自殺事件の真相

 私は西園寺蘭子。霊能者です。近頃、危険な目に遭ってばかりです。


 誰のせいとは言いませんが。


 


 今回は久しぶりに正式な依頼です。


 新人演歌歌手の天城波留香さんが、理由なく自殺したので、それを不審に思った波留香さんの事務所の社長である篠沢武さんと波留香さんの妹さんの静佳さんが、その真相を探って欲しいと依頼して来ました。


 恐ろしい事に、波留香さんが歌うはずだった唄は、今まで何人もの演歌歌手が歌おうとして自殺している因縁の曲だったのです。


 そして、そもそもその唄を歌うはずだった木下真里亜という演歌歌手の凄まじい憎悪と怨嗟。


 彼女の怒りは所属事務所に向けられたものでしたので、彼女によって唄が呪われているわけではないようです。


 事件の背景の複雑さを感じた私と親友の八木麗華は、私の弟子である小松崎瑠希弥が事務所に到着するのを待って、行動を開始する事になりました。


「ウチは別に瑠希弥は待ってへんよ」


 麗華がニヤリとして言います。


「そういう事を言うの」


 意地悪な麗華に私はムッとします。


「え、いや、その、そない怒らんでえな、蘭子」


 急に慌てて謝る麗華。またビビらせてしまったのでしょうか?


 ちょっと悲しくなります。


 そこへ瑠希弥がやって来ました。


「西園寺先生、八木先生、ご無沙汰しています。これ、お土産です」


 瑠希弥は私と麗華にG県名物の焼きまんじゅうを持って来てくれました。


「ありがとう、瑠希弥」


 私は喜んで受け取りましたが、麗華は、


「焼きまんじゅうて、うまいんか?」


と嫌な事を言います。


「私は美味しいと思いました。まどかさんのお兄さんにご馳走になった時しか食べていませんが」


 瑠希弥が申し訳なさそうに言うと、


「何やて? 何であんたが慶君にご馳走になってん?」


 麗華は嫉妬心剥き出しで詰め寄ります。


 慶君とは、G県の霊感少女である箕輪まどかちゃんのお兄さんの慶一郎さんの事です。


 以前、何度かデートをした事がある麗華は、慶一郎さんは自分の彼だと思っているのです。


 でも、慶一郎さんには、里見まゆ子さんという同僚の恋人がいるのです。


 いずれにしても麗華の思いは空回りですから、瑠希弥が恨み言を言われる筋合いはありません。


「麗華」


 私は麗華をたしなめようと睨みます。麗華は途端にビクッとして、


「冗談やて、蘭子。怒らんでえな」


と引きつり笑いをして言いました。


 全く仕方がない子です。


「おおきに、瑠希弥。後で食べさせてもらうわ」


 麗華は瑠希弥を見て言いました。 


「はい」


 瑠希弥はホッとしたように微笑みます。そして、


「先生の机の上にあるCDケース、何ですか? おぞましい気を放っていますが?」


と早速尋ねて来ます。さすが瑠希弥です。


「まあ、かけて。詳しく話すから」


 私は瑠希弥をソファに座らせて、自分も向かいに座り、話し始めます。


 麗華は私の横の肘掛けに座り、足を組みました。


 


 話を終えると、瑠希弥は考え込んでしまいました。


「妙ですね。そのCDケースの気は、歌手の皆さんには向けられていない。事務所を恨んでいるようです」


「そうなのよ。そこが不可解なの。だから、木下さんのこの気は直接事件には関わりがないと思いたいのだけれど……」


 私がそこまで話すと、


「そない単純な事件とちゃう雰囲気があるな。それと、木下真里亜の所属事務所も何か知ってるな」


 麗華が割り込みます。瑠希弥は麗華を見て、


「そもそもの始まりは、木下さんの自殺だと思います。彼女の所属事務所に行くべきではないでしょうか?」


「そうやな。蘭子、どうする?」


 麗華は私を見ます。私は頷いて、


「それでいいんじゃない? 木下真里亜さんの自殺の理由がどうしても見えて来ないのも気になるしね」


と応じました。


 その時でした。


「何!?」


 私達は一斉にCDケースから離れました。


 そこからいきなり凄まじい気が放出されたからです。


「いらん事をするな、お前達。この件は手出し無用。関わる者は殺す」


 CDケースを通じて、何者かの念が私達の頭の中に送られて来ます。


「あなたは誰? 何が目的?」


 私はそいつの気に取り込まれないように印を結び、尋ねます。


「私が誰であろうとお前達には関係ない。これは警告だ」


「キャッ!」


 ケースから何かが飛び出しました。


「いやあ!」


 一番近くにいた瑠希弥がそれに黒のスカートスーツを切り裂かれ、ブラとパンティが剥き出しになりました。


「次は殺す。いいな」


 そう言うと、そいつは潮が引くように気配を消しました。


「大丈夫、瑠希弥?」


 私は瑠希弥に近づきました。


「平気です。服が破けただけですから」


 瑠希弥はニコッとして答えました。


 何だか彼女、また胸がおおきくなったのではないかしら?


 床に落ちているお札を拾う瑠希弥の胸がプルルンと揺れました。


「羨ましそうやな、蘭子」


 麗華が耳元で囁きます。


「そ、そんな事ないわよ」


 私は図星を突かれて焦ってしまいました。


「この札、CDケースに仕掛けられていたのでしょうか?」


 瑠希弥がお札を私に示して言います。


「さっきまでそのケースには木下さんの気以外何も感じられなかったわ。どういう事かしら?」


 私は麗華を見ます。麗華は腕組みをして、


「ほんの一握りの霊能者の中には、瞬間物体移動能力アポーツを使えるモンがおるゆうのを聞いた事がある」


「アポーツ!?」


 私は驚愕しました。もしそんな能力を持った者が相手だとすると、脅威です。


「只、それには触媒がいるはずや。恐らくさっきはそのCDケースがそうやったんやろ。いくら何でも、ところ構わず物体を移動できへんて」


 麗華は私の動揺を感じたのか、そう言ってくれました。


「それにしても、凄い能力ですね」


 瑠希弥はお札を不動明王真言で燃やしながら言います。


「ええ。慎重に行かないと、大怪我をしそうね」


 私達は互いに顔を見合わせ、頷きました。


 


 私達は、一旦私のマンションに立ち寄りました。


 瑠希弥の服がないからです。


「すみません、太っていて」


 瑠希弥はそう謙遜しました。事務所にあった私の服では瑠希弥のウエストは入っても、胸とお尻が入らないのです。


「気にしないで、瑠希弥」


 私は仕方なく瑠希弥に私のコートだけを着せ、事務所を出たのです。


 男の人だったら、完全に変質者ですよね。


「蘭子、顔が引きつってるで」


 麗華が助手席で嬉しそうに言いました。


「うるさいわね!」


 私はムッとして怒鳴りました。


 そして瑠希弥は自分の服に着替え、改めて出発です。


「気休めにもならんかも知れへんけどな」


 麗華が車のあちこちに魔除けのお札を貼りました。


 何だか恥ずかしいのですが、命には代えられませんので、何も言いませんでした。


 目指すは木下真里亜さんが所属していた芸能プロダクションです。


 篠沢さんに場所を確認したので、ナビに登録し、そこへ向かうだけです。


「何や、ワクワクして来たな」


 麗華は嬉しそうですが、さっき服を切り裂かれた瑠希弥は浮かない表情です。


「瑠希弥、心配なの?」


 私はルームミラー越しに瑠希弥を見ました。


「いえ、そんな事はありません。只、先ほどのお札なのですが、CDケースから飛び出したのではないようなのです」


「何やて?」


 麗華が驚いて振り返ります。瑠希弥はそれに驚いたようです。


「それやったら、車で移動するんは危険やないか?」


 麗華は探るような目で私を見ました。


「そのようね」


 私は顔を引きつらせて答えます。


「どないしてん、蘭子?」


 私の様子に気づいた麗華が更に尋ねます。


 私はハンドルを強く握りしめたままで、


「さっきからハンドルが全然効かないのよ」


「ええ?」


 麗華と瑠希弥がハモるなんて滅多にない事ですが、そんな事に感動している場合ではありません。


 私の車は、私の意志とは無関係に進んでいるのです。


「この車、乗っ取られているわ。どこに連れて行かれるのかしら?」


 私は引きつりながらも言ってみました。


「知るか!」


 麗華は窓を開こうとしたり、ドアを開けようとしたりしていますが、ダメみたいです。


 どうなってしまうのかしら?


 


 西園寺蘭子でした。

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