陰陽師

兇悪な存在(前編)

 私は西園寺蘭子。霊能者です。

 

 除霊、浄霊、お祓い、祈祷、骨董品鑑定など、いろいろとお受けしています。


 でも最近は人恋しくて、先日貞操の危機も経験しました。


 親友である八木麗華には、


「あんたはカマトト過ぎる」


と非難されましたが、私は決してそんなつもりはありません。


 私の実家である西園寺家は、平安の昔から続く由緒ある霊能者の家系です。


 そのため、小さい頃から修行の毎日で、友達と遊ぶ事もなく、ましてや男性と楽しく過ごす事などなかったのです。


 ああ。話していて、ドンドン悲しくなって来ているのがわかります。


 私は、本当に私の事を思ってくれる人が欲しいのです。


 もちろん、麗華もその一人ですが、彼女は女性です。


 麗華と愛を語らうようになると、別の場所に引っ越してお話を進めないといけません。


 


 冗談はその辺にしましょう。


 何だか私まで、あの箕輪まどかちゃんのような語り口になってしまいました。


 私はある町役場の依頼を受けて、ある家に向かう途中です。


 その家は、三年前に殺人事件が起こり、高校生の娘さんと、そのご両親が惨殺されたのだそうです。


 親戚一同が彼等の死を悼み、僧侶三人を呼んで読経させました。


 葬儀は盛大に行われ、つい最近まで何もなかったのだそうです。


 ところが、です。


 一週間ほど前から、廃墟となったその家に怪奇現象が起こるようになりました。


 セーラー服を着た血まみれの女子高生が、近くを歩く人達を襲ったり、胸に包丁を突き立てられたままの主婦が、近所の人達を追いかけたりしているのだとか。


 私は話の真偽を確かめるため、その家に来たのです。


「?」


 誰かが怒りの声を上げています。


 私は声の主を探るべく、その声のする方へと歩き出しました。


「おのれーっ! 許さん! 絶対に許さん!」


 男の人の声です。もちろん、生きている人ではありません。


「何があったのですか? 貴方はどこにいるのです?」


 私はその人に話しかけながら、廃墟の家に足を踏み入れました。


「えっ?」


 そこには信じられない光景がありました。


 男性の霊が、お札の結界で身動きが取れなくなっているのです。


「これは?」


 私はそのお札の結界を解除するために、


「インダラヤソワカ!」


と帝釈天の真言を唱え、お札をいかずちで焼きました。


「おお」


 その男の人の霊はようやく結界から解放された喜びからか、


「ありがとう、お嬢さん」


と嬉しそうに言いました。


「これはどういう事なのですか?」


「実は……」


 男の人が話そうとした時、


「ゴオオオオッ!」


と雄叫びが後ろから聞こえました。


「何?」


 私はハッとして振り返ります。


 そこには、血まみれのセーラー服を着た女子高生の霊と、包丁を胸に突き立てたままの主婦の霊がいました。


「グアアアアッ!」


 二人が一斉に私に襲いかかって来ます。


「くっ!」


 私が真言を唱えようとすると、


「お嬢さん、待ってくれ。二人は操られているだけなんだ。除霊しないでくれ」


 男の人の霊が私に懇願します。


「どういう事?」


 私は真言を変更し、


「オンアロキヤソワカ」


と観世音菩薩真言を唱え、二人の霊から悪意を取り除きました。


「ああ」


 女子高生と主婦の霊は、綺麗な状態に戻り、男の人のそばに行きました。


「貴方」


「お父さん」


 どうやら、この三人がここで殺された家族のようです。


「これは一体どういう事なのですか?」


 私が三人に尋ねた時です。


「うわ、何してんのよ、おばさん。アタシが折角奴隷にして遊んでたのに」


 そう言って姿を現したのは、女子高生です。見た目は、その、アレです。


 茶髪のロン毛、鼻ピアス、パンツ丸見え寸前のスカート、おへそも見え隠れしている短いブラウス。


「奴隷にして遊んでいた?」


 私はカチンと来て、その子を見ました。


 それに「おばさん」呼ばわりも聞き捨てなりません。


「貴女は自分がどんな事をしたのか、わかっているの?」


 私はその女子高生に近づきながら言いました。


「あっは、何それ、もしかして、正義感すか? 正義感すか、おばさん?」


 その子はまるで悪びれる様子もなく、またしても「おばさん」呼ばわりです。


「そんな事は関係ないわ。すでに霊界に行き、修行を開始している霊達を現世に呼び戻したばかりでなく、術で自分の思い通りにしようとするなんて、許される事ではないわ」


 私は語気を強めて続けます。


「あっは、おばさん、名前教えて。あんたも殺しちゃって、アタシの奴隷にしたげるから」


 また「おばさん」。いけない私が出て来そうですが、この子はいけない私では倒したくないので堪えます。


「私は西園寺蘭子。貴女は?」


「あっは、アタシは、土御門つちみかど瑠莉加るりか。でもすぐ忘れるから、教えても意味ないしィ」


 土御門? それってもしかして、陰陽師の?


「すぐ忘れる?」


 私は眉をひそめて尋ねました。土御門さんは、


「あっは、アタシが、おばさんの魂縛って、グチャグチャに砕いて殺してしまうから、肉体の記憶はおろかァ、魂の記憶までなくなっちゃうわけェ」


と大笑いしながら言い放ちます。名前を教えたのにまだ「おばさん」ですか!?


「んでもって、魂再生したら、おばさんはアタシの奴隷って事ォ。超受けるゥ」


 何が面白いのかわかりませんが、土御門さんはゲラゲラ笑いながら、ブラウスの胸元からお札を取り出します。


「はい、おっしまい!」

 

 お札が私の周りをグルグルと回り、いきなり巨大化したかと思うと、まるでナマズのような大きな口が現れ、私はそのお札に飲み込まれてしまいました。


「あっは、おばさん、呆気なさ過ぎィ。ショボ過ぎィ。マジつまんないんすけどォ」


 土御門さんはまだ笑っています。


「終わっていないわよ、おバカさん」


 私は他人ひとの悪口を言えない性格ですが、この子だけは言いたくなります。


「あっは、おばさん、悪あがきィ。死に際くらい綺麗にしろよ、このクソババアが!」


 土御門さんが本性を現しました。私がまだ生きている事が癇に障ったようです。


「こんな方法で、この私を縛ろうなんて、百万年くらい早いわ」


 少し遠慮しましたが、土御門さんには、例え一億年かけても私に追いつく実力はありません。


「オンマリシエイソワカ!」


 摩利支天の真言で、ナマズのお札は呆気なく破れてしまいました。


「……」


 目も鼻の孔も口も丸くして、土御門さんは私を見ています。


「本当なら、女子高生の貴女にこんな事したくないけど、ちょっと悪戯が過ぎた子には、お仕置きが必要よね」


 私は更に印を組み替え、


「オンマカキャラヤソワカ!」


と大黒天の真言を唱えました。


「ギャーッ!」


 土御門さんは、その真言の威力を受け、そのまま後ろに跳ね飛ばされ、バッタリと倒れました。


「あら?」


 土御門さんの仮面が剥がれたようです。


 彼女は女子高生ではありません。


 どう若く見積もっても、私の母と同年代です。


 彼女から話を聞くのは後回しにして、私は可哀想な三人の霊をもう一度霊界へと送る儀式を執り行いました。


「ありがとう、お嬢さん」


 三人は笑顔で天へと戻って行きました。


 それにしても、これほどの術を使える人物で、ここまで巫山戯た存在は初めてです。


「起きなさい」


 私は土御門さんの頬を叩き、目を覚まさせました。


「はっ!」


 土御門さんは、自分の正体がすっかりバレている事に気づき、逃げ出そうとしました。


「無理よ。ここは私の結界の中。どこにも行けないわ」


 土御門さんは観念し、その場にしゃがみ込みました。


「どうしてこんな事をしたの?」


 土御門さんは怯えながら、


「わ、若さを手に入れられると聞いたからだ」


「若さ? こんな非道な事をして、若さを手に入れられる訳がないでしょう?」


「我が教祖様はそうおっしゃったのだ」


 土御門さんの言葉に私はびっくりしました。


「教祖様?」


「我が教祖様は、世界救済教の開祖である。あの方こそが、世界を救って下さるのだ」


 土御門さんが、急に強気になりました。


 世界救済教? あからさまに怪しい名前です。


「その人はどこにいるの?」


「そんな事、教えられるか!」


 土御門さんは私を睨んでいます。


「教えなさい。いえ、教えたくなる」


 私は強い力で土御門さんの意識を支配しました。


「うぐううう……」

 

 土御門さんは必死に抵抗しています。でも、意識の奥底まで入り込めば、いくら口を噤んでも意味がありません。


「えっ?」


 その時でした。土御門さんの身体が宙に浮いたかと思うと、まるで巨人に投げられたかのように地面に叩きつけられました。


「何?」


 土御門さんは、グシャッと潰れてしまいました。


 これが、教祖様の力?


 またとんでもない人達が現れたようです。

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