呪いの根源
私は西園寺蘭子。霊能者です。
謎の自殺を遂げた演歌歌手の天城波留香の所属事務所の社長と妹さんの依頼を受けた私達は、調査に乗り出した矢先に手荒い歓迎を受けました。
事件の大元に関わりがあると思われる木下真里亜という演歌歌手がいた芸能事務所に向かう途中、私の運転している車が何者かの力で操作不能に陥りました。
「事故死させるつもりはないみたいね」
私はハンドルが効かなくなったので、手を放しました。
「ホンマか?」
疑い深い親友の八木麗華はそれでもドアが開かないかと努力しています。
「八木様、敵に殺意は今のところないようです」
弟子の小松崎瑠希弥が言いました。
「そうか?」
麗華はようやくドアとの格闘を諦め、座席に座り直しました。
もし、敵が私達を事故死させるつもりなら、すぐに対向車とでも正面衝突させればすむ事です。
それをしないという事は、何か裏があるという事ですね。
只、どういう仕掛けなのか、私の車を操っている人の正体は探れません。
仕方がないので、私は流れに身を任せる事にします。
やがて車は私達が目指していた芸能事務所ではなく、全く別のところに着きました。
「何や、ここは?」
麗華が窓の外を見て呟きました。
そこは河川敷です。
整地された場所には野球のグラウンドがあり、子供達が試合をしています。
「どういう事やねん?」
麗華はドアがあっさりと開いたので、不審そうな顔をしながら外に出ます。
私と瑠希弥も目配せをし合って車を降りました。
「ここは、木下さんが自殺をした場所ですね。この先の橋の下にロープを垂らして首をくくったようです」
瑠希弥がグラウンドとは反対の方向の数十メートル下流にある橋の方を見て言いました。
私も車を降りた途端それをすぐに感じました。
でも妙なのです。
CDケースにはあれほど凄まじい憎悪と怨嗟を宿していた木下さんですが、自殺した現場には全くと言っていいほどその痕跡がないのです。
一般的に、自殺者の怨念はその場に留まる事が多いのです。
妙な話です。
「けったいな事やな。ますます不思議な事件やで」
麗華は腕組みをして河川敷を見渡しました。
波留香さん自殺は紛れもなく木下さんの自殺が関わっていると思われるのですが、その木下さん自身の霊は波留香さんとの直接的なつながりはないのです。
そして、その真相を探ろうとすると、まるで濃い霧のように行く手を遮る存在があります。
それが事務所でCDケースから放たれた呪術とお札を送り込んだ人物です。
その人物は未だに何者なのか、どこにいるのかもわかりません。
そして、車を操り、私達を木下さんの自殺現場に導いたのもその人物だと思われます。
その人の意図がわかりません。
(妨害しているの? 真相を突き止めさせたいの?)
私はその人物の心に辿り着けないかと思案しました。
「瑠希弥、力を貸してくれる?」
私は瑠希弥を見ました。すると瑠希弥は微笑んで、
「はい、先生」
と言うと歩き出しました。
私と瑠希弥は事件の根源を探るべく、木下さんが首を吊った橋の下に向かいました。
「気ィつけや、蘭子、瑠希弥。さっきのけったいな奴がまた仕掛けて来るかも知れへんで」
麗華が後ろから叫びます。
「大丈夫よ、麗華」
私は振り返らずに手を振って応じます。
離れていた時は感じられなかった木下さんの気が、橋の下まで来たら感じられました。
一気に増幅された感じです。
「これは……」
瑠希弥が目を見開きます。
木下さんの無念が私達の心の中に
木下さんは当時まだ二十五歳。
デビューは十五歳でしたから、芸歴だけで見れば、十年です。
しかし、歌手としての活動はごくわずかで、後は同じ事務所の先輩達や先にメジャーデビューした後輩達の裏方をしていました。
そんな悪夢の十年のトンネルをようやく抜け出すチャンスが巡って来ます。
それが例の演歌でした。
ところが、木下さんの身体を欲しがった当時の事務所の社長が一夜を共にする事を条件に木下さんにその曲を提供すると告げたのです。
俗に言う「枕営業」を強要した訳です。
本当は絶対にそんな事をしたくなかった木下さんでしたが、もし断われば契約も解除すると脅迫され、逃げ場を失いました。
曲は今をときめく黄金コンビが作詞作曲を手がけています。
それを歌わせてもらえるなら。
木下さんは決断しました。
歌手としての栄光を掴むため、自分の身体を社長に差し出したのです。
社長は貪るように木下さんを抱き、彼女の中で何度も果てました。
事が終わった後、血が出るくらい身体を洗い、社長の匂いや感触をこそぎ取ろうとした木下さん。
あまりの出来事に瑠希弥は号泣しています。
私ももうその一歩手前です。
木下さんはそのまま死にたいと思ったほどでしたが、メジャーデビューができると信じ、思い止まりました。
しかし、悲劇は更に続きます。
別の歌手が社長に自ら枕営業をし、その唄を奪ってしまったのです。
木下さんは絶望のあまりとうとう命を絶ちました。
それがここです。
私と瑠希弥は目を赤くして橋脚を上げました。
首を吊っている木下さんが見えます。
「酷過ぎます」
瑠希弥が叫びました。そして、
「でも先生、CDケースの怨嗟と憎悪は、ここで感じられたものとは違いました」
と私を見ます。私はそこまではわからなかったので、
「どういう事、瑠希弥?」
すると瑠希弥は、
「CDケースの憎悪と怨嗟は何者かが手を加えたもののようです。つまり、あれは木下さんの本意ではないと思います」
「どういうこっちゃ?」
離れて聞いていた麗華が近づいて来ました。瑠希弥は私と麗華を交互に見て、
「木下さんの悲劇を嘆いた誰かが、術者に頼んで呪殺をしてもらっているのではないかと」
と自分の推理を話してくれました。
「どうしてそう思えるの?」
私が尋ねると、
「何故なら、ここに私達を連れて来たのは、CDケースに細工をした人物ではなく、木下さんだからです」
瑠希弥は橋脚から目を転じて、川の反対側の河川敷を見ました。
そこには木下さんの霊が立っていました。
そして、私達に祈るように手を合わせ、消えてしまいました。
「木下さんに関わりのある誰かの思いが利用されています。木下さんはそれを悲しみ、私達をここに導いてくれたのです」
瑠希弥は涙を流しながら言いました。
「木下さんの強い思いが私の感応力に干渉して、車を操ったのだと思います」
瑠希弥は涙を拭いながら私と麗華に訴えるように話しました。
「なるほどな。木下真里亜の思いが瑠希弥を通じてウチらに訴えかけたゆうことか」
麗華も涙ぐんでいます。
女だったら、木下さんの悔しさに涙しない人はいないでしょう。
彼女を辱めて裏切った社長も許せませんが、彼女の思いを利用して呪殺をしている術者はもっと許せません。
霊能者として、女として。
「落ちぶれて死んだ歌手風情が、我が行いを邪魔するとはな」
その時、またあの人物の気配が現れました。
「あなた、一体何がしたいの? 人の思いを踏みにじって、何をするつもりなの!?」
いつになく怒りMAX状態の私です。でも、いけない私は出て来ません。
「お前達が知る必要はない。警告したはずだ。次は必ず殺すとな」
橋脚の下に黒い影が現れます。
それはコウモリのように見えましたが、違います。
呪いの塊です。
様々な人の憎悪や嫉妬、恨み嫉みなどが凝り固まったものです。
「
気配が言いました。
こんなところで死ぬつもりはありませんし、こんな奴に殺されるつもりもありません。
「オンマカキャラヤソワカ!」
私と麗華と瑠希弥が繰り出す大黒天真言の三重奏です。
襲いかかって来た塊は一瞬にして消え去りました。
「おのれ。あくまでやり合うつもりか。覚悟はできているという事だな」
気配が言いました。私はフッと笑って、
「あなたこそ覚悟はできているの? 私達にちょっかいを出した事、後悔するわよ」
と返しました。
「笑止。後悔するのはお前達だ」
気配が消えました。いなくなったようです。
「蘭子の言う通りや。あの阿呆、これから死んでも後悔するで」
麗華がガハハと大笑いします。
さて、これからが本番ですね。
西園寺蘭子でした。
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