情話編その二
幽霊バス
私は西園寺蘭子。除霊、浄霊、お祓い、祈祷、骨董品鑑定など、様々な事を承っています。
要するに「心霊便利屋」だと、親友の八木麗華に言われました。
そんなつもりはないのですが。
今日は全国的に土曜日です。本当は暇で休業にしたいのですが、あの村上法務大臣の愛娘である春菜ちゃんが来るのです。
通学に使っているバスの路線で、最終のバスに乗ると、そのまま霊界に連れて行かれるという噂があるそうです。
下らない「都市伝説」なのですが、春菜ちゃんがどうしても調べて欲しいと言い、今日お友達と来るのです。
前もって言っておきますが、私は決して村上大臣に未練があって、春菜ちゃんの頼みを聞いた訳ではありません。
余計言い訳みたいですか?
「こんにちは、蘭子さん」
そこへ、春菜ちゃんがお友達と現れました。お休みでも出かける時は制服着用が彼女の学校のルールです。
「ようこそ、春菜ちゃん」
私は二人に近づいて言いました。お友達は何故か緊張しているみたいです。
「は、は、初めまして、黒澤可奈子と言います」
この子の名前も、どこかで聞いた事があるような組合せです。でも、その名前から連想されるような体型ではなく、春菜ちゃんと同じく細身で可愛らしい子です。
「?」
可奈子ちゃんの背後に、何かがいます。霊? どうした事か、よくわかりません。
「どうぞ、かけて」
私は来客用のテーブルに備え付けられた椅子を勧め、冷蔵庫からケーキを三つ取り出します。
「ああ、蘭子さん、おかまいなく」
春菜ちゃんが気づいて言います。
「遠慮しないで。お客様に頂いた物だけど、食べ切れなくて」
ウソです。そんなに食べると、ポッコリお腹になってしまうから、我慢しているのです。
「ありがとうございます」
私はケーキに添えて、冷たい紅茶を出しました。
「怖がらせるつもりはないのだけれど、可奈子ちゃんの後ろに何かいるわね」
ギョッとして顔を見合わせる二人。
「実は、お話した幽霊バスに、可奈子が偶然乗ってしまったんです」
「そうなの?」
私は可奈子ちゃんを見ました。可奈子ちゃんは震え出し、
「乗ってから気づいたんです。最終バスだって。それで、すぐにその次のバス停で降りたんですけど」
「それ以来、可奈子の身の回りに心霊現象が起こるようになったんです」
春菜ちゃんが話を引き継ぎます。
「それで、蘭子さんなら助けてくれると思って、連絡しました」
「わかりました」
私は数珠を持ち、もう一度可奈子ちゃんの後ろにいるモノを見ました。
人霊ではないようです。かと言って、狐とか狸とかの動物霊ではありません。
「何かしら?」
そのうちにそのモノは消えてしまいました。
「心霊現象って、どんなことが起こるの?」
私は春菜ちゃんを見ます。可奈子ちゃんは震えが止まらず、とても話をできる状態ではないからです。
「可奈子の鞄が授業中急に床に落ちたり、鉛筆の芯が欠けたり、トイレの水道の水が誰もいないのに吹き出したりするんです」
「なるほど」
少し原因がわかって来ました。そして実験です。
「可奈子ちゃん、バスに乗った時の事を話してくれる?」
震えていた可奈子ちゃんが私を見ます。涙が溢れそうな目で。
「あ!」
ケーキのお皿にあったフォークが、シュッと飛翔し、私に向かいます。
「危ない!」
思わず叫ぶ春菜ちゃん。私はそれを右手で受け止め、
「一つの謎は解けたわ。可奈子ちゃんは、霊感が強いのよ」
「え?」
春菜ちゃんはビックリして可奈子ちゃんを見ます。
「心霊現象」は、可奈子ちゃん自身の力が原因なのです。
「でも、可奈子ちゃんはそれに気づいていないの。とても危険な状態よ」
可奈子ちゃんはとうとう泣き出してしまいました。
「でも大丈夫。私が助けてあげるわ、可奈子ちゃん」
私は立ち上がって可奈子ちゃんの肩に手をかけました。
「お姉さん!」
可奈子ちゃんが抱きついて来ます。その途端、彼女の心の中が私に見えました。
この子は、小さい頃、ずっと苦しんでいたのです。
大きくなるにしたがって、力は失われたのだけれど、幽霊バスに乗った事で、封じられていた力がまた甦ってしまったようです。
「怖がらないで、可奈子ちゃん。私がついているから。私が守るから」
「はい」
可奈子ちゃんは、潤んだ目を私に向け、小さく頷きました。
自分の力を否定しようとすると、話がこじれます。霊に付け入られる隙も生じます。
力を取り除く方法もありますが、まだ若い可奈子ちゃんには過酷なので、お勧めできません。
「今夜、最終バスに乗りましょう。解決方法はそれしかないわ」
「……」
可奈子ちゃんは不安そうに私と春菜ちゃんを見ます。
「大丈夫。蘭子さんに任せなさい、可奈子。きっとうまくいくわ」
「う、うん」
可奈子ちゃんは涙を拭い、頷きました。
そして私達は、その幽霊バスが現れるという路線がある通りに行きました。
驚いた事に、私が時々利用する路線です。
通り自体は、ところどころに事故死した地縛霊がいるだけで、それほど強力な霊は存在しません。
時刻表を確認します。最終バスは、午後十時です。
「でも、私が乗ったのは、その後に来たバスなんです」
可奈子ちゃんは身震いして言いました。
また一つ謎が解けました。バスそのものが、霊体のようです。
可奈子ちゃんの背後に見えたのは、バスの一部なのかも知れません。
「一度戻りましょう。夜までここにいる訳にもいかないでしょうから」
「はい」
さて、幽霊バスが来るまでの長時間、時間潰しです。
こういう時はカラオケが一番、と麗華は言いますが、歌が苦手な私はあまり行きたくありません。
でも、夜遅くまで営業していて、お金があまりかからなくて、高校生でも大丈夫な場所は、カラオケくらいしかありませんでした。
「私は、歌いませんから!」
それだけを強く念押しして、カラオケに行きました。
春菜ちゃんと可奈子ちゃんは、ノリノリで歌いまくります。
時々、私にマイクが渡されますが、鬼の形相で拒否し、歌いませんでした。
そして、時刻は午後十時になりました。
「行きましょうか」
今度は二人が尻込みします。
「行きますよ」
支払をすませ、私はカラオケを出ました。
午後十時過ぎのバス停には、さすがに誰もいません。
周囲は住宅街で、もうほとんどの家は明かりが消えています。
舗道にも人は歩いてません。
普通の女性なら、決して一人では来ないようなバス停です。
(可奈子ちゃんは、呼ばれてしまったのだろうか?)
一つ気になるのは、可奈子ちゃんの背後にいたあの正体不明の存在です。
全く邪気がありませんでした。
「あ」
やがて、クラクションの音がして、バスが現れました。
プシューッと音がして、扉が開きます。奥を覗くと、運転手さんがいません。
紛れもなく、幽霊バスです。
「さ、乗りましょう」
私は二人を押し込むようにしてバスに乗ります。扉が閉まり、バスが動き出します。
私達は吊り革に掴まり、前を見ました。バスはノロノロと走り、信号を守りながら進みます。
「怖いわ。降りましょうよ、蘭子さん」
春菜ちゃんが小声で言います。可奈子ちゃんはすでに泣いているようです。
「最後まで乗ってみましょう。多分、大丈夫よ」
私は、この幽霊バスの出している温かい気を感じ、そう言いました。
これは決してあの世への路線ではないと、確信したのです。
やがてバスは、路線の終着のバス停を過ぎました。
「ど、どこへ?」
春菜ちゃんと可奈子ちゃんは、オロオロしています。
「大丈夫。慌てないで、二人共」
私は二人の肩を抱いて励まします。
バスは、私の予想通り、車庫に到着しました。
そして、後部の扉が、プシューッと開きます。
「わああ!」
春菜ちゃんと可奈子ちゃんは、大急ぎで外に飛び出します。
私は、一度手を合わせてから、バスを降りました。
「蘭子さん、バスが……」
春菜ちゃん達が指差します。バスは光に包まれて、消えて行きました。
「見送って欲しかったんですね」
可奈子ちゃんは涙を流しながら呟きました。
「そうよ。誰かにここまで一緒に来てもらって、自分達の旅立ちを見て欲しかったのよ。それだけなの」
私も目頭が熱くなりました。
「おじいちゃん……」
可奈子ちゃんも気づいたようです。
彼女の亡くなったお祖父さんは、この路線バスの運転手でした。
可奈子ちゃんは小さい頃、よくそのバスに乗っていたのです。
今、ここまで乗せて来てくれたのは、まさにその時可奈子ちゃんが乗っていたバスでした。
可奈子ちゃんのお祖父さんは来ていませんでしたが、バスにはお祖父さんの思いがたくさん詰まっていたのです。
「ありがとうございました、蘭子さん」
可奈子ちゃんは深々と頭を下げました。
「どういたしまして。私も貴重な体験をしたわ」
生き物以外の霊体が霊界に旅立つところは、今までに見た事がありません。
「で、どうやって帰ります?」
春菜ちゃんが現実に引き戻してくれました。
「タクシー呼ぶしかないわね」
深夜割り増しで、しかもこんな街外れまでなんて、とんでもない料金になりそうです。
でも、私は麗華と違って、お金に執着心がありませんので、その点は大丈夫です。
「あ」
その時気づきました。お財布には、野口さんが二人。
どうしましょう?
西園寺蘭子でした。
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