死の唄

歌手連続自殺事件

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


「何やねん、気ィ悪いわァ、ウチ」


 事務所を出て、ドアのロックを閉めている時、親友の八木麗華が言いました。


「何よ、いきなり?」


 私はニコニコしながら尋ねます。すると麗華は肩を竦めて、


「それをウチに言わすんか、蘭子? 結構陰険な性格やな?」


 何だか酷く機嫌が悪いのです。どうしてでしょうか?


「どういう事? 意味がわからないんだけど?」


 私はおとぼけではなく、本当に理解できなかったのです。


「ホンマ、蘭子は天然やな」


 麗華は呆れているようです。ますますわかりません。


「ごめん、麗華。ホントにわからないのよ。理由を教えて」


 私は手を合わせて言いました。麗華は大きく溜息を吐いてから、


「あんた、朝から浮かれ過ぎやねん。ウチが来た時もそれくらい喜んでくれんか?」


「え?」


 ようやく私は自分がウキウキしているのに気づいたのでした。


 自覚症状がないなんて、どうしようもありませんね。


 ウキウキの理由は、我が弟子である小松崎瑠希弥です。


 彼女がとうとう帰って来るのです。


 改めて、私はどれほど瑠希弥に頼っているのかわかりました。


 この前の怪異の事件の時にも、このままいて欲しいと言いたかったのです。


 でも、そんな思いをグッと堪えて、瑠希弥をG県に送り出しました。


 G県の霊感少女である箕輪まどかちゃん達のために瑠希弥に残ってもらったのですから。


 今回瑠希弥が私の所に帰って来るのは、瑠希弥の故郷の先輩である椿直美さんの存在があります。


 彼女は瑠希弥の姉弟子的存在で、瑠希弥を育てた経歴もあります。


 その椿直美さんが、まどかちゃん達の指導と護衛を兼ねる事になったので、瑠希弥が戻れる事になったのです。


 まどかちゃん達の事を思うと、あまり手放しで喜ぶのもどうかと思いますし、サヨカ会の残党の存在も気になります。


 先日戦った僧侶もどきの老人は、サヨカ会とは敵対する存在らしいですし、なかなかあちらの業界も複雑なようです。


 要するに麗華は、私が瑠希弥の帰還をあまりにも喜び過ぎていると言いたいのです。


「まどか達も、瑠希弥を見送った時、泣いとったらしいで。それ聞いたら、ウチは蘭子みたいによう喜べへんわ」


 麗華はムッとして言いました。確かにそうかも知れませんが、それを麗華に指摘されるのはどうにも納得がいきません。


 それでも、正論を言っても、麗華には通用しないのですから、ここは大人の対応をします。


「私、麗華みたいに頭が良くないから、はしゃいじゃって。ごめんなさいね」


 すると麗華は何故か慌てました。


「あ、いや、そない謝らんでええて、蘭子」


 少し顔を赤らめています。照れているようです。相変わらずわかり易くてホッとします。


 そして、外廊下を歩き、エレベーターで地下の駐車場へと降りました。




「西園寺蘭子先生ですか?」


 エレベーターを降りたところに立っていた恰幅のよい男性が声をかけて来ました。


 その隣には、痩身の若い女性が悲しそうな顔で立っています。


「誰や、あんた?」


 私が尋ねる前に麗華が前に出て言いました。すると男性は慌てて名刺を差し出し、


「私、芸能プロダクションを経営しております、篠沢武と申します」


と言いました。


 私は篠沢さんの気から、只ならぬ用事なのを察知し、事務所に戻る事にしました。


 瑠希弥を迎えに行くために駐車場に来たので、瑠希弥の携帯に連絡し、迎えに行くのが遅れると伝えると、


「大丈夫です、先生。直接そちらに行きます」


と言ってくれました。


 


 私は、篠沢さんと女性を事務所に通し、ソファに座ってもらうと、早速用件を訊きました。


「実は、私の事務所にいた新人歌手が突然自殺してしまいまして」


 篠沢さんは若い女性を気にしながら切り出します。


「こちらは?」


 私はお茶を出しながら訊きます。


「この子はその歌手の妹さんの天城あまぎ静佳しずかさんです」


 静佳さんと呼ばれたその女性は憔悴し切っているのか、弱々しくお辞儀をしました。


 篠沢さんが話してくれたのは、衝撃的な内容でした。


 静佳さんのお姉さんの波留香はるかさんは、篠沢さんの事務所が地方で発掘した新人演歌歌手でした。


 しかし、そのデビューはあまり恵まれたものではなく、鳴かず飛ばずが続いていたそうです。


 そんな時、ある有名な作詞家と作曲家が手がけた唄を歌わないかと大手のレコード会社から声がかかったのだそうです。


 篠沢さんはその企画を聞いて二つ返事で飛びつき、波留香さんも喜んでお願いしたのだそうです。


 そして、レコーディングをすませ、いざCD発売の直前になり、波留香さんは全く理由なく自殺したのだそうです。


「理由がないて、そないな事あるんかいな? あんたらがわからんかっただけやないか?」


 麗華が腕組みをして口を挟みました。


「それはあり得ないんです。波留香は親戚中に連絡して、田舎の同級生達にも応援を頼んでいたほど熱を入れていました。自殺なんて、あり得ないんです」


 篠沢さんは麗華を睨みつけて言いました。麗華もその迫力にギョッとしたようです。


「それから数日経って、とんでもない事がわかりました」


 篠沢さんは鞄の中から一枚のCDケースを取り出し、テーブルの上に置きました。


「これは……」


 私と麗華は、そのCDのジャケットを見た途端、何があったのか悟りました。


 凄まじい憎悪。怨嗟。


 通常、人が亡くなった時、いくばくかの負のオーラが残る時があります。


 でも、そのCDケースには、それの何万倍ものオーラが宿っていたのです。


 しかも、そのCDに入っている曲こそが、波留香さんが歌うはずだった曲なのです。


 そのCDのジャケットに写っているのは波留香さんではありません。


 木下きのした真里亜まりあ。演歌歌手です。


 しかも自殺しています。


 彼女が発しているのです。そのおぞましいまでの怨嗟と憎悪を。


「波留香が勧められた唄は、この木下真里亜さんが元々歌うはずでした。ところが、木下さんは自殺してしまい、そのまま曲も発売されずに終わったらしいのです」


 妙です。波留香さんの死は確かにこの曲絡みですが、木下さんが呪った訳ではありません。


 木下さんの怨嗟と憎悪は、彼女が所属していた事務所に向けられています。


「何や、複雑そうやな」


 麗華もこの件の事情に気づいたようです。さすがです。


「作詞家と作曲家の先生を問い詰めてようやくわかったのですが、その曲を歌おうとした歌手が今まで何人も自殺しているんです」


 篠沢さんのその言葉は、私と麗華を打ちのめしました。


 そこまで見えなかったのです。


「わあああ!」


 その途端、まさしく火が点いたように静佳さんが泣き出しました。


「それを知っていれば、私はその企画に乗らなかったし、波留香も引き受けなかった。何ともやり切れなくて……」


 篠沢さんは、犯人を突き止めて欲しい訳ではないようです。


「西園寺先生、八木先生、もうこれ以上、波留香のような犠牲者が出ないようにしてください。お願いします!」


 篠沢さんは、大手の甘い誘いに乗ってしまった自分を責めています。ですから、損得抜きでこの悪しき連鎖の元を断ち切って欲しいようです。


 そして、静佳さんは言葉にこそしていませんが、篠沢さんと同じ気持ちのようです。


「わかりました。お引き受けします。この負の連鎖、断ち切ります」


 私は麗華が細かい事を言い出そうとしているのを感じ、それを遮るように言いました。


「ありがとうございます、西園寺先生」


 篠沢さんは涙ぐんで頭を下げてくれました。静佳さんも泣きながら頭を下げてくれました。


 この一件、一筋縄ではいかない感じです。


 


 西園寺蘭子でした。

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