復讐の女

蘭子、強姦魔に襲われる?

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 百合に染まった埼玉県の菖蒲学園の事件は解決し、今は人心地。


 事務所のソファに寛いで、紅茶を愉しんでいます。


「麗華?」


 携帯が鳴ったので表示を見てみると、九州に行っているはずの親友の八木麗華からです。


 珍しいですね。


 遠出をした時には、絶対に携帯にかけて来ないのに。


「どうしたの、珍しいわね? 何かあったの?」


 すると私のその言葉が気に障ったのか、


「何やねん、ウチが蘭子の携帯にかけるのがそないに意外か?」


と妙に突っかかって来ます。どうやら、九州の仕事がうまくいかなかったみたいです。


「そんな事ないよ。そう聞こえたのなら、ごめん」


 すると麗華は愚痴を言い始めました。


「クライアントの奴、バカにしおって! 大阪から出張ってるんに、出張費取るんはおかしいゆうてな……」


 私は苦笑いして、しばらく麗華の愚痴を聞きました。


「そやから、予定を切り上げて、もう戻ってん。今東京駅やから、迎えに来てんか? そのまま、飲み会や!」


 麗華はそう言うとサッサと携帯を切ってしまいます。


「勝手なんだから」


 そう言いながらも、ちょっと人恋しくなっている私は、つい顔を綻ばせて出かける準備をします。


 麗華が来るのがこれほど嬉しかった事は久しくありません。


 後から考えれば、そんなウキウキ気分がいけなかったのでしょう。


 


 私は事務所を閉め、外廊下を歩いて、先日麗華が助けたコンサルタント事務所の所長さんに挨拶し、エレベーターへと向かいました。


 いつもの私なら、その時気づいたはずなのに、その時の私は全く警戒心がありませんでした。


 エレベーターで地下駐車場に降りた私は、自分の車のところへと歩き出しました。


 まさにその時でした。


「ぐう!」


 いきなり後ろから羽交い絞めになり、口を皮の手袋をした大きな左手で塞がれます。


「騒ぐな。騒ぐと殺すぞ」


 右手は私の喉元にカッターナイフを突きつけていました。


 抜かりました。霊能者にあるまじき失態です。


 顔を何とか動かすと、大柄な男です。


 上から下まで黒尽くめで、サングラスをかけ、マスクをしています。


 髪は七三に分けてあり、僅かに見える頬には髭が生えています。


 私は引き摺られるようにして、駐車場の端に連れて行かれました。


 そこは柱と機械のせいで人目につかない場所です。


 恐らく、この男はこれから私を犯すつもりなのでしょう。


 そんな事絶対させませんけど。


「脱げ」


 男は私を壁に押し付け、ナイフで脅します。


 私はようやく自分の愚かさに気がつきました。


(この人、操られている? どういう事?)


 何だか、複雑な事情がありそうですね。


 摩利支天の真言を唱えます。


「オンマリシエイソワカ」


 男を縛っている呪詛はそれほど強くなかったので、簡単に消滅しました。 


「ぐあ!」


 男に取り憑いていた呪詛の元がボワッと燃え上がって消えました。


「く……」


 男はそのまま気を失い、ドスンとコンクリートの床に倒れ伏しました。


 私は携帯を取り出して、


「麗華、ごめん。私、迎えに行けなくなった」


「何やて!? どういうこっちゃ!?」


 麗華は激怒しています。私は携帯を耳から放して、


「強姦されそうになったのよ」


「何ー!?」


 麗華の声は普段から大きいですから、怒鳴られると鼓膜が破れそうになります。


 


 しばらくして、タクシーで駆けつけた麗華が地下駐車場に来てくれました。


「蘭子、大丈夫か?」


「ええ、何とかね」


 私は麗華に微笑んでみせてから、足元に倒れている男を見ました。


「そいつか、身の程知らずな阿呆は? む?」


 麗華もその男の身体にまとわりついている気を感じたようです。


「何や、こいつ? 妙な気ィを纏ってるな」


「そうなの。操られていたみたいね」


 すると麗華はドスッと男のお腹を蹴りました。


「麗華、そんな乱暴しないで」


「何言うとるねん、こいつはあんたを犯そうとしたんやで」


 私の言葉に麗華は呆れ顔で応じます。


「うう……」


 麗華の蹴りが効いたのか、男が目を開けました。


「気がつきましたか?」


 私は頭を抑えながら起き上がったその人に近づき、しゃがみ込んで話しかけました。


「え? あれ? 貴女はどなたですか?」


 その人はサングラスを外し、マスクを取って私を見ました。あらあら、結構男前ですね。


「私は西園寺蘭子と言います。貴方に襲われたのです」


 するとその人は目を見開き、


「も、申し訳ありません!」


と土下座しました。


 私と麗華は思わず顔を見合わせました。




 取り敢えず、その人に事務所まで来てもらって、事情を聞きました。


 名前は長良ながら邦彦くにひこさん。


 大手企業に勤めている方です。


「本当に申し訳ありませんでした。貴女が霊能者で良かったです。普通の女性でしたら、間違いなく……」


 ソファに座った長良さんは涙ぐんでいます。


 根はとても真面目な人みたいですね。


「実は、以前にも知らない女性を強姦しかけたんです。今、その女性と示談交渉中なのですが、この事を知られれば、私は刑事裁判にかけられて、破滅です」


 長良さんは、突然記憶がなくなり、気がつくと女性に馬乗りになっていたらしいです。


 彼自身の気を探り、深層心理にまで分け入ってみましたが、嘘は吐いていません。


「あんた、誰かに恨まれてへんか?」


 ジッと長良さんを見つめていた麗華が尋ねました。すると長良さんはビクッとして、


「やっぱり、それなんですか?」


「どういう意味や?」


 麗華が身を乗り出して長良さんの隣に座ります。


 好みのタイプみたいです。全くもう。


「実は、三年付き合った女性と別れたんです。彼女はどうしても別れたくないと言いましたが、私は堪え切れないと思ったので、強引に別れました」


 長良さんは麗華から身を引いて答えました。


「その人の名前は、大久保美薗。貴方の幼馴染ですね」


 私は長良さんの心の中に恐怖で括られている部屋のような場所に封印されているその女性の記憶を感じました。


「そ、そうです。わかるんですか、そんな事が?」


 長良さんはニコッとして私を見ました。するとそれが面白くないのか、麗華は私と長良さんの間に入って、


「それくらい、朝飯前やで。ウチらを誰やと思うてるねん?」


 麗華はドヤ顔で言います。すると長良さんは、


「そう言えば、貴女はどなたでしたっけ?」


 麗華はずっこけてしまいました。彼女は長良さんに自己紹介していなかったのです。


 知らなくても仕方ないですよね。


「ウチは八木麗華。霊能者や。蘭子のマブダチやで」


 麗華はキッと長良さんを睨んで言います。


「そ、そうなんですか……」


 長良さんは顔を引きつらせています。麗華が怖いのでしょうか? 怖いのでしょうね。


 長良さんの話では、大久保さんと付き合い始めたのも、大久保さんが強引だったからで、長良さんは最初から乗り気ではなかったそうです。


 昔、長良さんは大久保さんとよく遊んだ事があり、その時、


「将来は美薗ちゃんと結婚する」


と言ったらしいのです。


 二人で撮った写真を見せてもらいましたが、大久保さんは美人です。


 でも、その写真を通じてもわかるくらい、傲慢で不遜です。


 自分は美人で、誰からも好かれ、どんな男も自分に好意を抱いている。


 そんな感情が読み取れるほど、自尊心の強い人です。


 長良さんもほんの少しですが、霊感があるようですから、大久保さんのその感情を普通の人以上に感じてしまい、堪え切れなくなったのでしょう。


「しかも、悪い事に、美薗は悪い宗教に嵌ったらしくて、その教祖に『絶対に長良邦彦と結婚しなさい』と言われたらしいんです」


 長良さんは身震いしながら言います。


 その宗教というのも、何だか怪しいです。


「よし、わかった。引き受けたる、あんたの依頼」


 麗華が突然言いました。


「は?」


 長良さんは当然キョトンとしています。私も唖然としました。


「ほい、ここにサインや。そしたら、あんたはもう安心やで」


 ほとんど催眠商法紛いのやり方で、麗華は長良さんに契約させようとしています。


「あの、大丈夫なんですか? もしこの状態を全て解決できるのなら、お金を惜しんだりしませんが」


 長良さんがすがるような目で私を見ます。その視線、まずいですよ。


 ほら、麗華がムッとしてる。


「何でそれを蘭子に言うねん? ウチに訊きいな!」


「あ、そうですね、すみません!」


 長良さんはビクッとして麗華に頭を下げました。


「まあええ。ほれ、はよサインしてや」


 麗華はそれでもニコッとして、長良さんにペンを差し出しました。


 本当にいいのかしら、そんな事で?


 


 西園寺蘭子でした。

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