闇の裏事情

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 G県の退魔師である江原雅功さんのお師匠様である名倉英賢さんの登場により、危機一髪だった私達は救われました。


 お忙しい英賢さんはすぐに去ってしまい、私達は復活の会の残党達を縛り上げる作業に追われました。


 まあ、英賢さんが全部倒してくれたので、それくらいはしないといけませんけどね。


 柳原まりさんは英賢さんに、


「一緒に産まれて来るはずだった男の子の魂が溶け込んでいる」


と言われ、動揺しましたが、英賢さんの癒しの気で落ち着きを取り戻しました。


 それでも、筋肉男達を縛り上げ、人心地ついた時、また思い出してしまったようです。


 深刻な顔をして考え込んでいます。


 弟子の小松崎瑠希弥も声をかけられず、親友の八木麗華も、いつものような軽いノリで話しかける事はできないようです。


 どうしたものかと思っていた時、救いの神とも言うべき人が現れました。


 四駆車を駆ってM市から来てくれた江原菜摘さんです。


 久しぶりにお会いしましたが、相変わらず中学生のお子さんが二人もいる人には見えません。


「お疲れ様です。災難でしたね」


 菜摘さんは途中コンビニで飲み物を買って来てくれました。


「ご迷惑をおかけします」


 私は菜摘さんに頭を下げました。瑠希弥も同じです。


「耕司君は一緒やないんですか?」


 麗華がとんでもない事を言い出します。


「耕司はまどかさんと修行中です。今回の件で、より警戒を強めなければならないとわかりましたので」


 菜摘さんは美しい顔を引き締め、私達を見ました。そして最後にまりさんに目を向けます。


「英賢様から聞いています。私が話をしましょう」


 菜摘さんは私達の不安を感じ取ってくれたのか、微笑んで言ってくれました。


 私と瑠希弥は顔を見合わせ、麗華はあからさまに溜息を吐きました。


「まりさん、お久しぶりね」


 菜摘さんはまりさんの前に回り込み、ニッコリ笑って声をかけました。


 まりさんはその時ようやく菜摘さんに気づいたみたいです。


「あ、江原君のお母さん、お久しぶりです」


 まりさんは立ち上がってお辞儀をしました。菜摘さんはまりさんの両肩に手をかけ、


「びっくりしたみたいね、英賢様のお話」


「はい。ボクにもう一人の魂が溶け込んでいるなんて……」


 まりさんは目を赤くしています。涙は浮かべていませんが、切っ掛けがあれば泣き出してしまうそうな顔をしています。


「でも、何も不安に思う事はないわ。貴女は素晴らしい対処の仕方をして来たのだから」


 菜摘さんはまりさんの顔を覗き込みました。まりさんはハッとして菜摘さんを見ます。


「え? どういう事ですか?」


「貴女は男の子の魂を受け入れて、その思いと力を取り込んでいるの。だからこのままで大丈夫よ。何も問題はないわ」


 菜摘さんは満面の笑みでまりさんを癒します。英賢さんとは違った母性に溢れた素晴らしい気です。


 これは母親でもある菜摘さんだからこそできる癒しです。


「ありがとうございます」


 まりさんの奇麗な瞳から涙が零れ落ちました。菜摘さんも目を潤ませて、まりさんをギュッと抱きしめます。


 涙脆い私と瑠希弥はもらい泣きしてしまい、麗華も目をウルウルさせていました。


「何で雅功さんも耕司君もいへんの?」


 違う理由で泣いていたようです。後でいけない私にお説教してもらいましょうか。


 菜摘さんはまりさんを抱えるように車に連れて行き、後部座席で休ませます。そして、


「復活の会の者達はもう力を持っていないので、G県警の護送車で運びますから」


 そう言ってから、いよいよ本題に入りました。


「復活の会の手口、驚かれたでしょう?」


「はい。つい先日戦った近藤光俊と言う邪法師が同じ術を使っていましたから」


 私が言うと、菜摘さんは大きく頷き、


「復活の会はその術を近藤から教わったのでしょう。そして、引き換えに近藤に力の源となる若い女性を提供したようです」


 その話に私達はギョッとしました。


「近藤は貴女方の前に現れるまでに幾百人もの女性を生け贄としていたのです。雅功と英賢様はそれを調べている途中なのです」


 更に驚愕すべき事態です。近藤と復活の会の残党がつながっていたとは……。


「ですから、貴女方と椿さんが近藤を浄化してくれて、大変助かりました。雅功に代わって、お礼を言います」


 菜摘さんが深々と頭を下げたので、私と瑠希弥は面食らってしまいました。


「そんな、やめてください。そもそも近藤は私の父である公大が戦った相手です。いつかは戦わなければならなかったのですから」


 私は菜摘さんの手を取って言いました。菜摘さんはホッとした顔になり、


「貴女のお父様とお祖父様がいらしたからこそ、英賢様も雅功も今があるのです。どちらにしても、お世話になっているのは私達の方なのですよ」


「そうなんですか」


 私は瑠希弥を見ましたが、瑠希弥はどうやらその感応力ですでに知っていたようで、バツが悪そうです。


「貴女のお祖父様に英賢様は救われた事があるそうです。そして、雅功は貴女のお父様に危ないところを助けてもらった事があるそうです」


 ますます驚いてしまいました。江原家とは深いえにしがあるようです。


「ですから、貴女がまどかさんのところに現れて、のちにまどかさんが耕司と出会ったのはお祖父様とお父様のお導きではないかと思えて来ました」


 数年前、G県の霊感少女である箕輪まどかちゃんに会ったのは、ほんのちょっとした切っ掛けでした。


 それもまた父や祖父の導きなのかと思うと、身体が震えそうです。


「耕司は夢に出て来た雅功の父の言葉に従って、まどかさんにお付き合いを申し込みました。やはり導きがあったのでしょうね」


 菜摘さんが息子さんとまどかちゃんの出会いの話をしてくれました。


 縁は異なものなのですね。


「サヨカ会、復活の会、そしてあちらこちらに出没する邪法師達。その全てを繋ぐ元が見えて来ています」


 菜摘さんの話がいよいよ佳境に入ったようです。本当の黒幕が背後にいるという事ですね。


 私と瑠希弥は菜摘さんを見ました。麗華も腕組みして菜摘さんを見ています。


「英賢様ですら、単身ではどうする事もできない恐るべき者がいます。出羽の遠野泉進様にもご協力を仰がなければなりません」


 英賢さんもどうする事もできないなんて、魔界の悪魔か、第六天魔王並みではないでしょうか?


「サヨカ会の鴻池大仙に術具を渡した者が多分その人物です」


 菜摘さんの顔が深刻そのものになりました。


 人物という事は、敵は人間なのですか?


「まだしばらく時間がかかると思いますので、情報が入り次第、逐一報告しますね」


 菜摘さんにそう言われましたが、私達のようなレベルで、果たして太刀打ちできるのでしょうか?


六字大明王陀羅尼ろくじだいみょうおうだらに。それを唱えられるのは、今現在では、西園寺さんしかいないのです」


 菜摘さんに言われて、私はまた父の気配を感じました。


『蘭子、お前にできる事はある』


 父の声が聞こえた気がしました。


「そして、瑠希弥さんと椿さんには、霊媒師の里の皆さんの力を繋いでもらう大きな仕事があります」


 菜摘さんの話がそこまで進んだ時、麗華が、


「ウチの出番はないのん?」


 寂しそうに尋ねました。すると菜摘さんは微笑んで、


「貴女のお母様である岡本綾乃教授とお父様である矢部隆史医師の力も必要です。もちろん、その血を受け継いでいる貴女自身の力もです」


 麗華の顔が途端に明るくなりました。全く現金な子です。


 


 やがて、G県警の大型護送車が到着し、細身のリーダーと筋肉男達が乗せられました。


 麗華は護送車に乗って来た機動隊の皆さんにイケメンがいないか探しています。


 本気でお説教ですね、やはり。


「ではまた」


 菜摘さんは護送車について、M市に帰って行きました。


「さて、私達も帰りましょうか」


 私が切り出すと、麗華が、


「このまま帰るんは癪やから、M澤うどんでも食べていかへんか?」


「麗華の奢りでね」


 私がふざけて言うと、一瞬顔を引きつらせましたが、


「お、おう、それくらい出したるがな!」


 無理に笑顔になりながら、言ってくれました。


 またしても、恐ろしい敵の存在がわかり、気が休まりませんね。


 


 西園寺蘭子でした。

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