蘭子は恋愛初心者

 私は西園寺蘭子。霊能者です。除霊、浄霊、お祓い、占い、骨董品の鑑定などをお受けしています。


 最近何故か人恋しい私は、毎日のように飲みに出かけています。


 親友の八木麗華は相変わらず派手な交友関係で、今日は東京、明日は福岡と飛び回っているようです。


 そんな麗華を羨ましく思っている私は、恋愛したい症候群なのでしょうか?


 以前、麗華にそう言われた事があるのです。


「ふう」


 また一人で、行きつけのホテルのバーのカウンターの片隅に陣取っています。


 自分を客観的に見てしまうと、余計落ち込みそうです。


 決して、先日心を惹かれた村上法務大臣の事を引き摺っている訳ではないです。


 大臣は、私を娘さんの友人として接してくれていただけで、恋愛感情は全くなかったのですから。


 それがわかってしまう自分のこの「力」が悲しいです。


「お一人ですか?」


 そんな私に声をかけてくれる奇特な人がいました。


「はい?」


 声の主を見ると、イケメンです。麗華なら襲いかかってしまうでしょう。


 その人はニコッとして、私の隣に座ります。何、この人?


 私は基本的に人見知りなので、いきなり接近して来る人は苦手です。


「その世界では、音に聞こえた霊能者である西園寺蘭子さんともあろうお方が、バーの隅っこで一人でグラスを傾けているなんて、とっても寂しい光景ですよ」


 私はギクッとしてその人を良く見ました。この波動は?


「失礼。僕は霊能者の神崎かんざきあらたと言います」


「ご同業の方、ですか?」


 それでも警戒心は解けません。私の事をどこで知ったのでしょう?


「はい。貴女の事は、以前から存じ上げています。実は、八木麗華とは幼馴染でして」


「え?」

 

 それは本当に驚愕の事実です。麗華と幼馴染? 


「とは言っても、もう十年以上会っていないんですよ。彼女は僕の事なんて忘れているかも知れません」


「そうなんですか」


 私はずっと神崎さんを見ていた事に気づき、視線を逸らしました。顔が火照るのがわかります。


「それにしても、不躾ぶしつけでしたね。申し訳ありません」


 神崎さんは私の動揺を感じたのか、詫びて来ました。


「いえ、そんな」


 私は視線を合わせずに否定しました。


「お詫びの印に、一杯奢らせて下さい」


「はい?」


 私は思わず神崎さんを見てしまいました。


 ああ。何て事でしょう? どんどん彼の事を好きになって行く自分がいます。


「はい、どうぞ」


 差し出されたグラスをボンヤリとしたまま受け取り、私は神崎さんに微笑みました。


「貴女の瞳に乾杯」


 神崎さんも自分のグラスを持ちました。


「素敵な出会いに乾杯」


 そんな台詞は断じて言わないと思っていたのに、あっさり口にしてしまいました。


 どうしてしまったのでしょう? 私が私でなくなりそうです。


 しばらくカウンターで語り合った私は、神崎さんのエスコートで店を出ました。


 そして気づくと、エレベーターに乗っていました。


(あら?)


 何かを考えようとするのですが、まるで靄がかかったかのように思考が停止してしまいます。


「さ、降りましょう」


 神崎さんに言われるまま、私は廊下を歩きます。


「どうぞ」


 ドアを開き、私を部屋に招き入れる神崎さん。いけない大人の時間が始まりそうなのはわかります。


 でも、何故か抵抗できません。


「では、本日のメインイベントに入りましょうか、蘭子さん」


 神崎さんの目が野獣のようにギラつきました。それでも私は逃げ出す事ができません。


「あ」


 ベッドに押し倒されます。神崎さんの顔が迫って来ます。


 後もう少しで唇を奪われると思った時です。


「こらあ、エロ神崎ィ! 何しとんねん!」


 麗華の叫び声が聞こえました。


「げ、れ、麗華!」


 神崎さんは真っ青になり、私から離れました。私には、まだ状況が飲み込めないままです。


「ようもウチの親友を手にかけようとしたな! 許さへんで!」


「わーっ!」


「インダラヤソワカ!」


 麗華の怒りの真言が炸裂し、神崎さんは雷撃を受けて失神しました。


「麗華?」


 私は徐々に頭の中がすっきりして来るのを感じ、起き上がりました。


「蘭子、大丈夫か? 危ないとこやったな」


 麗華は私の頭を撫で、頬を擦ってくれました。


「え?」


 倒れている人を見ると、見た事もない人です。誰でしょう?

 

 私は何が起こったのかわからなくなり、麗華を見ました。


「これがホンマの神崎の姿や。不細工で、肥えてて、その上ハゲや」


「……」


 私は神崎さんのあまりの変わりように言葉がありません。


「こいつ、昔からそうなんよ。変な力持っとってな。女を騙して、ホテルに連れ込んだりしとってん」


「そうなの」


 私も危うくその犠牲者になるところでした。神崎さんは私に幻影を見せていたのです。


「こいつも悪いが、あんたもあかんで、蘭子」


 麗華のお説教タイムのようです。長くなりそうです。


「あんた、ホンマに恋愛に免疫がなさ過ぎやねん。少しは修行せんと、また同じ目に遭うで」


「そ、そうね」


 気をつけないと。


 それでも、いい恋したいと夢見る蘭子でした。

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