兇悪な存在(後編)

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 ある町の依頼を受けて、殺人事件が起こった家に怪奇現象が起こるという事で、その真偽を確かめるために現場に赴きました。


 私はそこで、殺害された一家の霊をもてあそんでいる土御門瑠莉加という女性と対峙し、彼女を倒しました。


 真相究明のために土御門さんを問い詰めましたが、謎の力で彼女は殺されてしまったのです。


「何、今の?」


 何も感じません。


 何かの力が働いたのであれば、私の張った結界内で何も証拠を残さずにそんな事ができるはずがありません。


 私は周囲を探りました。でも、全く気配がないのです。


「そんなバカな……」


 混乱してしまいそうです。


「……」


 土御門さんは間違いなく絶命しています。


 え? おかしいです。


 彼女の霊体はどこに行ったのでしょう?


 私の結界から、霊が出られるとは思えません。


「何? どういう事?」


 土御門さんの遺体から、私はバッと身を引きました。


 彼女の肉体がその魂を失ったのが、先程ではなく、ずっと以前なのを感じたからです。


「土御門さん、どこ? 隠れていないで出て来なさい」


 土御門さんと思われた人の肉体は、土御門さんではないのです。


 話がややこしいですが、土御門さんは別の場所にいます。


「あっは、おばさん、超鋭いィ。アタシの術、見破ったワケ? 受けるゥ」


 そのムカつく言い回しは、間違いなく彼女です。


「あ、貴女は……」


 私の目の前に現れた土御門さんは、さっきと全く同じ姿でした。


「おばさん、見かけよりやるゥ。アタシの部下にしてあげてもいいかもォ」


 相変わらずの言い回しで、土御門さんは笑いながら近づいて来ます。


 しかも彼女は、私の結界をものともせずに、そのまま通り抜けました。


「残念ねえ、おばさん。アタシのような神に近い存在には、おばさん如きの結界なんて、屁のツッパリにもならんです」


 土御門さんは、肩を竦めて、私を嘲りました。


「その力、陰陽道なの?」


 私が真剣な表情で尋ねると、


「あっは、受けるゥ。そんなの、アタシにはわからないよ、おばさん。アタシは生まれた時からこの力を持っていたんだからさァ。年の功に免じて、そういう事にしときましょうよ」


 どこまでもふざけた子です。親の顔がみたいです。


「その遺体は誰?」


 私は潰れた女性の遺体を見て言いました。


 すると土御門さんはゲラゲラ笑って、


「知らなーい。その辺歩いてたババアを捕まえて、アタシの姿に見える術をかけて魂を縛ってただけェ。初めて見た人だしィ」


 私は身体が震えました。「いけない私」を押さえ込むのに必死です。


「じゃあ、世界救済教っていうのは?」


「ウッソー。そんな宗教、ある訳ないしィ。おばさんを騙して、トンズラかますつもりだったのォ」


 土御門さんは、自分が全く関係ない人を殺した事に何も感じる事がないようです。


「でもォ、考え変わった。トンズラする前に、おばさんと遊ぶ事にしたァ」


 土御門さんの後方に、何体もの式神しきがみが現れました。


 陰陽師が使う物の怪です。


 以前対決した安倍利明とかいう男とは、レベルもスケールも違う力の持ち主のようです。


「ヤロウ共、やっちまいな」


 土御門さんの命令で、式神達は私に襲い掛かって来ました。


「くっ!」


 私は式神の攻撃をかわしながら、摩利支天の真言を唱えます。


「オンマリシエイソワカ!」


 式神が怯んだ隙に、攻撃に転じます。


「インダラヤソワカ!」


 帝釈天の真言で雷撃を呼び、式神の一匹を撃破します。


「おお、やるゥ、おばさん! カッコいい!」


 土御門さんは、手を叩いて喜んでいます。


 私は幾度かの攻撃で、式神を全て消し去りました。


「すごい、すごい。おばさん、すごい! ホント、アタシの部下にならない? 小遣いたくさんあげるからァ」


「自惚れないで。貴女のような人の部下になるように見えるの、私が?」


 私は全身に怒りのオーラを発動させて、土御門さんを睨みました。


「あっは、やっぱ、おばさんは殺すしかないか。つまんないなあ」


 土御門さんの顔が変わりました。


 さっきまでのお茶らけキャラは封印され、殺戮者の顔です。


「もうこうなったら、おばさん殺して、魂砕いて、アタシのしもべに作り変える」


「……」


 土御門さんは、フッと姿を消すと、不意に私の背後に現れます。


「死にな、おばさん!」


 土御門さんは、セーラー服の下からサバイバルナイフを取り出し、私に突き出しました。


「死なないわよ!」


 私はそれをかわし、回し蹴りを放ちます。スカートですけど、他に人がいないから構いません。


「げっ!」


 土御門さんは私がナイフをかわし、反撃して来るとは思っていなかったようです。


「ぐは!」


 回し蹴りが決まり、土御門さんは倒れました。


「黒」


 起き上がりながら、彼女は謎の言葉を放ちます。


「おばさん、大人しそうな顔して、エロい下着つけてるんだ」


「……」


 余計なお世話です。


 今日履いているのは、親友八木麗華からもらったものですから、仕方ないのです。


「でもォ、アタシはいくら攻撃されても大丈夫ゥ。だって、この身体もアタシのじゃないからァ」


 土御門さんは、また肉体を置き去りにして、逃亡しようとしました。


「無駄よ」


 私はニヤリとして言いました。


「ギャン!」


 土御門さんの魂は、私が張り直した結界に阻まれ、逃げられません。


「今度は出られないわよ、おバカさん。さっきあっさり結界に入れたの、不思議に思わなかったの?」


「おばさん、罠? 罠? アタシを嵌めたの?」


 土御門さんは狼狽しています。


「今頃、貴女の本体を私の仲間が探し出して、魂が戻れないようにしているはずよ。もうどこにも逃げ場はないわ、土御門さん」


「いつの間に!?」


 土御門さんが私を睨みます。


「式神と戦っている時、仲間に気を送ったの。いろいろと言葉を添えてね」


「……」


 土御門さんは、観念したようです。




 私は、土御門さんに捕縛の呪文を使い、術を使えなくしてから、魂をお札に封印しました。


 知り合いに、こういう子を教育するのが得意な人がいます。


 その人に頼んで、彼女を更生させることにしました。


 殺されたあの女性達の弔いは麗華と私で行い、家族の方には村上法務大臣を通じて話をしてもらいました。


 悲しい事件でしたが、何とか解決できて良かったです。


 それにしても、土御門さんのように力の使い方を間違えている人は、思ったより多そうです。


 これからは、そういう人達の事も考えて、活動していきたいと思います。


 もちろん、素敵な人も探しますけど。


 西園寺蘭子でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る