凄いです。私にも瑠希弥にも、そこまではわかりません。


 まどかちゃん、関わってしまったの?


 そうか。私が全然連絡をしないので、変に思って調べたのね。


「まどかさんの彼の江原耕司君のご両親は、高名な霊能者です」


 瑠希弥が教えてくれました。すると麗華が、


「ああ、知ってるで。江原雅功言うたら、相当有名や」


「ああ、その江原さんね」


 私も江原さんの名前は知っています。退魔師では、恐らく日本最強でしょう。


 まどかちゃん、凄い人達と関わりがあるのね。


「母親の菜摘さんも、全国的に有名な占い師や。瑠希弥と近い感じの霊能者やで」


 麗華が続けます。何故か瑠希弥は顔を赤らめて、


「江原菜摘先生に近いだなんて、恥ずかしいです」


 瑠希弥の謙虚さの千分の一でもいいから、麗華に持って欲しいです。


「いやいや、瑠希弥は凄いで。ウチや蘭子より、感応力は高いがな」


 瑠希弥は真っ赤になってしまいました。


「う、ウチは、代々霊媒師の家系ですから、そのせいですよ……」


 最後の方はゴニョゴニョで、何を言ったのか聞き取れませんでした。


「麗華、もうストップ。瑠希弥が気絶しそうよ」


 私は眩暈めまいを起こしかけている瑠希弥の頭を撫でながら言いました。


「はいはい」


 麗華は嬉しそうに応じます。私は冬子さんを見て、


「ねえ、冬子さん、まどかちゃん達と合流できないかしら? その方がいいと思うの」


「やってみるわ、西園寺さん」


 冬子さんは私を見て言いました。私はニコッとして、


「蘭子でいいわよ、冬子さん」


「は、はい」


 冬子さんは顔を引きつらせて前を向きました。


 また怖がらせてしまったのかしら?


「瑠希弥もやってみて。二人の感応力に頼るしかないみたい」


「はい、先生」

 

 瑠希弥は嬉しそうです。


「ホンマや。連中の妨害工作なんやろうけど、全く気ィが探れんようになっとるからな」


 麗華が舌打ちして言いました。


「頼むで、冬子さん、瑠希弥」


 冬子さんは黙って頷きます。


「はい、八木先生」


 瑠希弥は力強く返事をしました。


 一応文明の利器(携帯電話)を使ってみましたが、誰の携帯も通じませんでした。


 どうやら、中継局で妨害しているようです。


「コンビニでプリカ携帯を買ってみよか」


 麗華が言いましたが、


「プリカ携帯も同じよ。恐らく、私達の気を感知して妨害しているのでしょうから」


 私は言いました。


「そうかあ。偉い迷惑な連中やで」


 


 やがて車は山梨県に入りました。富士山がますます近くなります。


「まどかちゃん達は、今圏央道に入ったところよ」


 冬子さんが言いました。瑠希弥が、


「まどかさんの声は聞こえるのですが、こちらの声が通じていないようです」


「そうなの。とにかく、続けて、瑠希弥」


「はい、先生」


 瑠希弥は再び意識を集中します。


「本部が近づくに連れて、ますますまどかちゃん達の居場所が薄まって行くわ」


 冬子さんが呟きました。


「ほな、ここらで待った方がええかな?」


 麗華は談合坂サービスエリアに入りました。


「ちょっと休憩やな」


 麗華が車を駐車場に停めた瞬間、それは始まりました。


「え?」


 周辺にいた観光客達がいきなり私達の周りに殺到したのです。


「な、何?」


 私はギョッとしました。麗華も瑠希弥も驚いて外を見ています。


 冬子さんは驚いているのかどうか、表情からはわかりません。


 彼らは何かを叫んでいます。


「何?」


 彼らはこう叫んでいたのです。


「サーヨカサヨカ、サヨカ、サヨカ、サーヨカサヨカ、サヨカ、サヨカ……」


 全員が大きな鈴を打ち鳴らし、大声でそう言っています。


「サヨカ会の信者か?」


 麗華が目を見開いて言いました。


 その数、ザッと見て数百人。その団体が、私達の車を取り囲んでいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る