内海帯刀の秘密

 私は西園寺蘭子。霊能者です。最強最悪の呪術師である内海帯刀との戦いは私達にようやく有利になりかけています。


 G県の退魔師である江原雅功さんが、私の弟子である小松崎瑠希弥とその姉弟子的存在である椿直美さんの感応力を得て、遂に帯刀の強さの秘密に迫れたのです。


 その秘密が帯刀にとって重大なのは、彼が江原さんの行動を妨害しようと必死になった事からもわかりました。


 それがわかれば、形勢逆転は難しくなさそうです。


 何しろ、驚異的なパワーアップをしたと思われた私といけない私の合体でも、三つの魂を持つ帯刀がそれを一つに戻した時の強さには及びませんでした。


 魂を分割すると、多種類の力を同時に持つ事が可能となりますが、それぞれの力は小さくなり、尚且つ分割した反動で消耗が激しくなってしまうのです。

 

 よって、魂を只単に分割しただけでは、強くなれる訳はないのです。


 ところが帯刀はそのジンクスを破っていました。


 彼は魂を分割しても消耗を激しくする事なく、より力を発揮できるようになっていたのです。


 その秘密の一端に気づいた瑠希弥が、直美さんと力を合わせて江原さんを助け、全てを明らかにする事に成功したようです。


「世迷い言かどうか、確かめてみるか?」


 江原さんは負傷した右腕を擦りながら言いました。


「戯れ言を……」


 それでも帯刀は認めようとしません。只、認めようとはしませんでしたが、警戒しているのはわかりました。


「お前の強さの秘密。それは、分割した魂を他の人間の魂に寄生させ、成長させる。だから、分割しても消耗せず、力も落ちる事がなかったのだ」


 江原さんの言葉に帯刀の顔がほんの一瞬ですが歪みました。


「出羽の山中で鬼に出会い、その力を取り込んだという噂は偽りだな。取り込んだんじゃない。お前自身が鬼と化し、二人の人間の魂を使って、自分の力を強化していたに過ぎない」


「なるほど、そういう事か」


 親友の八木麗華のお母さんである岡本綾乃教授が呟きました。


「芽から育てると時間がかかり過ぎる上に消耗もしてしまう。だが、ある程度育った魂に寄生させれば、その魂を糧にして成長させる事ができるという事か」


 私は帯刀の考えの恐ろしさに戦慄してしまいました。要するに二人の人間を自分のために「餌」にしたという事です。


「それがわかったところで、力の差は歴然。うぬらに勝ち目はない」


 帯刀はまたしても不敵な笑みを浮かべ、反論しました。


「確かに、私達だけなら、そうかも知れない。しかし、西園寺さんがいるのを忘れたのか?」


 江原さんはフッと笑って更に反論しました。


「ああん、素敵、江原はん!」


 麗華が絶叫しています。直美さんもドキッとしたようです。


「何?」


 帯刀は江原さんの言葉の意味がわからないのか、眉をひそめて私を睨みました。


 以前、麗華を廃人寸前にまで追い込んだ呪術師がいました。


 そいつは人の意識の奥にまで入り込む事ができました。


 私はそれを逆に利用して、そいつの意識に乗り込んで、倒した事があります。


 最終的には、そいつも私の意識に乗り込んで相打ちを狙ったのですが、私の意識にはいけない私が残っていて、返り討ちにしました。まさにその時の方法が帯刀に対して有効らしいのです。


「西園寺蘭子は、やはり食っておかねばのちのち邪魔な存在になるという事か」


 帯刀がニッと笑いました。思わずゾッとしそうになりますが、


「ふざけた事言ってるんじゃねえよ、クソジジイが! てめえは私がぶっ倒すってずっと言ってるだろう!」


 またいけない私が言葉を発してしまいました。ちょっと気を緩めると出て来てしまいます。二つに分かれていた時より性質たちが悪いです。


「ならばそうさせてもらう!」


 帯刀の端正な顔が邪悪な形相に変わりました。そして、結界を解いたかと思った次の瞬間、私の目の前に来て、


「その力、寄越せ!」


 両肩を強く掴まれました。


「西園寺さんを放せ!」


 江原さんが、岡本教授の治癒の護符で右腕を治し、帯刀に仕掛けました。


「うぬら雑魚は下がっておれ!」


 帯刀が叫ぶと、江原さんは数メートル後方へと飛ばされてしまいました。


「先生!」


 直美さんが地面に叩きつけられた江原さんに駆け寄り、瑠希弥が私の背後に近づきました。


「邪魔するでない、小娘!」


 帯刀の両目が怪しく光り、瑠希弥は動けなくなってしまいました。真言を唱えずに不動金縛りの術をなしたようです。


 瑠希弥は瞬き一つできません。


「嬢ちゃん!」


 出羽の遠野泉進様と気功少女の柳原まりさんが動きました。


「インダラヤソワカ」


 帯刀は妖気を噴き出しながらも真言を唱えました。一体どういう事なのか、理解不能です。


「はあ!」


 泉進様は雷撃を気で弾き飛ばし、指先に次の気を集束しています。


「やあ!」


 まりさんが気の塊を連続して帯刀に放ちました。


「温い」


 帯刀はまりさんを見る事なく、その気全てを弾き飛ばしてしまいました。


「はああ!」


 泉進様の気は針のように細くなり、帯刀の妖気を貫き、彼へと迫りました。


「ええい!」


 すると帯刀も気合いを入れ、泉進様の気の進行方向を変えてしまいました。泉進様の気はまりさんに向かいました。


「嬢ちゃん!」


 泉進様が叫びました。


「はい!」


 ところがまりさんは、泉進様の気に自分の気を合わせ、それを吸収してしまいました。


「お返しよ!」


 まりさんは自分の気を載せた更に強力な気の針を帯刀に跳ね返しました。


「なかなかの腕であるな、そこな女子よ。殺めるのは気が引けるな」


 帯刀はそう言いながらも、狡猾な表情でまりさんの気を受け止め、再びはね返しました。


「いかん!」


 またまりさんが打ち返そうとしているのを知った泉進様が素早く動き、まりさんを抱きかかえ、帯刀から離れました。


 帯刀の返した気はそのまま直進し、地面に突き刺さって大きな穴を開けました。


 アスファルトなのにまるで豆腐をこそぎ取るようにです。まりさんが受けていればどうなっていたか、想像がつきます。


「大丈夫か、嬢ちゃん?」


 泉進様はまりさんを庇って倒れ込んだので、まりさんには怪我はないようです。


「私は平気です。それより、泉進様が……」


 まりさんが涙ぐんで泉進様の顔にできた擦り傷を撫でました。


「なあに、唾つけとけば治るさ」


 泉進様がそう言うと、


「そうですね」


 まりさんが驚きの行動に出ました。擦り傷を舐めたのです。


「あ、いや、そういう意味じゃ……」


 出羽のスケベジイさんも、まりさんの大胆な行動にはオロオロしてしまいました。


「ごめんなさい」


 まりさんは涙を零して詫びました。泉進様は照れ臭そうです。


「馴れ合いはもうすんだか? うぬらとじゃうているいとまはないのだ」


 帯刀は妖気の量を増やしました。その流れは少しずつ私に押し寄せてきています。


 どうやら、妖気で私を包み込み、そのまま「食う」つもりです。


(もう一人の蘭子、一つになったら便利だな。考えている事が一緒だ)


 いけない私の声が心の中で響きます。一つになったのに妙な感覚です。


 でも、いけない私の言う通りなのです。考えは一緒。


 私を食おうとしている帯刀はまさに私に対しては無防備と同じです。


 このチャンスを生かさない手はありません。


 帯刀の身体に乗り込んで、三つの魂のうちの二つを元に戻すのです。


(この方法は確実だが、その間は私の身体が留守になるな)


 いけない私が言いました。それは構いません。もしも帯刀があの呪術師と同じように私の身体を乗っ取るつもりなら、そうさせます。


 そして、私の身体ごと、江原さん達に包囲してもらい、帯刀の魂を封印してもらうだけです。


(それだと、私達は肉体を失うな)


 いけない私が寂しそうに言いました。そうですね。私の身体は帯刀を封じるための人柱になります。


 もちろん、そうならない方がいいとは思うのですが、いけない私が見せてくれた覚悟を私も受け継ぎたいのです。


(ありがとう、もう一人の蘭子)


 いけない私が照れ臭そうな気を出しました。


(さあ、行きましょう)


 私達は意を決して、帯刀の意識の海へと飛び立ちました。思った通り、結界を解き、私を食おうとしている帯刀は私に対しては無防備でした。何の障害もなく、私は帯刀の意識の中に飛び込めました。


『え?』


 ところが、です。


『何、これ?』


 私達が飛び込んだのは、帯刀の意識の奥にしまい込まれていた過去の記憶の中でした。


 これは一体?


 


 西園寺蘭子でした。

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