もう一人の蘭子
触らぬ神に祟りなしその一
私は西園寺蘭子。霊能者です。お祓い、霊視、除霊、浄霊、占い、厄除けなど、様々な事をお引き受けしています。親友の八木麗華に言わせると、「霊感の大安売り」をしているそうです。
でも、その麗華は、私から見ると、「霊感のボッタクリ」をしていると思うのですが。
さて、今回私のところに依頼に来たのは、G県の南G郡にあるS村の村長さんです。村を流れている川の護岸工事をするため、県の大手企業の工事車両が川の上流に行ったのですが、次々に原因不明の事故が起こって作業員が亡くなったそうで、下請けも孫請けも逃げ出し、全く工事が進んでいないという事でした。
「何かいわくがあるのでしょうか、その川は?」
私は酷く怯えている村長さんに尋ねました。村長さんは唇を震わせて、
「その川は、昔、自害沢と呼ばれておりました。今はS川と名前が変わっておりますが」
「そうですか」
川の昔の名前を聞いただけで、気の弱い人は近づく事ができないでしょう。
村長さんが話してくれたのは、壮絶な昔話でした。
戦国時代の頃の事です。S村付近は、上杉謙信と武田信玄の争いによって、戦場となる事がしばしばあったそうです。
そんな時、上杉勢に味方していた地元の領主が武田勢に攻められ、城は焼かれ、多くの家臣がそこで討ち死にし、その領主の家系は途絶えました。そればかりではなく、城を脱出した家臣の妻や子も、逃げ切れないと判断して、互いに槍や小刀で付き合い、自害したのだそうです。乳飲み子まで巻き添えにしての、悲惨な最期でした。その人達の血が近くを流れていた川に流れ込み、水が真っ赤に染まりました。それ以降、昭和初期まで、その川は「自害沢」と呼ばれました。
「でも、今までその川で、何か祟りのような事はありましたか?」
私は気になったので聞いてみました。
「いえ。村の古い書物を調べても、祟りがあった記録はありませんでした」
「わかりました。何が原因か、調査してみます」
村長さんは私が依頼を受諾したのでびっくりしたようです。
「ほ、本当に受けて下さるのですか?」
「はい?」
とても不思議な質問です。頼んでおいて、そんな反応はないと思うのですが。
「あ、すみません、今まで何人もの霊能者の方に断わられましたので……」
村長さんは私がムッとしたと思ったのか、慌てて謝りました。
「そうなのですか?」
何かあったのでしょうか?
「どういった
「それがわからないのです。依頼を受けるとお返事をいただいた翌日、全員の方が断わりのご連絡を下さいまして……」
「……」
何かやりがいのありそうな依頼です。
「私は断わったりしませんよ、村長さん。原因が何か、
「そ、そうですか。宜しくお願いします」
村長さんは何度も頭を下げて言いました。私は苦笑いをして、
「祟るからには理由があるはずです。それを取り除けば、事故はなくなるはずです」
と答え、村長さんを送り出しました。
「あら?」
携帯が鳴っています。麗華からです。地獄耳の彼女の事ですから、何か掴んで電話して来たのでしょうか?
「どうしたの、麗華?」
「どうしたのやあらへんで。蘭子、あんた、ホンマに命知らずやな!」
「えっ?」
何の事でしょう?
「あんた、G県の自害沢の依頼、受けたやろ?」
「さすが地獄耳ね、麗華。もう知ってるの?」
私は本当に感心して言いました。
「依頼を断わった霊能者の話、聞いたんか?」
「聞いてないわよ」
しばらく沈黙が続きました。
「何ちゅう能天気な女や、あんたは! ホンマに命落とすでェ」
「どういう事なのよ、麗華?」
私は半分呆れながら、尋ねました。
「あそこはあかん。わかってる
麗華がここまで私の心配をするなんてない事です。
「詳しく聞かせて、麗華」
「聞いてどうする気ィや?」
私は一呼吸置いて、
「調査の参考にするのよ」
「あんたなァ……」
麗華は完全に呆れたようです。
麗華の話は、依頼を受けた知り合いの女性の霊能者から聞いた話のようです。
その霊能者の方は、村長さんの話を聞いたその日の夜、気がつくとS村の自害沢の河岸に立っていました。
辺りを見回すと、何百人という数の霊が、取り囲んでいます。皆、とても恨めしそうな顔でその人を睨んでいたそうです。
またハッと気がつくと、その人は自分の家の寝室にいました。夢かと思ったそうなのですが、その人の足の裏には、土が着いていて、間違いなく自害沢に行ったのでした。
それだけなら、その方も依頼を断わったりしなかったでしょうが、隣で寝ているご主人の足にも土が着いていたそうです。要するに、家族ぐるみで呪われそうだったらしいのです。霊能者も、仕事を離れれば一人の人間、一人の女です。家族が危ない目に遭うのは避けたいと思うのは、決して身勝手とは言えないでしょう。
他の霊能者も、同じような理由で依頼を断わったようです。
「あんただけではすまん話なんや。あんたの家族も呪われるんやで」
麗華は本当に心配そうに言いました。でも私は、
「平気よ、麗華。私には家族はいないし、恋人もいないし」
言っていて悲しくなりますが、巻き込まれる人がいないのは確かです。
「あ、阿呆、ウチがおるやないか。ウチはあんたの事、家族や思っとる」
「麗華……」
嬉しい言葉ですが、冷静に考えてみると、麗華は自分の心配をしているのだとも思えます。でも、そんな深読みはしたくないので、素直に麗華の言葉に感謝します。
「ありがとう。でも、大丈夫よ。私はもっとずっと強烈な霊と戦った事あるから」
「あのなァ……」
私は微笑んで、
「麗華は巻き込まないわよ。今から貴女の事は家族とは思わないから」
「お、おい、蘭子、ウチは別にな……」
自分の考えを見抜かれたと思ったのか、麗華は狼狽えています。でも、私はそんなつもりはありません。本当に麗華の事は親友だと思っていますし、家族だと考えています。
「それに、もう少し私の事を信用してくれないかな、麗華? 私はそんなに弱い?」
「そ、それは……」
麗華は口籠ります。
「もし危なくなったら、貴女に助けを求めるかも知れないけれど、お願いね」
「……」
麗華は何も答えません。
「麗華?」
私は麗華が怒ってしまったと思い、呼びかけました。
「わかった。そうやな。あんたは強い。ウチを助けてくれたんやから、ホンマに強いんや。そのあんたがピンチの時は、ウチが何としても助けたる」
「ありがとう、麗華」
こうして私は、G県のS村に行く事を決意しました。
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