タイマン勝負!

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 最強の敵である内海帯刀を倒すため、私は帯刀の意識層に入りました。


 ところが何故か私が入り込んだのは、帯刀の若き日の記憶の中でした。


 それはまさに現在の帯刀が悪の道に踏み込んだ日の記憶だったのです。


 同時に、帯刀にとっては、人生最大の屈辱の日だったのでしょう。私達が干渉しているのに気づくと、意識層を閉じてしまい、私は外に飛ばされてしまいました。


 でも、それが切っ掛けとなり、私は帯刀を倒す決意が固まりました。


 こんな自分本位の考えの持ち主をこれ以上この世に留まらせてはいけないと。


 自分の至らなさを省みず、他人にばかりその非を求め、恥じる事を知らない人間。


 そして何より、おのれの目的のためになら、他人の魂も平気で利用し、糧としてしまうような悪逆非道さも許せません。


 帯刀に利用された二人の方の魂は、私が命に代えても、必ずお助けします。


『先生、死に急がないでください。まだ私は先生にたくさん教えていただきたい事があるのです』


 弟子の小松崎瑠希弥だけが、私の思いを感じ取って話しかけて来ました。


『大丈夫だよ、瑠希弥。私がそう簡単に死ぬ訳ないだろ?』


 私を差し置いて、今は一つになったいけない私が返しました。


 瑠希弥はホッとした顔で微笑みました。でも、本当はそんな約束をしたくはなかったのです。


 帯刀程の力の持ち主だと、パワーアップしたとは言え、私も無傷での勝利はまず無理です。


 死なないまでも、重傷、悪くすれば、再起不能になるかも知れないからです。


『それもいいじゃないか、なあ、もう一人の蘭子?』


 いけない私の声が頭の中で聞こえました。


『もう一人の蘭子じゃないわよ。もう私達は一人なの』


 いけない私の言葉が胸に沁みてしまい、泣きそうになるのを堪えて返しました。


 とにかく、全力で挑むには、他の皆さんを避難させなければなりません。


『瑠希弥、皆さんを下がらせて。今から全力全開で帯刀に攻撃を仕掛けるから』


 瑠希弥は私の指示に黙って頷き、すぐ隣にいる姉弟子の椿直美さんを見ました。


 直美さんもある程度私と瑠希弥の会話を聞いてたのか、頷き返して下がりました。


「何や、どないしてん?」


 親友の八木麗華が瑠希弥と直美さんの行動に問いかけました。


「離れた方がいいという事だよ」


 麗華のお父さんである心霊医師の矢部隆史さんが告げ、奥さんである岡本綾乃教授を伴って麗華と一緒に離れました。


「嬢ちゃん」


 肩を貸してくれている気功少女の柳原まりさんに、出羽の大修験者の遠野泉進様が囁きました。


 まりさんは不安そうな顔で私を見ながら、泉進様を支えて下がりました。


「お師匠様」


 G県の退魔師である江原雅功さんが、大師匠である名倉英賢さんと共に下がります。


「ほう? うぬ一人で我に挑むつもりか、西園寺蘭子?」


 それを黙って見ていた帯刀がニヤリとして言いました。私はキッとして彼を睨み返し、


「そうよ。貴方の相手は私一人で十分だから」


 帯刀はきっと嘲笑するだろうと思っていたのですが、意外にも真顔のままです。


「よい考えだ、西園寺蘭子。ここに雁首がんくびを並べたる者の中で、我の強さについて来られるは、うぬ以外にはおらぬ」


 帯刀は今までの言動から察するに決して冗談を言うような性格ではありません。


 私も帯刀も、人間の限界を超えた存在になっているという事なのです。


 自惚れではなく、私にはそう感じられました。西園寺家の血。


 祖父である公章、そして父である公大の力ですら、今はこの身に宿っている気すらするのです。


「そして、うぬの祖父である西園寺公章が、我に手傷を負わせたる只一人の男。それ故、その末裔であるうぬと一戦交えるはまた良き事」


 帯刀は、私の思い違いかも知れませんが、嬉しそうに見えます。


 いえ、それよりもっと衝撃的なのは、祖父の公章が帯刀と戦った事があるという事です。


「我が父にして、生涯の仇敵でもあった内海黎真がくたばり、そこにいる愚鈍な弟弟子を始末しようとした折に邪魔せしがうぬの祖父だ」


 帯刀は哀れむような目で英賢さんを見ながら言いました。それに対して、英賢さんは無表情のままで帯刀を見ています。


「だが、その時の我と今の我とでは、比べるべくもなし。今の我ならば、あの黎真ですら瞬時に葬れるであろう」


 帯刀は得意満面で言い切りました。でも、それは虚勢ではありません。


 確かに私の祖父である公章は途轍もなく強かったと聞いていますが、本人の言う通り、その時とは比較にならない強さになっているのです。


「御託はすんだか、ジジイ? 始めるぜ!」


 ちょっと油断をした途端にいけない私が前に出てしまいました。本当に一人になって良かったのかしらと今更ながら思ってしまいます。


「そうであるな」


 帯刀はそう応じると、もう一度結界と妖気を張り直しました。やはり私の力を警戒してはいるようです。


「前振りはなしでいくぜ、ジジイ!」


 私はいきなり闘気全開です。気の巡らせ方は泉進様直伝です。しかも、二人が一人になったのですから、単純計算でも二倍。


 ですが、そんな算数で表現できる程、私達は簡単ではありません。


「はああ!」


 私は闘気を身体の周りに張り巡らせて鎧のようにし、帯刀に向かいました。


「愚かな、結界の壁を通り抜ける事は叶わぬぞ」


 帯刀はニッとして呟きました。そんな事はわかっています。わかっていながら走るという事は、こういう事です。


「でやああ!」


 私は密かに集束させた気の針を出し、結界を一気に貫きました。


「ぬう!?」


 帯刀はその作戦を見抜いていなかったようで、慌てて下がりました。


「砕けちまえ、オンボロ結界!」


 いけない私が雄叫びを上げると同時に、幾重にも張り巡らされていた結界がまるでシャボン玉を突いたかのようにパチンと音を立てて消えてしまいました。


「おのれえ!」


 結界が役に立たないと読んだのか、帯刀は妖気を濃くし、私を睨みつけました。


「そんな虚仮こけおどしはこの西園寺蘭子さんには通用しないぜ、ジイさん」


 いけない私はノリノリです。しかも、右手の中指を突き立てています。


 ああ、見ないでください、皆さん。特にまりさん……。


「やはり、うぬの力はこれからの我の企てに入り用であるな」


 帯刀は険しい形相になり、更に妖気を濃くしていきます。何をするつもりなのでしょうか?


「欲しくても、絶対にやらねえよ、クソジジイ」


 いけない私は今度はあかんべえをして挑発しました。


「いや、我は手に入れるぞ」


 帯刀の目が怪しく光り、妖気がまるで生きている大蛇の如くうねりながら私に襲いかかって来ました。


「まだわからねえのかよ、ジイさん? 通用しないって言っただろ?」


 いけない私はガハハと大口を開けて笑い、印を結びます。


「オンマリシエイソワカ」


 浄化真言の摩利支天真言を唱えました。


「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤウン」


 驚いた事に妖気の中から最強の真言である光明真言が聞こえて来ました。


「何だと!?」


 今度は私達が驚く番でした。光明真言で摩利支天真言は打ち消され、私は妖気をもろに受けてしまいました。


「先生ィッ!」


 瑠希弥の悲鳴のような声が聞こえました。


「蘭子さん!」


 直美さんや麗華、真理さんの声が聞こえました。


「西園寺さん!」


「蘭子ちゃん!」


 英賢さん、江原さん、泉進様、岡本教授、矢部さんの声も聞こえました。


(くう!)


 やがて私は闇に包み込まれ、何も見えず、何も聞こえずの状態に陥りました。


(ここはどこなの?)


 完全な闇に呑み込まれた私は、宙を漂っているのか、それとも一定の場所に立っているのかさえわかりません。


「西園寺蘭子、うぬの負けだ。潔く我に力を差し出せ。さすれば、他の者の命は助けようぞ」


 帯刀の声がどこからともなく聞こえました。まさしく「悪魔の誘惑」です。


 皆さんの命を助けるなど、あの悪逆非道な男がするはずもないのです。吐くのなら、もうちょっとましな嘘を吐いて欲しいです。


「さあ、如何致す、西園寺蘭子?」


 帯刀の声が近くなりました。耳元で囁いているようです。でも、私の答えはもう決まっています。


『いくわよ、もう一人の私』


 私はいけない私に言いました。


『もう一人になったのだから、その言い方はおかしいと言ったのはお前だぞ?』


 細かい事を突っ込んで来る人です。この際どうでもいい事です。その時でした。


『蘭子、まだ早い。奴がもっと近づいたら、お前の究極の力をぶつけるのだ』


 懐かしい声が聞こえました。この声は……。


『お父さん!』


 そう、紛れもなく今は亡き我が父の声です。でも、もっと近づいたらというのはどうしてなのでしょうか?


『今だ、蘭子!』


 そんな思考停止に陥りそうな事を言っておいて、またいきなりゴーサインを出すとは、疲れます。


『今って、何をすれば……?』


 私が混乱していると、


『私達の究極の力と言ったら、あれだろ、もう一人の蘭子?』


 いけない私が教えてくれました。そうです。そうですね。だから父が来たのでしょう。


「オーンマニパドメーフーン」


 究極の浄化真言である六字大明王陀羅尼ろくじだいみょうおうだらにを唱えました。


 それと同時に妖気が消え、辺りが荘厳な光で輝き出します。


「何と!?」


 帯刀は本当に私のすぐそばにまで来ていたようです。結界も張らずに無防備のままで。


「ぐはああ!」


 六字大明王陀羅尼をまともに受けた帯刀は、絶叫しながら飛ばされ、地面に落ちました。


「さあ、もう終わりにしましょうか、内海帯刀」


 私は私を睨みつけながら立ち上がろうとしている帯刀に言いました。


 ようやく終わりが見えて来たようです。


 


 西園寺蘭子でした。

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