触らぬ神に祟りなしその二
そしてその日の夜。待ちに待った訳ではありませんが、大きなイベントが控えています。
どんな方法で私を自害沢に連れて行ってくれるのか、いろいろと想像しながら、ベッドに入りました。
私は様々なところに出かける事が多いので、家にはほとんど帰りません。貸しビルの一室を事務所として利用しているのですが、今日はそのままそこに泊まる事にしました。家に帰っても良かったのですが、私の家に来られる霊はそれほどいません。自慢ではありませんが、完璧な結界が張り巡らせてあるので、相当強い悪霊でも、中に入る事はできず、無理に入ればそのまま浄化されてしまうはずです。
それも一つの解決方法ですが、私はその自害沢の霊達を除霊しようとは考えていません。恐らく、悪いのは生きている人間達の方でしょうから。
「さてと」
私はソファをベッド代わりにして、毛布を掛けて眠りました。
程なく、異変が起こりました。
(何?)
私は目を開けました。すると、さっきまでソファの上に寝ていたはずなのに、もうS村の自害沢の河岸に寝ていました。
「こんなところに寝させないでね」
私はゴツゴツした石の固さを感じながら、立ち上がりました。
「まあ……」
周囲には、麗華の話に出て来たように、たくさんの霊がいました。全員、私を怨み骨髄の目で睨んでいます。
「最初から喧嘩腰ですか、あなた達は?」
私は霊達に話しかけました。しかし、霊達は全く敵意を鎮めようとしません。
「何があったのか、教えて下さい。私はあなた達を除霊するつもりはありません。あなた達を助けようと思っています」
私は霊に話しかけながら、自分が肉体ごとここに運ばれて来たのを確認しました。
(テレポートさせられたという事なのかしら?)
そんな凄い力をもっている霊は、周囲に感じられません。妙な感じです。
「教えて下さい、何があったのか」
私の呼びかけも虚しく、霊達は消えてしまいました。少なくとも、今周囲にいた霊達は、怨念が強かったですが、決して悪霊ではありません。何か警告を発しようとしていた気がします。それが何なのかはわかりませんでしたが。
「あっ!」
次の瞬間、私は事務所のソファの上にいました。
「どういうカラクリなのかしら?」
服に付着したのは、間違いなく土と小さな石です。私は自害沢に連れて行かれた。
恐怖より先に、興味が湧きました。この謎、絶対に解いてみせる。そして、あの怨みに満ちた目をした霊達を浄化する。そう心に誓いました。
私はもう一度眠りにつきましたが、今度は自害沢ツアーはありませんでした。
そして翌朝です。
「蘭子、生きとるか?」
驚いた事に、あの麗華が朝早くに私の事務所に来たのです。宵っ張りの朝寝坊の彼女がこんな早くに姿を現す事の方が驚きでした。
「麗華、どうしたの? こんな朝早くに?」
私が尋ねると、麗華はムッとして、
「何ちゅう言い草や! ウチが心配して、大阪から飛んで来たっちゅうのに!」
「ごめん、ごめん。ありがとう、麗華。とにかく、入って」
私は麗華を事務所に入れて、コーヒーを出しました。
「ホンマ、ウチ、こないに朝早ようから動いたん、生まれて初めてや。偉いしんどいで」
「で、何?」
私はちょっと恩義せがましい麗華にイラッとして尋ねました。麗華も、私が怒っているのに気づいて、
「ま、それはええとしてや。夕べ、出たんか、霊の奴らは?」
「ええ、自害沢ツアーに行って来たわ」
私が旅行に行って来たようなノリで言ったので、麗華は呆れて、
「ホンマ、あんたはお気楽な女やな。もしかしたら、死んどったかも知れんのやで」
「そうね。でも、妙な事がわかったわ」
「妙な事?」
麗華はコーヒーを啜りながら鸚鵡返しに尋ねました。
「ええ。噂の自害沢に行ったけど、言われているような怨霊はいなかったわよ。どういう事なのかしら?」
「ホンマか?」
麗華はコーヒーカップを荒々しく置いて言いました。私はカップが割れていないか確認しながら、
「本当よ。どうも様子が違うのよね、貴女から聞いた話と」
「ウチは嘘は吐いてへんで」
「そうは言わないけどね」
私は、麗華や、麗華に話をしてくれた霊能者の人が嘘を吐いているとは思っていません。でも、自害沢の噂と、実際の自害沢の雰囲気があまりにもかけ離れていたので、違和感があったのは事実です。
「それからね、もう一つ大きな疑問があるのよ」
「何や?」
麗華はまたコーヒーカップを乱暴に置いて言いました。この子には、紙コップで出した方がいいかも知れません。
「それ程の怨霊がいるのなら、どうして依頼者である村長さんには何も起こらないのかしら?」
「おっ!」
麗華はなるほど、と手を打ちます。そして、
「村長が黒幕か?」
「それはないわね。あの人、本当に善人のオーラしか出していなかったから。もし村長さんが黒幕なら、それはそれで凄いけど」
「そうかァ……」
何故か残念そうな麗華です。
「この一件、本当に自害沢の霊達の仕業なのか、とても疑問なのよ。本当は、もっと何か複雑な事が起こっている気がするの」
「どういう意味や?」
難しい事を考えるのは苦手な麗華は、鬱陶しそうな顔で尋ねました。
「それはわからない。とにかく、G県のS村に行ってみるしかないわね」
「行くんか、蘭子?」
麗華が目を見開いて訊きました。
「貴女はついて来なくていいわよ、麗華」
私が冷たく言い放つと、
「あ、阿呆! 無二の親友が死地に赴くっちゅうんに、ウチだけ安全圏にいられるかいな」
麗華は剥れて言いました。私はそんな彼女が可愛くて、思わず吹き出してしまいました。
そして一時間後。私と麗華は、私の車でG県に出発しました。
「慶君に会いたなるなァ、G県に行くと」
麗華は呑気な事を言い出しました。
「麗華、今日はそんな用件で行く訳ではないわよ」
私もまどかちゃんに会いたくなりますが、今回は彼女を巻き込みたくはありません。今までもそれなりに危険な目に遭いましたが、今回はそれを遥かに凌ぐものだからです。
「わかっとるがな」
「無事着けるといいわね」
「縁起でもない事言わんといてェな、蘭子」
麗華は本気で怒っています。彼女、験(げん)担ぎにはこだわる方で、そういう事を口にすること自体が良くない事だと主張します。私も
「ま、気ィつけるんに越した事はないけどな」
麗華はシートに身を沈めて言いました。
「悪いけど、少し眠らせて」
「いいわよ」
言うが早いか、もう麗華は眠ってしまいました。道中何かあるとは思いませんが、起きていて欲しかったです。
S村は、Mインターで降りて、三十分程一般道を走ったところにある、農業が主の
「着いたわよ、麗華」
「お、おう、早いな」
私達は、ひとまず村役場に立ち寄り、村長さんを訪ねました。
「西園寺先生、ようこそお越し下さいました」
村長さんは、土木課長さんと出迎えてくれました。
「どうしても行かれますか?」
土木課長さんは不安そうです。自分の知り合いも、事故で亡くなっているので、余計なのでしょう。
「はい。突き止めて何とかしないと、事故でなくなった方々が浮かばれません」
「はァ……」
土木課長さんは村長さんと顔を見合わせました。
「場所をお教えします」
課長さんは大きな地図を広げて言いました。
「この役場の前を流れているのが、S川です。それで、ここから二キロばかり遡ったところが、現場です」
「そうですか」
地図の感じから、私が霊達に連れて行かれたところと同じです。
「それで……」
課長さんは不安そうな顔で私を見ます。私はすぐにピンと来て、
「大丈夫ですよ、私達だけで行きますから」
「あ、はい、そうですか、はい」
課長さんはホッとしたのか、急にニコニコしました。きっと村長さんに道案内をしてくれと言われていたのでしょう。
私達は村役場を後にして、S川を左に見ながら、県道四十四号線を西へと進み、S川の上流を目指しました。
「あっ!」
私と麗華はほぼ同時に叫びました。
「おい、蘭子、今、何かの結界を突き抜けた気ィがせんかったか?」
「したわ。何かしら?」
私は周囲を見渡しました。木々の高さが日差しを遮り、昼尚暗い森の中に入りました。麗華が開けた助手席の窓から、川のせせらぎが聞こえます。
「何や知らんけど、楽しゅうなって来たで、蘭子」
「ええ、そうね」
どうやら敵は、怨霊ばかりではないようです。厄介な事にならないと良いのですが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます