温泉幽霊
私は西園寺蘭子。霊能者です。
占い、魔除け、厄払いと何でもお好みに応じて引き受けています。
そんな忙しい毎日を過ごしている私に、親友の八木麗華からお誘いがありました。
温泉でゆっくりと骨休めをしないかと。
何となく不安でしたが、断わると後でどんな嫌味を言われるかわからないので、承諾しました。
つくづく私って人が好いと思います。
G県。霊感少女箕輪まどかちゃんの家からそれ程離れていない温泉街に到着しました。
元々G県は温泉の宝庫で、とにかくたくさんの温泉地があります。
ですから、麗華がG県を選んだのも別に他意はないと思うのですが。
温泉旅館に着いて、その「他意」を感じてしまいました。
「G県警鑑識課ご一行様」
旅館の玄関の脇に、大きな看板が掛けられています。
そしてその隣には、
「八木麗華様」
という看板があります。もう……。
「慶一郎さん目当てなのね、麗華?」
私はほんの少し怒り気味に言いました。
「ハハハ、偶然や、偶然。ウチも知らんかったわ、慶君が来てるなんて」
白々しい嘘を吐く麗華。呆れてしまいます。
「そう目くじら立てんといてえな,蘭子。旅費も宿泊費も、この太っ腹な麗華さんが出すんやから」
それが一番引っかかっているのです。
麗華は只では舌も出さないと言われるほどの人間なのですから。
「さっ、行くで、蘭子」
「え、ええ」
私は仕方なく、麗華に従う事にしました。
何かある。その不安を拭えないままに。
旅館のフロントで部屋の鍵を受け取り、エレベーターへと進みます。
すると前からお風呂上がりの女性が来ました。
あら? その人の発する気に覚えがあります。
確かこの気は、慶一郎さんに憑いていた生き霊の気です。
私はその人と目が合ったので、会釈しました。その人も会釈を返してくれました。
「里見まゆ子さんですね?」
私が突然名前を言い当てたので、まゆ子さんはビックリして、
「あ、あの、どこかでお会いしましたか?」
まさか、貴女の生き霊とお話をしましたとも言えないので、
「私、西園寺蘭子と言います。箕輪まどかちゃんと友達なんです」
「まどかちゃんと?」
まゆ子さんは私がどういう経歴の持ち主なのか、瞬時に悟ったようです。
「あ、まさか、この旅館、出るんですか?」
彼女は小声で尋ねて来ました。私は苦笑いをして、
「いえ、違います。私達もお休みを取って、骨休めに来たんです」
「そ、そうですか」
まゆ子さんはまるで信じた様子がありません。
「あ、あのそちらの方は?」
まゆ子さんは麗華に気づいて尋ねました。
麗華はムスーッとしていて、機嫌が悪そうです。
「私は八木麗華。蘭子のマブダチや。それから、慶君とは付き
「!」
まゆ子さんの顔色が変わりました。麗華ったら、何て事言うの!?
「し、失礼します」
まゆ子さんは蒼ざめた顔で、その場から走り去りました。
「麗華、知っていて言ったでしょ?」
「は? ウチは何も悪い事は
「それはそうだけど……。あの人は……」
私が更に嗜(たしな)めようとすると、
「わかっとるわい。ウチは、好きな男に何も言えんような女は嫌いなんや。イジイジしとるから、生き霊になったりするんや」
「麗華……」
麗華の性格では、まゆ子さんのような女性は何もかも否定される存在かも知れません。
でも人にはそれぞれ得手不得手があるのですから。
「それにしても、もう少し言いようがあると思うけど」
「知らんわ」
麗華はエレベーターに乗り込みました。
「早よ乗りや。扉が閉まってしまうで」
「え、ええ」
私は慌ててエレベーターに乗りました。
「そろそろ本題に入るわな。ここ、出るんや」
「えっ?」
私もそんな気がして、いろいろ探っていたのですが、何も感じません。
「感じへんやろ? でもいるねん。どえらい奴がな」
麗華は妙に嬉しそうに言いました。嫌な予感がします。
私達は部屋に荷物を置き、地下にある温泉に向かいました。
「風呂に出るんや。とんでもないのがな」
「お風呂に?」
一番嫌です。湿っぽいところは、霊がより活性化するのです。
「旅館に頼んで、今はウチらの貸し切りにしてある。だから、裸にならんでええで、蘭子」
何でしょう、麗華の勝ち誇った笑みは?
確かに、麗華と違って、私は胸は小さいです。でも、別に……。
そんな事はこの際関係ないので、やめておきます。
浴場の入口に着きました。微かに霊がいる気配がします。
「どんな霊なの?」
「痴漢や、痴漢。この風呂場で覗きしようとして、女湯と男湯の境の塀から転がり落ちて死んだアホな男の霊や」
「……」
何だか除霊するのが嫌です。
「さてと。どこや?」
蘭子は風呂場と脱衣所の間のドアをガラガラと開け放ち、中を見渡しました。
「来た!」
確かに。何か壮絶な気を放ちながら、近づいて来る者がいます。
お風呂のお湯が波を立てています。霊がこちらに接近しているようです。
「あれか?」
麗華は舌なめずりして、
「ナウマクサマンダバザラダンカン!」
と不動明王の真言を唱えました。炎が渦巻きながら、霊に向かいます。
「ソンナモノガ、キクカ!」
霊は温泉のお湯を束ねて、炎を消してしまいました。
「次や! インダラヤソワカ!」
次は帝釈天の真言です。稲妻が霊を攻撃します。
「キカヌ!」
稲妻は跳ね上げられた
これは案外強敵のようです。
「こら、蘭子! ボオッとしとらんで、何とかせんかい!」
麗華が叫びました。
霊がお湯から飛び出し、無数の飛沫をまるで針のようにして私達に飛ばして来ました。
「オンマリシエイソワカ!」
すかさず摩利支天の真言で防御します。
「マダダ!」
痴漢の霊はさすがにしつこいです。
次に彼は、洗い場にある桶やシャンプーセットを浮遊させ、
「アホか、おのれは!?」
麗華が切れました。いつまでも抵抗する霊には、彼女は容赦しません。
「女の裸がそないに見たいんか? なら、ずっと見とれ、ドアホ!」
麗華は胸元から大きなお札を取り出しました。
「ウオオオオッ!」
痴漢の霊は遂にその姿を現し、桶やシャンプーセット共に私達に向かって来ました。
「成仏せい、腐れ外道が!」
麗華はその大きなお札を掲げました。痴漢の霊はそれに吸い寄せられるように飛んで来ます。
「フオオオオッ!」
彼は断末魔と共にお札に吸い込まれてしまい、騒霊現象も収まりました。
「どうや、痴漢、満足か」
麗華はガハハと笑いながら、私にそのお札を見せてくれました。
お札は麗華の等身大の際どい写真が付けられていて、そこに真言が書かれていました。
こんなの、効力があるのかしら? 非常に疑問でした。
そして夜になりました。
私達は、鑑識課の方に呼ばれて、宴会に参加しました。
「こんな綺麗な方なら、是非私も除霊して欲しいですな」
すっかり出来上がった鑑識課長さんが、セクハラ発言をしています。
「ウチの料金は高いで。それでもええか?」
麗華は課長さんに近づいてニコニコしています。警察に取り入る気でしょうか?
そして、麗華に腕を組まれて、逃げるに逃げられない慶一郎さんも哀れです。
「あの」
私がぼんやりしていると、まゆ子さんが話しかけて来ました。
「あ、はい」
私はハッとして彼女を見ました。
「私、負けませんから」
「えっ?」
私は何の事を言われているのか、すぐにはわかりませんでした。
「まどかちゃんから聞いているんです。箕輪さんは、あの八木さんではなくて、貴女の事が好きなのだと」
「……」
もう、まどかちゃん……。後でゆっくり話さないとね。
「私、負けませんから」
まゆ子さんはそれだけ言うと私から離れてしまいました。
あら? 千鳥足? 彼女も酔っていたのかしら?
そんな訳で、また更に複雑になった私達の関係でした。
それから。
麗華は除霊のお礼として宿泊費を只にさせ、旅館までの交通費も出させたそうです。
結局彼女は何も損していないのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます