裏蘭子の起源

 私は西園寺蘭子。霊能者です。占いとか、お祓い、それから人捜しとかも請け負っています。


 


 ボクッ娘の柳原まりさんが、本来は一緒にこの世に生を受けるはずだった双子のお兄さんの魂に身体を奪われそうになりました。


 私は自分の中に存在しているいけない私との関係を思い出し、更にそれにいけない私自身の機転が加わり、お兄さんの魂はまりさんの魂を守る事を約束し、弟子の小松崎瑠希弥が「同魂の儀」という秘術で二人の魂を一つにしました。


 自分の事を「ボク」と言い、女の子なのに男の子のように振る舞っていたまりさんでしたが、同魂の儀を行った後、その傾向が変化しました。


 男子にも女子にも人気があったまりさんでしたが、男の子っぽい言動が鳴りを潜め、より女性らしくなったお陰で、男子の関心が高まり、毎日靴箱の中がラブレターで溢れているそうです。


 羨ましい限りです。


 私の小学校中学校時代は、孤独との戦いでしたから。


 私の中でいけない私が育ち始めたのは、小学校低学年の頃でした。


 その頃の私は、時々いけない私に意識を支配され、男の子達を従え、腕白の限りを尽くしていたそうです。


 いたそうですというのは、私自身の記憶に残っていないからなのです。


 成長するに従って、いけない私を押さえ込めるようになってきたのですが、私自身が激怒してしまったり、感情が昂ぶってしまうとそれもできなくなってしまいました。


 そんな昔を思い出す小学校から依頼が来ました。


 私が在学していた時、あの死霊魔術師ネクロマンサーの近藤光俊が先生でいたのですが、その影響なのか、未だに霊が寄りつくようなのです。


 しばらくはそういう事は起こらなかったらしいのですが、また最近霊現象が頻発するようになったそうなのです。


 母校からの依頼ですから、私は二つ返事で受けました。


 親友の八木麗華は、先日の五十鈴華子の一件をより深く検証するために、お父さんの矢部隆史さんと共に五十鈴華子の家が代々引き継いできた寺院を調査しに行きました。


 どうやら、お母さんである岡本綾乃教授も帰国しているようです。


 岡本教授の帰国は、あの大修験者である名倉英賢さんの要請のようです。


 英賢さんの兄弟子であった内海帯刀という途轍もない呪術師が動き出したのを受けての行動です。


 華子の妹さんを拉致し、彼女を操っていたのも内海帯刀です。


 あらゆる災いの源と言われるほど、その力は強大なので、力を結集しなければならないのです。


 出羽の修験者の遠野泉進様も近々東京にいらっしゃるようです。


「少しでも悪影響が出そうな場所は浄化しておく方が良い」


 英賢さんにそう言われました。それもあっての母校訪問なのです。


「ここが先生の卒業された小学校ですか」


 瑠希弥は感慨深そうに校舎と校庭を見渡しました。何だか気恥ずかしくなります。


「一見した限りでは、それほどの霊現象はないようですが」


 瑠希弥が言いました。私もそう思いました。


「あるとすれば、あそこですね」


 瑠希弥が指し示したのは、古びた体育倉庫でした。そこを見た時、私は何か嫌な感覚を抱きました。


「何だろう? あまり近づきたくない気がする」


 私の言葉を聞いた瑠希弥が首を傾げて、


「警戒するような霊障はないですが?」


「ああ、ごめん、そういう事ではないの。何となくそんな気がしてしまうだけ」


 私は苦笑いして瑠希弥に詫びました。するといけない私が、


『懐かしいなあ、この体育倉庫。この周りでよく隠れんぼをして遊んだんだ』


「え?」


 いけない私のその言葉に嫌な感覚の原因が少しだけ見えて来ました。


「何だろう、ここで何かいけない事があった気がするんだけど……」


 顎に手を当てて考えてみますが、全く思い出せません。


 でも、いけない私が「隠れんぼ」と言った事が心のどこかに引っかかったのは確かです。


 理由がわからないので、モヤモヤしてしまいました。


 すると瑠希弥が、


「先生、この小学校に冬子さんも在学していましたか?」


 そう言ったのを切っ掛けに、いろいろと思い出してきました。


「ああ、そうだ、冬子さんと最初に会ったのはここだったわ。思い出した!」


 今は北海道で幼馴染みの浜口わたるさんと結婚して暮らしている小倉冬子さん。


 そうです。彼女と関係があるのです。するとまたいけない私が、


『そうそう、小倉冬子。あいつともよくここで隠れんぼして遊んだな』


 妙に嬉しそうに言いました。ああ! 更に記憶の糸が解れてきます。


 以前、サヨカ会との戦いに備え、冬子さんをかつて事務所があったマンションの駐車場に呼び出した時の事です。


「だから、もうかくれんぼをするって言わないで、西園寺さん」


 冬子さんはそう言っていました。その時、私には何の事か全くわからなかったのですが、今になってそれがどういう事なのか、少し見えて来ました。


『冬子の奴、隠れるのがうまくてさ。全然見つけられないんだよ。いつもあいつが見つけられなくて、私は鬼から抜けられなかったので、ある時、冬子を探さないで帰ったんだ』


「ええ!?」


 私と瑠希弥は異口同音に叫んでしまいました。そんな酷い事をしたの? だから冬子さんに怖がられていたのね?


『そしたら、冬子の奴、次の日に転校しちまったからさ。ごめんなって言えなかったんだ。そうそう、思い出したよ』


 いけない私は不謹慎にもゲラゲラ笑いながら言いました。全く、摩利支天真言で少し懲らしめようかしら?


『悪かったよ、もう一人の蘭子。今度、きっちり冬子に詫びの電話を入れるから、それだけは勘弁してくれよ』


 いけない私は慌ててそう言いました。


「約束よ、もう一人の私」


 厳命しました。でも、考えようによっては、冬子さんはもうそんな昔の事を思い出したくもないでしょうから、謝る必要もないかも知れません。むしろ迷惑でしょうね。 


「そういう事であれば、恐らくここに吹き溜まっているのは、その時の冬子さんの恐怖心を餌にしたたくさんの生徒の残留思念でしょう。それをお祓いすれば、大丈夫だと思います」


 瑠希弥が感応力を駆使して言いました。


「わかったわ」


 私と瑠希弥は摩利支天の真言を唱え、体育倉庫の周囲を浄化しました。


 途端に清浄な気の流れが起こり、校庭と校舎が洗い清められました。


「任務完了ね」


 私は瑠希弥と微笑み合い、校長先生に報告をして帰路に着きました。


『もう一人の蘭子、初めてあんたと入れ替わった時の事は覚えていないのか?』


 帰りの車の中でいけない私が尋ねました。


「うん、全然。あの頃は、貴女が表に出ていた時の事を全く覚えていないの」


 それは本当です。今よりずっと、いけない私の支配が強かったのでしょう。


『ふうん。そうか。良かったな、もう一人の蘭子。覚えていたら、小学校に来られなかったかもな』


「え? どういう事よ、それ?」


 いけない私が妙な事を言ったので、私は何度も尋ねたのですが、彼女は知らない方がいいと言って教えてくれません。


 運転している瑠希弥は、感応力でそれを読み取ったのか、目を見開いていました。


 後で瑠希弥に訊こうかしら? それも怖いなあ。


 


 西園寺蘭子でした。

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