壮絶な過去
私は西園寺蘭子。霊能者です。
最強最悪の呪術師である内海帯刀との戦いもいよいよ終局が見えて来たと思ったのですが、帯刀の意識に飛び込み、彼が取り込んだ他の人の魂を解放しようとした私の目論みは外れてしまったのでしょうか?
私はどうした事か、帯刀の青年時代の意識層に取り込まれてしまったようです。
そこは明治時代と思われました。まだ二十代後半くらいの総髪の若き帯刀がいます。服装は白装束です。
そして、その帯刀を厳しい目で見下ろしている白髪交じりの総髪の老年の男性。恐らく、その人は帯刀の父親。
神社の宮司さんのような衣冠束帯です。
見た限りでは、ほのぼの親子ではありません。
何故なら、帯刀の顔は土に塗れており、口からは血が流れ落ち、その目には涙が浮かんでいたからです。
『さっきのジイさんとは同一人物とは思えないな。顔はそっくりだけどさ』
いけない私が心の中で(とは言っても、現在私達は意識だけなのですが)呟きました。
場所は広い板の間の道場の前の庭です。部屋の奥に神棚が見えます。。
「それで終いか、帯刀? それでは到底我が一門の宗主とはなれぬぞ」
帯刀のお父さんはまるで血が通っていないような冷たい表情で言い放ちました。
でも、帯刀は歯軋りこそしていますが、反論する気配はありません。
お父さんは目を細めたと同時に、くるりと
「父上、お待ちください。今一度、今一度だけ!」
涙を拭った帯刀がお父さんの背中に叫びます。
「その必要なし。我が一門は
お父さんは立ち止まる事なくそう言い返し、縁側を進み、建物の向こうへと行ってしまいました。
名倉英賢? それはG県の退魔師である江原雅功さんのお師匠様のお名前です。
なるほど、帯刀のお父さんが二人のお師匠様なのですね?
帯刀は膝を着き、しばらく項垂れていましたが、不意に顔を上げて、
「おのれ、英賢!」
帯刀の表情が変わりました。師匠でもある父に切り捨てられたやりきれなさが、英賢さんへのどす黒い嫉妬心で埋め尽くされていくのがわかります。
帯刀はサッと立ち上がると、そこから駆け去りました。どこへ行くのかと思っていると、私も帯刀が向かった場所に移動していました。
帯刀がやって来たのは、まだ凍てつくような風が吹き抜けている砂浜です。
そこには、若き日の英賢さんがいました。
英賢さんは砂浜で瞑想をしていました。不思議な事に風が吹いているにも関わらず、英賢さんの七三にきっちり分けられた髪は全く乱れていません。
別に整髪料で塗り固められている訳ではないのです。それが証拠に、乱れていないのは髪だけではなく、着ている白装束もです。
まるで周囲を見えない壁に囲まれているかのようです。
「英賢!」
帯刀が血走った目で英賢さんを睨み、血を吐くのではないかと思われるくらいの大声で叫びました。
英賢さんは瞑想を解き、帯刀を見ました。その途端、風が英賢さんの髪を乱し、白装束をはためかせ始めました。
「帯刀様?」
英賢さんはどうして帯刀が自分に敵意を向けているのかわかっていないようです。
「貴様がいなければ!」
帯刀が怒りの形相で英賢さんに掴みかかりました。
「
年齢では英賢さんより五歳上のはずの帯刀ですが、どう見ても年下の子供が駄々を捏ねているようにしか見えません。
帯刀は髪が乱れるのも構わず、英賢さんの襟首を捩じ上げました。
「何をなさいますか、帯刀様?」
兄弟子であり、師匠の子息でもある帯刀を気遣ってか、英賢さんはされるがままです。
「貴様が、貴様がいなければァッ!」
とうとう帯刀は英賢さんを殴り飛ばしてしまいました。英賢さんは何の防御もしていませんでしたから、数メートルは飛ばされて、砂浜に叩きつけられました。
「く……」
起き上がった英賢さんの左頬は腫れ上がり、口の端から血が流れ出ています。
「貴様が現れなければ、この俺が内海一門の宗主であったのに!」
帯刀が泣きながら叫んだので、ようやく英賢さんは事情が飲み込めたようです。
「お師匠様が何かおっしゃったのですか?」
そんな英賢さんの言葉さえ、その時の帯刀には怒りの理由にしかなりません。
「貴様を宗主にすると言いやがった! あのジジイ、最初からこの俺に一門を譲る気などなかったのだ!」
帯刀にそう言われ、英賢さんも混乱しているようです。
「そんな、私など、到底宗主になどなれる人間ではない……。何かの間違いではないですか?」
英賢さんが尋ね返すと、帯刀は英賢さんを足蹴にして、
「間違いなどではない! この耳でしかと聴いたのだ!」
唾を飛ばしながら更に怒鳴り散らしました。英賢さんは砂塗れになりながらも、
「ではこれから私がお師匠様のところに参ります。それで、宗主を辞退すると申し上げ……」
「黙れ!」
帯刀はもう一度英賢さんを蹴りました。今度は踵が英賢さんの鼻骨を折ったらしく、英賢さんは鼻血を飛ばしながら倒れ込みました。
「貴様に辞退された宗主の座などいらぬわ!」
帯刀の目は怒りを通り越し、狂気を宿してきています。英賢さんは鼻血が白装束を染めていくのを気にする余裕もなく、兄弟子の変貌を唖然として見ていました。
「もうよい。うぬが内海一門を継ぐがよい、英賢。我は我で別の道を歩むのみよ」
帯刀の周囲に何かが降りて来ています。これは一体?
「む?」
英賢さんにもそれがわかったようです。
『内海一門は常にこうやって一番優れた者を後継者に選んでいたんだな。帯刀の周りに降りて来ているのは、かつて後継争いに加わり、破れた者達の残留思念だよ』
いけない私が言いました。私は思わず身震いしてしまいました。その思念の嫉みと憎しみと恨みの深さを感じたからです。
「帯刀様、お考えをお改めください! さもなくば……」
英賢さんは悪意に飲み込まれようとしている帯刀を救い出そうとして叫びました。
でも、帯刀には戻るつもりはないようです。
「改める? 何を申している、英賢? 我はまさに究極の力を手に入れようとしておるのだ。邪魔立て致すな」
帯刀の目が怪しく光り、英賢さんを弾き飛ばしました。
「帯刀様!」
顔の下半分を血に染めた英賢さんが起き上がって怒鳴りましたが、すでに帯刀は残留思念を取り込み、凶悪な顔になっていました。
「さらばだ、英賢。次に会う時は、うぬが死ぬる時よ」
帯刀は右の口角を吊り上げて言い放つと、フッと消えてしまいました。英賢さんはそれでも、
「帯刀様!」
その途端、私も飛ばされていました。帯刀自身が私達の干渉に気づいたようです。意識層が閉じられようとしている影響で、私といけない私は帯刀の意識層から強制退去させられたように戻ってしまいました。
「はっ!」
私は現実世界に戻った事を実感し、目の前にいる帯刀を見ました。
「おのれ、西園寺蘭子。我が屈辱の日を覗きおったな! 許さぬ!」
帯刀が結界を張り直し、妖気を幾重にも纏いつかせていきます。
「西園寺さん、見て来たようだな、帯刀の
江原さんに手を貸された英賢さんが言いました。
「はい。見て来ました。これでようやく決着がつけられそうです」
私は帯刀の目の鋭さに負けないくらいの眼力で睨み返しました。
「口だけは達者か? ならばやってみるがいい、西園寺蘭子? 果たしてうぬ如きが我に勝てる存在であるかどうかな!」
帯刀の妖気が更に強く濃くなり、周囲の空間を歪めました。
さあ、今度こそ、ケリをつけます。もうこれ以上帯刀の好きにはさせません。
もしかすると、命を落とすかも知れませんが、それでも構わないと思っています。
この男の歪んだ思いだけは後の世に残してはいけないと感じたからです。
『先生、死なないでください』
弟子の小松崎瑠希弥が心に語りかけて来ました。
私は何も言わず、瑠希弥を見て微笑みました。できない約束はしたくないからです。
西園寺蘭子でした。
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