蘭子の秘密

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 有能な「弟子」である小松崎瑠希弥と一緒に暮らすようになって一週間。


 改めて、私は寂しがり屋だと思い知りました。




 朝の事です。


「おはようございます、先生」


 耳元で瑠希弥の声がします。


「え?」


 私はハッとして目を覚ましました。


「あれ、ここ?」


 いつの間にか、私は瑠希弥の部屋に来て寝ていたようです。


 しかも、瑠希弥の使っているダブルベッドにしっかりと陣取っていました。


 その上、瑠希弥を押しのけて……。


「感激です! 『寂しいから、一緒に寝ていい?』って先生に言われて、夢かと思いました」


 感動して目をウルウルさせている瑠希弥を見て、


(悪夢だ)


と思いました。


 しばらく一人暮らしが続いていたので、全快したと思っていたのですが、私の夢遊病は治っていませんでした。


 一人でいるとずっと自分のベッドで寝ているのですが、誰かがいると、知らないうちにその人の寝ているところに行ってしまうのです。


「どうされましたか、先生?」


 落ち込んでいる私に瑠希弥が声をかけます。


「私、変な事言わなかった?」


 何故か顔を赤らめる瑠希弥。え? な、何を言ったの、私?


「あ、あの、『蘭子寂しいから、抱っこして寝て』と仰いました」


 瑠希弥より私が恥ずかしいです。幼児退行? 昔より酷くなってます。 


「それで?」


 ビクビクして続きを尋ねます。瑠希弥は目を輝かせて、


「もちろん、しっかりと抱かせていただきました」


と言ってから、


「キャアアアアッ!」


 絶叫して枕で顔を隠す瑠希弥。私は消えたくなるほど恥ずかしかったです。


「ごめんなさい、瑠希弥。迷惑かけたわね。今度は、鍵をかけて寝てね」


「と、とんでもないです! 先生がお困りなら、私はいつでもこの身を捧げますので」


 何か際どいセリフですが、彼女にそんなつもりはないのでしょう。


「あ、ありがとう……」


 そんなつもりはないと思いながらも、ちょっとだけ退いてしまいました。




 さて、朝食をすませてクライアントのところに向かいます。


「すみません、一刻も早く、免許を取りますので」


 助手席で申し訳なさそうに瑠希弥が言います。


「いいのよ。家の事、全部瑠希弥がしてくれているのだから、これくらいはしないとね」


「ありがとうございますゥ」


 また涙ぐんでいます。若いのに涙腺が緩過ぎです。


 そして現場に到着しました。


「わ」


 そこは、所謂風俗店でした。


 もちろん、朝からは営業していないので、そういう事がお好きな殿方はいませんが。


「お待ちしてました、西園寺先生」


 店の中から店長とオーナーが出て来ました。


「一番奥の部屋です。そこにお客さんが入ると、幽霊が出てくるみたいで……」


 店長は怖がりなのか、震えながら話します。オーナーは、


「とにかく、店の評判が落ちるので、手っ取り早くお願いしますよ」


と如何にも高圧的。ムッとして何かを言いそうな瑠希弥を制して、


「行くわよ」


 私は店内へと足を踏み入れます。


 入った瞬間、わかりました。います。そうとう怨念の塊になってしまった霊が。


「あら、ここ?」


 私は中を見渡して、ドキッとしました。


 ここには殿方は来ないようです。どうやら、女の人を好きな女の人が集まるお店のようです。


「何か、強烈な霊がいますね」


 霊媒師である瑠希弥は、鳥肌が立っています。


「ええ。気をつけてね」


 私は数珠を取り出し、奥へと進みました。オーナーと店長は、入口のところから見ているだけで、ついて来る気はないようです。


 その方が仕事がやり易いのでいいのですが。


「この部屋ね」


 私はドアを開き、中へと足を踏み入れました。


「右手奥、若い女性の霊が一体」

 

 私は瑠希弥に言いました。瑠希弥も数珠を握りしめ、


「はい」


と応じます。その時でした。


「あ!」


 霊が突然動き、瑠希弥に乗り移ってしまったのです。


「殺す! ころす! コロス! ころ……すゥッ!」


 霊は雄叫びを上げながら、次は私に襲い掛かりました。


(瑠希弥の波長と同調したの!?)


 瑠希弥程の霊能者が、あっさり身体を乗っ取られるなんて、相当な霊です。


 私は攻撃せず、瑠希弥ごとその霊を抱きしめてあげました。


「寂しかったのね。常連さんが来なくなって、別のお店で別の子と仲良くしていて……。それで、自殺して、ここに吸い寄せられるように来てしまった……。でも、受け入れて」


 私は泣いていました。その霊の純真さに触れて、涙が止まりません。


「貴女は行くべきところがあるわ。ここは貴女の居場所じゃない」


 スーッと霊が瑠希弥から出て行くのを感じました。


「ありがとう……」


 女性の霊は生きていた頃の明るさを取り戻し、天へと昇って行きました。


「浄霊完了ね」


 私はホッとして呟きました。


「せ、先生」


 瑠希弥の声がします。


「あ、ごめんなさい、瑠希弥」


 私は慌てて瑠希弥から離れました。


「あああ、目が回りますゥ」


 瑠希弥はその場に倒れてしまいました。


 霊に取り憑かれたので、疲労したのでしょうか?


「しっかりして、瑠希弥!」


 私は瑠希弥を抱き起こして背負い、部屋を出ました。


 


「あ」


 瑠希弥は、後部座席で目を覚ましました。


「気がついた? 大丈夫、瑠希弥? 霊の影響で疲れたの?」


 私は車を停めて尋ねました。すると瑠希弥は、


「いえ、先生に抱きしめられたので、頭がポオッとしてしまって……。申し訳ありません!」


と頭を下げました。私は苦笑いして、


「そ、そうなの。それなら、良かったわ」


 まさか瑠希弥、目覚めてしまったのでは?


 ドキドキしてしまいます。


 


 西園寺蘭子でした。

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