女子校は怖い?

 私は西園寺蘭子。霊能者です。除霊、浄霊、お祓い、祈祷、占い、人探しと、様々な依頼を受けています。


 成り行きで私の「弟子」になり、今は同居までしている小松崎瑠希弥とも、お互いにそういう趣味ではない事がわかり、ホッとしたところです。


 そんな中、瑠希弥がまたちょっと怖いところから依頼を受けて来ました。


 私に怖い事があるのかと、親友の八木麗華なら言いそうですが、今の私にはとても怖いところです。


 依頼主は、女子校の理事長なのです。


 理事長が怖いわけではありません。


 私は、学校はずっと共学でしたので、「女子校」という場所がよくわかりません。


「女子しかいないのですから、安心ですよ、先生」


 瑠希弥はそんな事を言っています。


 でも、違うのです。


 随分前になりますが、一度だけ女子校に仕事で行った事があります。


 その時は、除霊ではなく、校舎の位置関係を鑑定して欲しいという依頼でした。


 その時、私は筆舌に尽くし難いほどの憎悪を感じました。


 それも一つや二つではないのです。


 嫉妬、羨望、怒り。


 様々なものが渦巻いていて、震えてしまいました。


 トラウマというほどではないのですが、そんな体験があるので、女子校が怖いのです。




 そして、私と瑠希弥は、その女子校へと赴きました。


 もちろん、私が憎悪を感じたところとは違います。


 校門をくぐり、校庭に入っても、あの時のような感じにはなりません。


「良かった」


 つい、そう言ってしまいました。


「どうされたのですか、先生?」


 瑠希弥が尋ねます。


「ううん、何でもないわ」


 私はそう言って誤魔化しました。その時でした。


「あああ! すっごく奇麗なお姉さん達!」


 どこかからそんな声が聞こえました。


 誰の事? お惚けではなく、私は周囲を見回しました。


「きゃああ、ホントだあ! 奇麗なお姉さん達だあ!」


 ふと気がつくと、私と瑠希弥は、女子高生達の集団に囲まれていました。


「化粧品、どこの使ってます?」


「そのマスカラ、素敵ですね! どこで買ったんですか?」


「香水もいい香りィ! 通販ですか?」


 パニックになりそうなくらい、私は衝撃を受けていました。


「貴女達、お客様に失礼ですよ! 教室に戻りなさい」


 年配の女性が一喝します。すると、まさに蜘蛛の子を散らすように女子高生達は逃げて行きました。


「失礼しました。私はこの高校の理事長を務めます、大久保利子です」


「西園寺蘭子です。こちらは助手の小松崎瑠希弥です。よろしくお願い致します」


 私と瑠希弥は名刺を大久保理事長に差し出しました。大久保理事長も革の名刺入れから名刺を取り出し、


「こちらこそ、よろしくお願い致します。さ、こちらへ」


 理事長は私達を先導して理事長室に案内してくれました。


「驚かれたでしょう、西園寺先生?」


 理事長が廊下を進みながら言います。学校関係者の方に「先生」と呼ばれると、いつも以上に違和感を覚えます。


「はい。皆さん、元気で明るくて、いいですね」


「ええ。上辺はね」


「え?」


 理事長の声のトーンが変わりました。どうしたのでしょう?


「女性の方がいらっしゃると良いのですが、男性が来ると、敵意むき出しになって……」


 私はその言葉にハッとなりました。そして瑠希弥を見ます。


「先生、この学校、妙な気に包まれていますよ」


 瑠希弥は霊媒師なので、私以上に気に敏感です。


 これは、霊の気ではありません。生きている人の気です。


「では、お茶でも飲みながら、詳しいお話を……」


 私は、理事長がドアを開きかけたのを制して、


「原因がわかりました。理事長先生は、こちらでお待ち下さい」


と言い、瑠希弥に、


「行きましょう」


「はい、先生」


 私はその妙な気を出している人の元に向かいました。


「先生、これ……」


 瑠希弥は顔を赤らめています。


「ええ。淫の気ね。それも、女性が女性に発しているわ。さっきの校庭での出来事も、この気が原因ね」


「そうみたいですね」


 瑠希弥は気に呑まれてしまいそうです。


「瑠希弥、この数珠を。そして、摩利支天の真言を唱えて!」


「はい、先生!」


 瑠希弥は数珠を持ち、真言を唱えます。


 プロでしょうか? 瑠希弥が呑み込まれそうになるほどの淫の気を発するなんて。


 気の元は、体育館です。


 まだ授業は始まっていませんから、生徒達はいません。


 体育館の用具室。そこから発せられているようです。


 私も数珠を握っていないと呑み込まれそうです。


 一体これは?


 用具室の扉に手をかけ、私は一気に開きました。


「……」


 一瞬、凍りつきそうになりました。


 そこには、二人の若い女性の先生がいました。


 しかも、全裸で、妙な油に塗れて互いを舐め合っています。


「は!」


 二人は私達に気づき、慌てて服を手に取り、肌を隠しました。


「学校で、そんな淫術を行ってはいけませんよ」


 私は用具室に漂う油とお香の匂いを消すために、窓を開けました。


 話を聞いてみると、二人はこの学校の卒業生で、ずっと互いに惹かれ合っていたそうです。


 そして、その思いが引き寄せたのか、二人共この高校の先生になりました。


 最初は互いのアパートでふざけ合っている程度でしたが、やがてそれが抑え切れなくなり、ここで互いの「愛」を確かめ合うようになったそうです。


「でも、生徒達にまで悪影響が出ているなんて……」


 さすがに先生です。生徒を巻き込みかけていた事を知ると、泣き出してしまいました。


「淫の気は、強さによっては人を惑わせて狂わせます。少なくとも、職場では慎んで下さい」


 私は穏やかな口調を心がけて諭しました。


「はい。申し訳ありませんでした」


 二人の先生は泣きながら頭を下げました。そして、


「この事は、理事長には……?」


 私は瑠希弥と顔を見合わせてから、


「説明するのが恥ずかしいので、言いません」


と答えました。二人はまた頭を下げました。


「ありがとうございます!」




 私と瑠希弥は理事長室に戻りました。


「悪い気はお祓いしました。もう大丈夫です」


「原因は何だったのですか?」


 理事長が興味津々の目で尋ねたので、私はニッとして、


「お知りにならない方がよろしいですよ」


と返しました。理事長は蒼ざめていました。




 そして、帰り道です。


「私、修行が足りませんね。淫の気を感じて、呑み込まれそうになってしまって……」


 久しぶりに瑠希弥が泣きそうです。


「仕方ないわ。まだ瑠希弥は若いのだから。正直言って、私も飲み込まれそうだったけど」


「そうなんですか」

 

 瑠希弥はホッとして笑顔になりました。


 そんな彼女の笑顔を見てホッとする私って……。


 考えるの、やめますね。




 西園寺蘭子でした。

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