悪魔の正体

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 二人きりで家にいるのが何となく気詰まりだった私は、弟子の小松崎瑠希弥と買い物に出かけました。


 想像以上に大量に買い込んだので、瑠希弥が車を取りに行きました。


 瑠希弥を待つ私の前に現れたのは、村上法務大臣のお嬢さんの春菜ちゃんでした。


 私は彼女の身体にわずかにまといついていた隠微な気の正体を探るべく、彼女を家に招待しました。


「お久しぶりです」


 車で迎えに来てくれた瑠希弥と笑顔で挨拶する春菜ちゃん。


 彼女はまだその隠微な気を発している者に狙われてはいないようですが、いつ標的になっても不思議ではありません。


 


 春菜ちゃんは邸に到着すると唖然としました。


 私は驚いて動きを止めてしまった春菜ちゃんを居間に案内し、ソファに座らせます。


「すっごーい、蘭子さん、こんな豪邸をいつ建てたの?」


 春菜ちゃんは目を見開いて尋ねて来ました。私は苦笑いして、向かいに座り、経緯を説明しました。


「じゃあ、この前蘭子さんと会った時、ここに引っ越していたの?」


 春菜ちゃんは聡明な子です。すぐに事情を飲み込んでくれました。


「ええ、そうなの。そんな訳で、春菜さんに言いそびれてしまって、ごめんなさいね」


 私は本当に申し訳なかったと思い、頭を下げました。


「どうぞ」


 そのタイミングを見計らって、瑠希弥がアイスティを出してくれました。


「ありがとうございます」


 春菜ちゃんは瑠希弥に笑顔で会釈し、


「謝らないでよ、蘭子さん。私、別に蘭子さんを責めているつもりはないんだから」


 春菜ちゃんは照れ臭そうです。


「それより、行方不明の事、何が知りたいんですか?」


 春菜ちゃんはアイスティを一口飲んで私を見ました。


 瑠希弥がトレイをテーブルの上に置き、私の隣に座ります。


「その事件が起こる前に、あらたに学校に来た人はいない?」


 私は春菜ちゃんの顔を覗き込んで言いました。


 およその事は見当をつけていますが、どうやら相手も霊能力を持っているようで、全てを見通す事はできないのです。


「そんな事もわかっちゃうんだ、凄いな。じゃあ、お父さんに好きな人ができたのもわかってる?」


 春菜ちゃんがいきなりデッドボール級の脱線話をして来ました。


 少し前の私なら、村上大臣に好きな人がいると聞いたら、ショックを受けていたでしょうが、今はあまり悲しくありません。


 もちろん、多少は衝撃的でしたが。


「それはわからないかな……」


 苦笑いして応じるしかありません。


 どうやら春菜ちゃんは、私が村上大臣に惹かれていたのを気づいていたようです。


 もしかして、春菜ちゃんも霊能力があるのかな、と思ってしまいました。


「それで、誰か来たのね?」


 私は話を元に戻しました。春菜ちゃんはクスッと笑って、


「ええ。とってもイケメンな先生が来ましたよ」


 なるほど。そういう事ですか。事件の大まかな事は読めました。


 只、春菜ちゃんはそのイケメン教師に興味はないようです。


 彼女は若干「ファザコン」なのですね。


「お父さんの方がカッコいい」


 そう思っているようです。確かにそうかも知れません。


 村上大臣は、十分ドラマの主役をできるくらい男前ですから。


 早くにお母様を亡くした春菜ちゃんは、お父さんの愛を一身に受けて真っ直ぐ育ったのですから、それは当たり前の反応かも知れません。


「いつもは授業を真面目に聞かない子も、その先生の授業だけは真剣に聞いています」


 春菜ちゃんは呆れ気味に言うと、また一口アイスティを飲みました。


「その先生のお名前を教えてくれる?」


 私は瑠希弥の目配せしてから、春菜ちゃんに言いました。


「近藤光俊先生です」


 春菜ちゃんはちょっと怪訝けげんそうな顔です。


 それはそうでしょう。


 女子生徒の行方不明の事を訊きたいと言っておきながら、イケメン先生の名前を訊いたのですから。


「蘭子さん、どういう事ですか? 行方不明の事と近藤先生の事、何か関係があるんですか?」


 春菜ちゃんは訊くのが怖いという顔をしながらも、尋ねて来ました。


 もし、春菜ちゃんが私の力を知らなかったとしたら、そんな風には思わなかったでしょう。


 関係ない話をしないでください、と怒り出していたかも知れません。


 春菜ちゃんは、何となくでしょうが、近藤先生に胡散臭さを感じているのです。


「ええ。行方不明の原因は、その近藤先生に間違いないわ」


 私は隠し立てしても仕方がないと判断し、正直に話しました。


「そんな……」


 春菜ちゃんはまた目を見開きました。さっきより大きくなっています。


 胡散臭いとは思っていても、女子生徒の行方不明と近藤先生を結びつける事はしなかったのでしょう。驚いて当然です。


「瑠希弥?」


 私は瑠希弥に感応力を駆使して、近藤先生を探らせていました。


「先生、相当の使い手かも知れません。名前を聞いただけでは、彼の深層心理に入り込めませんでした」


 瑠希弥が疲れ切った表情で応じました。


 瑠希弥の感応力を排除してしまうほどの力の持ち主だとすると、ますます親友の八木麗華の力を借りないといけません。


 但し、麗華はイケメンに耐性がありませんから、この間の桃源郷の事件の時のようになってしまう可能性があります。


「只、彼が毒牙にかけた女子生徒の皆さんの……」


 瑠希弥が言いかけたのを私は目で合図して止めました。


 彼女達の現在の状態を春菜ちゃんに聞かせるのは良くないと思ったからです。


「春菜さん、お父様には私から事情を説明しますから、しばらく学校を休んで欲しいの」


「え? どういう事、蘭子さん?」


 春菜ちゃんは不思議そうな顔で私を見ています。


「理由は説明できないけど、そうして欲しいの。貴女が私達と接触したのを近藤先生に察知されたようだから、事件が解決するまで、この邸に隠れていて欲しいの」


 私は奥歯に物が挟まったような曖昧な言い訳をしました。


「え?」


 ますます不思議そうな顔をする春菜ちゃんを説得し、村上大臣に連絡してもらいました。


 秘書の人も知らない大臣と春菜ちゃんだけのホットラインです。


「あ、お父さん? 今ね、西園寺蘭子さんのおうちに来てるの。代わるね」


 春菜ちゃんが携帯電話を差し出しました。


 何だか急にドキドキして来てしまいます。先程の春菜ちゃんの話を思い出してしまったからです。


「先日はありがとうございました、西園寺先生。今日は娘がお邪魔しているそうで、申し訳ない」


 久しぶりに聞くバリトンボイスは耳に心地いいです。


 でも、ウットリ聞き惚れている場合ではないので、私は手短に事情を説明しました。


 大臣とは麗華を通じて幾度か霊関係の仕事をさせてもらっているので、すぐに理解してもらえました。


「ご迷惑をおかけします」


 大臣にそう言われてしまい、恐縮してしまいます。


「ご了解いただき、ありがとうございます。春菜さんは必ず守りますので」


 私はそう言って通話を終え、春菜ちゃんに携帯を返します。


「じゃあね、お父さん。また電話するね」


 何とも微笑ましい父と娘の会話です。羨ましいです。


 私は次に麗華に連絡を取り、すぐに戻るように言いました。


「村上大臣の嬢ちゃん絡みかいな。そらまた、蘭子も気合いが入るな」


 麗華がからかうような事を言ったので、


「麗華、今回はお休みにする?」


 ちょっと脅かしました。


「冗談やて、蘭子。怒らんといてえな」


 慌てて詫びる麗華も愉快です。


 麗華が戻るのは夜遅い時間になるので、それまで私と瑠希弥は春菜ちゃんを交えて夕ご飯の準備に取り掛かりました。


「先生はお戻りください」


 瑠希弥にまた厳命されてしまいます。お皿やグラスを割られるのは困るのでしょう。ああ……。


「はい……」


 私は肩を落として居間に戻りました。それを春菜ちゃんに見られたのも悲しかったです。


 


 さて、近藤先生、どんな人なのでしょうか?


 いつになく燃えてしまうのは、村上大臣と話せたからでもなく、キッチンから追い出されたからでもありません。


 


 西園寺蘭子でした。

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