反撃開始

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 最大の難敵である内海帯刀との戦いは、予想通りと言いましょうか、大苦戦です。


 そんな中、山形の出羽の大修験者の遠野泉進様が来てくださいました。


 只、その現れ方が酷いのです。


 帯刀に取り込まれそうになっていた私を助けてくれたのまでは良かったのですが、その方法がちょっと許せません。


「蘭子ちゃんが修行に来ていた時、風呂に入っただろう? その時、採取させてもらったんだよ」


 泉進様はあろうことか、私の、ええと、その、下の毛を使って語りかけて来たのです。


 もう恥ずかしくて仕方がありません。


「まあ、許してやれよ、もう一人の蘭子。スケベジジイなんだからさ」


 いけない私は陽気に笑って言いますが、そんな簡単な事ではないです。


「それよりジジイ、よく私の毛だってわかったな? 麗華も入ってたのにさ」


 いけない私が踏み込まなくていい事を尋ねました。そのせいで親友の八木麗華までピクンとしました。


「それは大丈夫だ。二人のは毛質が違う。すぐに見分けがつくのさ」


 泉進様の答えは少し引っかかりました。


「ウチらの入浴をさんざん覗いてたからやな、ジジイ! 後で覚えときや!」


 麗華もムッとしています。


「そうは言っても、ジジイのお陰で助かったんだ。恨み言は言うなよ、もう一人の蘭子も麗華もさ」


 一番冷静なのはいけない私だというのも何となく釈然としません。


「その通りですね、蘭子さん」


 相変わらずいけない私には従順な麗華です。


「迂闊だったな。まだ一人、くたばり損ないがおったな」


 帯刀はゆっくりと立ち上がりながら言いました。やはり無傷のようでです。


「蘭子ちゃん、麗華ちゃん、奴の結界も破壊できない訳ではない。髪の毛より細く気を集約すれば、突き抜けるはずだ」


 またしても、下の方から泉進様の声が聞こえました。どうにもこの感覚、気持ち悪いです。


「ジジイ、中に入れないのか?」


 いけない私が訊いてくれました。すると泉進様は、


「入れん事はないが、そんな事で消耗する余裕はない。蘭子ちゃん達で何とかしてくれ」


「贅沢言いやがって、ジジイが」


 いけない私は舌打ちをしましたが、泉進様の言う通りにするつもりのようです。


「もう一人の蘭子、腹は決まったか? やるぞ」


 いけない私が言いました。何をするつもりなのかはわかっています。


 弟子の小松崎瑠希弥が言っていた事。


「お二人の幹を同じ根にまで戻って一つにすれば、帯刀を上回る力を発揮できるはずなんです」


 それをなせば、私達は強くなれる。それを実行しようとしているのです。


「考えるな、もう一人の蘭子。私が現れた頃の事を思い出せ。記憶をその頃まで逆流させるんだ」


 いけない私にそう言われて、ハッとしました。


 小学生の頃、時々記憶が飛んでいました。それはいけない私が現れて私の身体を乗っ取り、行動していたせいでした。


「あの時より前に戻れば、私達は内海帯刀より強くなれるんだよ」


 私達の会話は帯刀にも聞こえています。彼はニヤリとしました。


「ほう。うぬらも我と同じ事をできるのか? だが、我を超える事はできぬぞ」


 帯刀は余裕の表情ですが、別に待ってくれるつもりはないようです。身体から噴き出す妖気がどんどん増えているのです。


「瑠希弥!」


 その時、瑠希弥の姉弟子的存在である椿直美さんが動きました。それに応じて、瑠希弥も動きました。


「光の力を失った帯刀には、浄化系の真言が有効なはず!」


 椿さんは瑠希弥と示し合わせて印を結びました。


「手伝おう」


 奥さんの岡本綾乃教授を気遣っていた矢部医師も動きました。麗華もそれに続きます。


「頼みましたよ、椿さん」


 右腕を砕かれた江原雅功さんが呟きました。その言葉、椿さんに何よりの力となるはずです。


「西園寺さん、今のうちに……」


 地面から顔を上げて、大師匠である名倉英賢さんが言いました。


「おう、任せとけ、ジイさん」


 いけない私はポンと胸を叩いて応じました。その口の利き方、何とかならないのかしら?


「細かい事をいちいち気にするなよ。始めるぞ」


 いけない私は真顔で言います。私も集中を始めました。どうすればいいのか、何となくわかってきたのです。


「オンマリシエイソワカ」


 椿さん、瑠希弥、麗華の三人が浄化真言である摩利支天真言を唱えました。


 それを強化するお札を矢部さんが放ちました。


 摩利支天真言は数倍にも膨れ上がり、巨大な玉のようになって帯刀に向かいました。


「温いわ」


 それでも帯刀は表情を変えずに不敵な笑みを浮かべたままです。


 真言の玉は帯刀を覆い尽くすように広がりました。一瞬ですが、帯刀が視界から消えました。


「やったか?」


 麗華が呟きました。椿さんと瑠希弥は眉をひそめており、矢部さんも表情が強張ったままです。


「うぬらは我を誰だと思うておるのか?」


 帯刀の声が聞こえたかと思った次の瞬間、摩利支天真言の玉は弾け飛んでしまいました。


「何やて!?」


 麗華は仰天しましたが、椿さんと瑠希弥はさほど驚いていません。矢部さんも同じです。


「ダメか……」


 矢部さんが歯軋りして呟くと、


「簡単に諦めるな、隆史! まだ終わった訳じゃないぞ!」


 岡本教授が叫びました。矢部さんはハッとして教授を見ました。


「わかったよ、綾乃さん」


 矢部さんはいつもと違った優しい表情で応じました。岡本教授に対してだと、笑顔になれるんですね。さすが夫婦です。


『おい、準備はできたか? もうあいつらも限界だぞ。時間稼ぎはもう終わっちまう』


 いけない私は心に直接語りかけてきました。帯刀に対しては無意味なんですけどね。


『大丈夫よ、もう一人の私。始めましょうか』


『了解』


 私達は互いの心を直接通わせるようにイメージしました。映画のフィルムの逆回転を見ているかのように、私の人生が過去へと遡って行きます。


「西園寺蘭子、うぬは半身のままでよい。そこには行かせぬ」


 帯刀が私達の行動に気づき、動こうとした時です。


「な、何や!?」


 麗華が叫びました。闇の閉ざされていた状態が、また青空が広がる通常空間に戻っていったのです。


「ジイさん、やったんか?」


 麗華は泉進様が帯刀の結界を打ち破ったのだと思ったようです。


「いや、儂は何もしとらんよ」


 泉進様は微笑んでそう言いました。そうです。もう一人、心強い味方が来てくれたのです。


「遅くなりました、皆さん。結界は私が全部消し飛ばしますから、存分に戦ってください」


 そう言ったのは、あの気功少女の柳原まりさんです。


 一緒に生まれてくるはずだったお兄さんの魂を「同魂の儀」という秘術で融合したので、以前より可愛くなり、仕草や服装は女の子らしくなりましたが、力は強くなっています。


「おのれ、まだおったのか、英賢の配下の者が……」


 絶対に破れないと豪語していた結界があっさり消されたので、帯刀は歯軋りしてまりさんを睨みつけました。


「配下ではない。彼女は儂の仲間だ、帯刀」


 英賢さんは泉進様に手を貸してもらって立ち上がりながら言いました。


「群れるのが好きな者共だな」


 帯刀は嘲るような表情で言い放ちました。


『さあ、真打ちの登場と行こうぜ、もう一人の蘭子』


 いけない私がそう言ったのと同時に、私達の心は一つに戻りました。


「何!?」


 帯刀は私達が輝き始めたので、驚いているようです。


「誰? 誰になるのん?」


 麗華は不安そうな顔をしています。椿さんと瑠希弥は微笑み合っています。


 矢部さんは岡本教授に肩を貸して立ち上がりました。


「それが、本当の西園寺蘭子さんですか」


 江原さんに改めてそう言われると何だか恥ずかしくなります。


「ええ、そうです。お待たせ致しました。二十年ぶりに元に戻った私です」


 試しに気合いを入れてみると、地面がボコンとへこみました。


 身体を巡る気の流れも、前とは比較になりません。


「ますます怖くなってるやん、蘭子さん」


 麗華のその言葉に落ち込みそうですが、今はそんな場合ではないです。


「うぬは何者だ? 先程とは桁違いではないか?」


 帯刀の顔から余裕が消えているのがわかりました。


「ああ、その通りだよ、悪党。すぐに消し飛ばしてやるから、覚悟しな!」


 私は中指を突き立てて叫びました。ああ、少しいけない私が出てきてしまいました。


『私は消えた訳じゃないぞ、もう一人の蘭子。あんたと一つになっただけだ』


 いけない私の声が聞こえました。そういう事なのですよね。


「そうか。ようやく楽しめそうだな」


 帯刀はまた不敵な笑みを浮かべました。まだそんな強がりを言えるのでしょうか?


 とにかく、この先はずっと私のターンです。多分……。


 


 西園寺蘭子でした。

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