恐るべき執念
私は西園寺蘭子。霊能者です。
東京に戻って来た親友の八木麗華を迎えに行くために事務所があるビルの地下駐車場に降りた私は、見知らぬ男性に襲われました。
その人の名は長良邦彦。大手商社に勤めているイケメンさんです。
長良さんは、別れた元恋人の大久保美薗さんに呪詛をかけられ、知らない女性を襲ってしまったそうです。私もその一人になるところでした。
すっかり長良さんを気に入ってしまった麗華は、催眠商法のような手口で強引に長良さんと契約し、大久保さんの呪詛を叩く事になりました。
本当にそんなやり方でいいのかしら?
私と麗華は、長良さんの案内で大久保さんが住んでいる町へと車で向かいました。
いつもなら私に運転させる麗華が、何故か運転しています。
理由は簡単です。助手席に長良さんを乗せて並びたいからです。
全くもう、何を考えているのでしょうか? 子供みたいです。
心なしか、長良さんは顔を引きつらせていました。
「あんた、その女に下の毛、抜かれたんちゃうか?」
麗華が真剣な表情でとんでもない事を尋ねました。
「え?」
長良さんは真っ赤になってしまいました。
「恥ずかしがってる場合やないで。もし、あんたの陰毛をその女が持ってるんなら、呪詛はこれからも続くゆう事や」
麗華のその言葉に長良さんはギクッとしました。
「美薗は積極的で強引で、私を酔わせて、その……」
俯きながら話す長良さんの回想が見えてしまいます。
美薗さんは長良さんを酔わせて昏倒させ、服を全部脱がせて……。
そこから先は、とても描写できません。
所謂アダルトビデオ紛いの事が行われたようです。
恥ずかしくて、とても覗いていられませんでした。
「気がついたら、剃毛されていました」
長良さんの仰天発言に私は目を見開きました。
以前麗華にそんな趣味がある人の話を聞いた事があります。
長良さんは剃られてしまったのです。開腹手術でもないのに。
「怪我せえへんかったか?」
麗華は何の心配をしているのでしょう?
信号待ちを良い事に、長良さんの股間を覗き込みます。
「あ、その、幸いというか、傷一つありませんでした」
長良さんも心配だったのでしょう、細かく見たようです。
あ、いけない、その時の光景が見えそう……。
「ちゅう事はや、その女はあんたの下の毛を大量に持ってるゆう事や」
麗華は車を動かし、前方を見て言いました。
「そ、そうですね……」
長良さんは蒼ざめています。
「早う何とかせんと、大変な事になってまうで」
麗華は至って真剣な顔です。でも、長良さんは真っ赤になったままでした。
いろいろと思い出してしまったようです。
私も力を制御して、長良さんの回想を覗かないようにしました。
やがて、長い橋を渡り、大久保さんが住んでいる町に入りました。
しばらく進むと、何故か信号機の間に注連縄が張られていました。
「あかん!」
麗華が叫びました。私も感じています。注連縄をくぐった途端、気の流れが変わったのです。
大久保さんの背後にいる宗教団体が、町全体を覆う結界を張っていました。
どうやら私達は罠に嵌ってしまったようです。
「くそ!」
麗華は歯軋りして車を路肩に寄せて停めました。
周囲を見ると、たくさんの男性が歩いています。
それも虚ろな目で。
そして彼らは皆、私達の方へと歩いています。
気がつくとすっかり取り囲まれています。
「何?」
私は妙な声を聞きました。
『犯せ! その女達を犯せ!』
そういう声が聞こえたのです。
男達の顔つきが変わり、私と麗華を見ます。
「ふうう!」
助手席の長良さんも変貌していました。
「うわ!」
麗華はいきなり胸を揉まれて叫びます。
「何すんねん!」
彼女はバシンと長良さんの手を跳ね除けました。
「蘭子、逃げるで!」
「逃げるって、どこへ?」
私はすっかり取り囲まれてしまった車の周りを見て尋ねました。
「取り敢えず、遠くへや!」
麗華は車に取り付く男をドアを勢いよく開けて跳ね飛ばしました。
「そうね」
ここにいても危ないと思った私は、長良さんの腕を跳ね除け、ドアを開いて飛び出しました。
「オンマリシエイソワカ!」
二人で同時に摩利支天の真言を唱えました。
「ぐげえ!」
近づいて来た男達はそれによってバシンと弾かれ、倒れます。
「まとめて吹き飛ばしたる!」
麗華が
「ダメよ、それは!」
と止め、私は彼女を引き摺るようにして男達の囲みを突破しました。
彼らはさながらゾンビのようにユラリユラリと追いかけて来るので、簡単に振り切れそうです。
「一旦撤退や。あまりにも準備ができてないわ」
麗華にしては冷静な判断ですが、長良さんを置いて来てしまったので、何とかしないといけません。
「殺される心配はないやろ。もしその気ィなら、とうに殺されてるやろからな」
麗華の推理が珍しく冴えています。
「事務所に戻って、作戦練り直しや。まさか長良さんの元カノが嵌ってる宗教団体が絡んでるとは思わんかったな」
麗華は走りながら言いました。
「ここまで手を広げているという事は、何かを企んでいるわね」
私も走りながら応じます。
ところが、敵もさる者です。橋は同じような男達に封鎖されています。
「どないする、蘭子?」
麗華は男達を睨みつけて言います。私も周囲を見渡して、
「強行突破するしかないでしょ?」
「そやな!」
私達は印を結び、摩利支天の真言を唱えながら走りました。
「ぐげえ!」
幾人かはそれによって倒れますが、数が多過ぎます。
「蘭子、やっぱり大黒天真言や!」
麗華が男達を蹴飛ばし、殴り倒しながら言いますが、
「そんな事をしたら、この人達、死んでしまうわよ!」
私はそこまでしたくありません。こうなったら、一旦捕まるしかないようです。
「しゃあない。そうするか」
麗華は私の考えを読み取ってくれて、抵抗をやめました。
男達は私と麗華を羽交い絞めにし、そのまま抱きかかえるようにして運び始めます。
やがて男達は町の一角に停められたトラックの荷台に私達を押し込めました。
そこは冷蔵室のようで、ひんやりとしています。
「おいおい、凍らせるつもりか?」
閉所恐怖症がまだバレていないと思っている麗華がそう言います。
冷蔵室ですから、凍る心配はありませんが、涼しいというより寒いくらいなので、ちょっと嫌です。
「わわ!」
ガクンと揺れ、トラックが走り始めたようです。
「長良さんは大丈夫かしら?」
私は身体を摩りながら呟きました。
「そんな事より、ウチらはどないなるねん!?」
すでに半泣き状態の麗華です。相当怖いのでしょうね。
まだ明かりが点いているだけ良かったです。
そうでなければ、パニックになっていたでしょうから。
しばらくグラグラと揺れていましたが、どこかに着いたらしく、トラックは停止したようです。
「わわっと!」
麗華がまたバランスを崩しかけ、
「ひいい!」
と泣き出しかけます。こんな時の麗華はちょっと可愛いです。
「大丈夫、麗華?」
私が彼女に声をかけた時、扉が開かれました。
「あんた達ね、私の呪詛を邪魔したのは!」
女性が大声で言いました。顔を見るまでもありません。
その人こそ、長良さんの元カノ、大久保美薗さんでした。
「降りなさい。邪魔をした報いを受けてもらうから」
大久保さんはニヤリとしました。まさに魔女のような顔です。
美人なのでしょうが、百人が百人とも「怖い」と言うでしょうね。
私達は男達に引っ張られて荷台から降ろされました。
どうやらそこは、大久保さん達が嵌っている宗教団体の本部の庭のようです。
視線の先には巨大な五重塔が建っており、五輪塔を頂くお堂も見えます。
仏教系の団体らしいですね。
「貴方達にお仕置きをしてくださるのは、このお寺の住職様よ。謹んで受けなさい」
大久保さんは勝ち誇ったように言いました。
麗華が大人しいと思ったら、すでに閉所恐怖症を発症してしまったらしく、目も虚ろです。
まずいです。うまく切り抜けられるかしら?
西園寺蘭子でした。
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