大師匠の力

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 G県のH山のオートキャンプ場で始まったこの一件は、名倉英賢と名乗る超絶的な力を持った老人の登場によって一気に形勢逆転となりました。


「名倉英賢だと?」


 細身の男はサングラスを外して英賢さんを睨みます。小さい目なのでちょっとだけ笑いそうになりました。


神田原かんだはら明丞めいじょう様を封じた我が会の天敵……」


 細身の男は身体中の水分が出てしまうのではないかというくらいの発汗量です。


「神田原明丞とは、復活の会の創始者で、英賢様の一番弟子だったらしいです」


 弟子の小松崎瑠希弥が教えてくれました。


 彼女は、姉弟子である椿直美さんを通じて、復活の会の内情を聞いていたようです。


「江原雅功が恐れをなし、自分の師匠にすがったという事か?」


 細身の男は汗塗れになりながらも、まだそんな強がりを言います。


「江原さんのお師匠様やて?」


 親友の八木麗華が目を見開いて英賢さんを見つめます。さすがにお年なので、襲いかかる事はないでしょうが。


たわけた事を申すでない。儂が出張でばったのは、雅功にすがられたからではなく、明丞の残りカスであるお主らを元師匠として掃除に来たまで。自惚うぬぼれるでないわ、小童こわっぱ共が」


 英賢さんは更に気を強めて細身の男と筋肉男達を睨みつけました。


「ひ!」


 細身の男は小さく悲鳴を上げ、後退あとずさりました。


「それにお主ら如きを相手にして、折角の修行を中断する必要なしと儂が雅功を止めたのだ。楽をするのはならんとな」


 英賢さんはニヤリとして男達を見渡しました。


「何だと!?」


 細身の男は自分達を相手にする事が修行に劣るとバカにされた事に気づいたようです。


 江原さん、どんな過酷な修行をしているのでしょうか?


 英賢さんがお師匠様で、その指示でしているのだとしたら、想像を絶する修行だと推測されます。


『私はこのジイさんとはあまり関わりたくない』


 いけない私は急に後ろに下がってしまいました。どうやら英賢さんは苦手なタイプのようです。


「さてと。儂も忙しいのを無理してここまで来たのだ。無駄話はここまで。手加減するから安心致せ」


 英賢さんは気を高めながら直立しました。構えはないみたいです。


「我らを愚弄しおって! 復活の会は日々進化しているのだ! 真言も気功も通じぬこいつらの力、見せてくれるわ!」


 細身の男が大見得を切った時、


「何か言ったか?」


 すでに英賢さんは残り九人の筋肉男達を気絶させていました。まさしく目にも留まらぬ早業です。いえ、神業ですね。


 麗華と気功少女の柳原まりさんは仰天して英賢さんを見ています。


「愚か者が。真言も気功も不要。お主ら如きはこのこぶし一つでたくさんだ」


 英賢さんはフッと笑って右の拳を細身の男に見せました。


 私は瑠希弥と顔を見合わせてしまいました。何なのでしょうか、このレベルの違いは?


「ボクの全力の気功が届かなかったのに……」


 まりさんはすっかり尊敬の眼差しで英賢さんを見ています。


「バ、バカな……。我らの編み出した術は無敵のはず……。何故だ?」


 細身の男は英賢さんから距離をとりながら倒された筋肉男達を見渡しました。


「お主らのからくりはこうだ。その身に徳の高い僧侶の霊体を封じ込めて、あらゆる真言を相殺する光明真言を唱えさせる」


 英賢さんの言葉に私達はギョッとしました。


 そのやり口は、この前やっとの思いで倒して浄化した近藤光俊と同じです。


「気功が届かないのは、その身に気功の達人の霊体を封じ、そのオーラを身に纏っているからだ」


 まりさんは英賢さんの話に合点がいったようです。


「そういう事だったのか。止められたというより、受け流された感じがしたのは……」


 英賢さんはまたニヤリとしました。


「ところが、残念ながら、そのどちらも儂には通用しなかった。何故かわかるか?」


 細身の男は半分逃げそうになりながら、


「知るか、そんな事!」


と叫ぶと走り出しました。そういうのを無駄な抵抗と言うのですよね。


「悪足掻きだな」


 一瞬のうちに細身の男の前に出た英賢さんは正拳を見舞い、一撃で倒してしまいました。


 リーダーの呆気ない敗北で、戦いは終了しました。


「おっと。答えを教える前に倒してしまったな。こりゃすまん」


 英賢さんは少年のような顔になって笑いました。何だか懐の深い方です。


「僧侶も気功の達人も全員が儂の弟子だったからだ」


 英賢さんは衝撃の正解を言うと、大声で笑いました。


 私達は唖然としてしまい、しばらく瞬きも忘れてしまいました。


 


 やがて、私達が我に返ったのは、英賢さんが僧侶と気功師達の霊を解放して天に逝かせた後でした。


「全ては儂の不徳の致すところだ。許してくれ、お嬢さん方」


 英賢さんは私達を見て頭を下げました。


「いえ、とんでもないです。助けていただいてありがとうございました」


 私は慌てて頭を下げます。瑠希弥も麗華もまりさんも頭を下げました。


「皆、別嬪べっぴんで気立ても優しいのう。安心した」


 英賢さんは微笑んで言いました。私達は顔を見合わせました。


「取り敢えずはカス共は片づいたが、まだ日本各地に似たような連中が散らばっておる。其奴そやつらを全て始末するまで、気は抜けんぞ」


 英賢さんは真顔になって言います。私達は黙って頷きました。


「ところでお嬢ちゃん」


 英賢さんはまた柔和な顔でまりさんを見ます。


「は、はい」


 まりさんは少し緊張気味に応じました。英賢さんの力を見たので、萎縮しているようです。


「お前さん、兄弟はいるかの?」


 いきなり唐突な質問です。


「どういう事かしら?」


 私が呟くと、瑠希弥が、


「英賢様はまりさんの魂の異常に気づかれたみたいです」


「魂の異常?」


 私はキョトンとして麗華を見ます。


「ウチにわかる訳ないやん」


 麗華は苦笑いして言いました。


「いえ、ボクは一人っ子です」


 まりさんも何故そんな事を訊かれたのかわからず、不思議そうな顔で英賢さんを見ています。


「ふむ、そうか。ならばお前さんの魂に溶け込んでいるのは、恐らくお前さんと一緒に産まれて来るはずだった男の子じゃな」


「え?」


 まりさんの顔色が変わりました。


「そういう事なんですね……」


 感応力が優れている瑠希弥には英賢さんの言葉の意味がわかったようです。


「魂の色は明らかに女子おなごであるのに、発する気が男であるから、どうにも不可思議だったのだ」


 英賢さんの解説でようやく私にもわかりました。


 まりさんが女の子なのに「ボク」と言い、自分を男だと思っていたのは、彼女の魂に溶け込んでいる産まれて来られなかった男の子の魂のせいだったのです。


「お前さんを抱っこしていなければわからないほど微かな揺れだった。魂が一つではないのにそれで気づけた」


「ボクの身体にもう一つの魂が?」


 まりさんは驚きの展開に目を見開いています。


「あくまで儂の考えだが、魂の融合はいつか歪みを生み出す恐れがある。分離した方が良いと思われる」


 英賢さんはまりさんをこれ以上驚かせたくないのか、婉曲的な言い方をしました。


 本当は早めに男の子の魂を解き放ち、まりさんを女の子に戻した方がいいはずなのです。


「そう、なんですか」


 まりさんは顔を引きつらせて応じました。酷く動揺しているのがわかります。


「その気になったら、いつでも雅功に声をかけなさい。急がんでもいいからな」


 英賢さんは微笑んでまりさんの肩に手をかけました。癒しの気がそこからまりさんの身体に流れ込み、彼女の心の硬直を解きほぐしていきます。


 さすが大師匠です。気の扱い方の格が違い過ぎます。


「はい」


 心の凝りが解けたまりさんは笑顔で英賢さんを見ました。


「さてと。もう行かねばならん。別嬪さん達と別れるのは寂しいが、仕方がないの」


 英賢さんはニヤリとして私達一人一人の顔を見ました。


「出羽のスケベジジイと似てる気がする」


 麗華が小声で言いました。


「儂をあんな煩悩の塊と一緒にするな。それとこやつらの処分は菜摘に任せてある。もうすぐここに来る」


 英賢さんは背を向けてそう言うと、次の瞬間姿を消していました。


 江原さんが凄いと思ったら、そのお師匠様はもっと凄かったです。


 まだまだ私達は修行が足らないのでしょうね。


 


 西園寺蘭子でした。

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