復讐の罠
私は西園寺蘭子。霊能者です。
以前、G県の霊感少女の箕輪まどかちゃん達が戦った「復活の会」という邪教集団の残党が仕掛けた罠にかかってしまいました。
真言も気功も通じない筋肉男達に捕われた私達は、彼らの乗って来た黒のワンボックスカーに乗せられ、H山のオートキャンプ場を出ました。
彼らの目的は希代の退魔師である江原雅功さんです。
私達は江原さんを呼び出すための餌に過ぎません。
格の違いで言えば、私達はその程度なのは否定しませんが、そのせいで江原さんに迷惑がかかるのは心苦しいです。
「どこに行くつもりや?」
親友の八木麗華がリーダーの細身の男に尋ねます。
「だからさっき言っただろう? 江原を倒すのに相応しい場所だよ」
彼は同じ事を何度も言わせるな、という顔で麗華を見ました。
ワンボックスカーはH山から東に下っていたのですが、途中で左折し、北上をしているのです。
G県の地理に詳しい訳ではありませんが、この経路だと、江原さんがいるM市とは方角が違うのはわかります。
「北に向かってどうするつもりだ? まだ紅葉には早いだろう?」
表に出たままのいけない私が口を挟みました。
「そうだな。まあ、いずれにしても、お前達は紅葉を見る事はないがな」
細身の男はフッと笑って不吉な事を言いました。
『蘭子さん、この車、特殊な塗装がしてあって、全く外の気配を感じられません』
弟子の小松崎瑠希弥が心の中に語りかけて来ます。
心の中は私もいけない私も一緒なので、瑠希弥に「蘭子さん」と呼ばれてドキッとしてしまいました。
『何を喜んでいるんだ、もう一人の蘭子? 非常時だぞ』
いけない私が愉快そうに指摘して来ました。
『うるさいわね! そんな事より、どうすればいいか考えなさいよ!』
ムッとして返すと、
『すみません、私のせいで』
瑠希弥が謝って来ました。彼女にさっきの会話を聞かれていたのがわかり、更にドキドキしてしまいました。
そんな私達のやり取りとは無関係にワンボックスカーは北上を続け、その後ろを筋肉男の一人が運転する麗華のワゴン車がついて来ます。
二台はやがて比較的大きな川伝いの道を西に走り始めました。
『この経路はA妻渓谷に向かっているようですね。目的地が少し絞れて来ました』
瑠希弥が言いました。瑠希弥はまどかちゃんから復活の会についていくつか情報を得ていたようです。
会の宗主であった神田原明徹は、江原さんに力を封じられたのですが、その現場がA妻渓谷方面らしいのです。
『恐らく、宗主の明徹の仇討ちも込めて、同じ場所で江原さんを待つつもりだと思います』
瑠希弥の推理は多分当たっているでしょう。そういう事情なら、あり得る展開だからです。
「さっきから心の中同士で内緒話をしているつもりなのだろうが、全部聞こえているんだぞ」
リーダーが私達をバカにしたような笑みを浮かべて振り返ります。
私と瑠希弥は思わず顔を見合わせてしまいました。リーダーはニヤリとして前を向き、
「お前達の推測通りさ。明徹様が江原の罠にかかって力を封じられた場所に向かっている。そこで同じように江原の力を封じ、息の根を止めるのさ」
「そんな簡単にいくかな? お前ら全員、江原さんにぶちのめされると思うがな」
いけない私がフッと笑って言い返します。しかしリーダーはそれには応じませんでした。
『胸糞が悪くなる連中だ』
いけない私は憤懣やる方ない顔をしました。
ワンボックスカーはしばらく西へと走っていましたが、森の中へ通じている道を曲がり、未舗装の道を走り始めます。
「偉い揺れるやんけ。ゲロ吐いても知らんからな」
麗華が毒づきます。するとリーダーの細身の男は、
「かまわん、吐け。どうせ我々の車ではないのだからな」
麗華はその返しを予想していなかったのか、驚いて私を見ました。
「この車の持ち主は、もうこの世にはいません」
瑠希弥が悲しそうな顔で言いました。それを聞いた細身の男は、
「そう悲しがる事はない。すぐにお前達もそいつらと一緒になるのだから」
「誰があんたらに殺されるか!」
麗華が目を吊り上げて怒鳴りました。この人達は人の命を何とも思っていないようです。
まさに唾棄すべき存在です。
「何とでも思うがいいさ。いずれにしても我らの勝利は決まっている」
細身の男は前を向いたままでそう言いました。
やがて車は切り開かれた場所に出ました。清らかな雰囲気が漂っています。
「ここですね。江原先生の張った結界の気が僅かですが残っています」
瑠希弥が私に囁きました。
「返り討ちにしてやる」
いけない私は連中を睨みつけて呟きました。
「降りろ」
先に外に出た細身の男が筋肉男の一人に後部座席のドアを開けさせて言いました。
私達は引きずり下ろされるように車外に出ました。
「はああ!」
気功少女の柳原まりさんが外に出た途端、地面がへこむほどの気を放ち、彼女を連れ出した筋肉男の脇腹に正拳を見舞いました。
隙を突けば勝機があると思ったのでしょう。
「無駄だと言ったのを忘れたのか、お嬢さん?」
細身の男が蔑むような声でまりさんに言いました。
「何!?」
まりさんが筋肉男に打ち込んだ気は弾かれ、消滅してしまいました。
「抵抗した罰を与えろ」
細身の男が命じました。筋肉男は小さく頷き、まりさんの右腕を捩じ上げました。
「くう!」
まりさんの可愛らしい顔が苦痛に歪みます。
「まりさん!」
心配した瑠希弥が駆け寄ろうとしますが、別の筋肉男が彼女を押さえつけてしまいます。
「まり!」
いけない私と麗華が同時に叫びました。
「へし折れ」
細身の男はまりさんの右腕を折らせるつもりです。
「やめろ、てめえ! そんな事したら、粉微塵に砕いてやるぞ!」
いけない私が語気を強めて叫びましたが、細身の男は全く気にした様子がありません。
「うるさい。静かにしていろ」
もう一人の筋肉男が麗華と私を押さえつけました。
「やれ」
細身の男は楽しそうにもう一度命じました。筋肉男はまりさんを吊るし上げ、肘を掴みました。
「うああ!」
まりさんは気を右腕に集中させてそれを阻もうとしていますが、筋肉男は徐々に彼女の腕をあらぬ方向に曲げようとしていきます。
「まり!」
「まりさん!」
私達は叫ぶ事しかできません。何と情けない状態でしょうか?
『何してるのよ、もう一人の私! こんなマッチョなんて吹き飛ばしちゃいなさいよ!』
私はつい、いけない私に八つ当たりしてしまいました。
『できるものならしているよ!』
いけない私も悔しいのです。私に言われるまでもないのです。悪い事をしました。
「あああ!」
まりさんの右腕がまさに折られようとした時でした。
「そこまでだ、外道。それ以上その
どこからか声が聞こえました。江原さんの声ではありません。
「何だと?」
細身の男も声の主の正体がわからないのか、慌てていました。
「ぐええ……」
次の瞬間、まりさんを吊るし上げていた筋肉男が悶絶して倒れ伏していました。
「え?」
お姫様抱っこをされて助けられたまりさんは、キョトンとして助けてくれた人を見ました。
神社の宮司のような衣冠束帯を着た小柄な白髪の老人です。
まりさんより身長が低いのですが、老人は軽々と彼女を抱きかかえていました。
「何だ、貴様は?」
細身の男が激怒し、その老人に怒鳴ります。老人はまりさんを優しい眼差しで見て、
「立てるか?」
「あ、はい」
まりさんは顔を赤らめて応じました。老人はまりさんに頷くと、細身の男を睨みました。
その瞬間、辺りに突風のような気の流れが起こりました。
「何だ、このジイさんは? 凄い力を持ってるぞ……」
いけない私が顔を引きつらせています。老人の力が相当なものなのは私にもわかりました。
「もしかして……」
瑠希弥が呟いた時、
「儂は
老人が応えました。
「な、何だと!?」
細身の男の顔色が変わりました。さっきまでこの世に怖いものはないような態度だったのが嘘のようです。
実際、名倉英賢と名乗る老人が彼らに勝てる相手でないのは明白でした。
さて、ここからは私達のターンでしょうか?
西園寺蘭子でした。
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