魅惑の占い師(ご本尊編終の章)

 私は西園寺蘭子。霊能者です。只今、隠微な部屋に突入し、遂に魅惑の占い師である太田梨子と対峙しています。


「蘭子、あのバケモンはウチに任しとき。あんたは梨子を頼むわ」


 親友の八木麗華が私にウィンクします。なるほど、そういう事ですか。


「行くで、デカマラ!」


 麗華はニヤリとして、太田梨子の「ご本尊」である摩多羅神に向かいます。


 それにしても、デカマラって……。恥ずかし過ぎるのでやめて欲しいです。


「あら、西園寺さんは私がお相手するのかしら?」


 梨子はゾクッとする笑みを口元に浮かべ、目を細めて私を見ます。


「では、行きますわよ」


 梨子は足を踏み鳴らすと、フッと消えました。


「え?」


 この部屋も結界の中らしく、彼女の気配は探れません。


 でも、今の梨子の消失は、決してテレポートとかいうSF紛いの力ではなさそうです。


 玄関で不意に現れたのも、マジックの応用なのでしょう。


 それを見抜かれないための結界。


 種は割れましたが、彼女の居所がわからないのでは、対処のしようがないのは一緒です。


「はあ!」


 梨子は突然私の背後に現れ、私の首にピアノ線のような細い糸を巻きつけて来ました。


「くう!」


 私は慌てて指をかけ、締め付けを止めます。


「そんな事をしても、指ごと首が切れるだけよ、蘭子さん!」


 血走った目を見開き、梨子が言いました。確かにピアノ線は私の指に食い込み、皮膚を切り裂き始めました。


「痛い!」


 思わず叫んでしまいました。滲み出た血がピアノ線を伝わり、床に滴り落ちます。


「早く楽になりなさいよ、蘭子さん!」


 梨子の力が更にピアノ線に加わります。


「ううう!」


 指からドクドクと血が噴き出し、私の胸やお腹にも滴ります。このままではまずいです。


 ふと麗華に目を向けると、麗華は摩多羅神のあそこから逃げ惑っていました。


「この変態が! それしか興味ないんか、おのれは!?」


 麗華は真言で攻撃しながら、摩多羅神を振り切ります。


「お仲間の心配をしている場合ではなくてよ、蘭子さん」


 梨子が耳元で囁き、私の頬を舐めました。


「うう……」


 私は顔を背けましたが、首を絞められているので、思うに任せません。


 このままではいけません。ピンチになると出て来てしまう「いけない私」が登場してしまいます。


「はあ!」


 少しだけ練った気を指先から発して、梨子に見舞いました。


「ぎゃっ!」


 梨子はそれを顔に食らったらしく、呻き声を上げて倒れました。


 私は血が止まらない指で何とかピアノ線を解き、梨子を見ます。


 傷口に気を集中し、治癒力を高めながら、私は梨子に尋ねました。


「こんな事をしてどうするつもりなの?」


 梨子はゆっくりと起きて立ち上がり、私を睨みつけました。


「不老不死よ! 我が神の子を宿すと、不老不死になれるのよ!」


 梨子は半狂乱状態になっていました。


「それなのに、あんた達がじゃまをしてえええッ! もう殺す! 絶対に殺す!」


 梨子の目が更に狂気を帯びて行きます。どうしたのでしょうか?


「わわ!」


 一方、麗華はまだ逃げ惑っていました。


「蘭子、このバケモン、エロ過ぎや! 手伝ってえな!」


 涙目で言う麗華も珍しいので、見物しようかとも思いますが、さすがにそれは可哀想です。


「ごめんね、麗華。私もまだケリがついてないの」


 私はもう一度梨子を見ます。あら? 梨子の顔が変わったような……。 お母さん?


「どうしてくれるのさ!? 我が神がお怒りで、私は力を失いかけているんだよ!」


 梨子の顔はどう若く見積もっても、六十代です。


 艶のあったお腹も皺で覆われ、張りのあった乳房も萎んで来ています。


 梨子は年齢詐称をしていたようです。実際は六十代、いえ、もしかすると七十代かも知れません。


 彼女は力を失ったようです。でもそれは摩多羅神の怒りのためではありません。


 麗華が逃げ惑いながらも、梨子とあの仏像との繋がりを切ったからです。


 麗華は、梨子の、その、えーと、あそこの毛が仏像にお札でまとめて貼られているのに気づいて、それを引き剥がしたのです。


 ですから、梨子に流れていた力が止まり、梨子は本来の姿に戻ったという事のようです。


 梨子に、如何にも麗華が囮で、私が本命と見せかけた陽動作戦が成功したのです。


「こっちはもう放っておいても大丈夫みたいね」


 私は老いさらばえて足腰が震えている梨子を放置し、未だに麗華を追い続ける摩多羅神に向かいます。


「麗華、やるわよ!」


「おう、待ってたで、蘭子!」


 私達は印を結び、同時詠唱します。


「オンマカキャラヤソワカ」


 大黒天真言がダブルで炸裂し、隠微な仏像を粉微塵に打ち砕きます。


「ふううおおお!」


 その途端、麗華を追い回していた摩多羅神も消滅し、静けさが訪れました。


「ふご、ふご」


 梨子は一気に抜け落ちた歯を口から吐き出しながら、何とか立ち上がろうとしています。


「殺す、コロ……ス、コロコロコロ……」


 そこまで言った時、彼女の動きが停止し、ボンと砕けてしまいました。


 私は思わず目を背けました。


 邪法に手を染めて、不老不死を手に入れようとした者の末路だとわかっていても、何ともやるせないです。


 私は麗華と顔を見合わせてから、梨子に対して手を合わせました。


 他人事ひとごとではないのです。私達も一歩進む道を間違えれば、梨子と同じ運命になってしまうかも知れないのですから。


「取り敢えず、シャワー探そか。このままやと、ウチら、どこの誰とも知れん男の子種で妊娠してまうかも知れへんから」


 麗華の言葉でハッと我に返った私は、ビクッとしてしまいました。


 どうでもいいけど、身体中、酷い臭いです。


 


 エレベーターで一階に上がると、私達は浴室を探し、シャワーを浴びました。


 その時、麗華がふざけて私の胸を揉んだので、思い切り睨んであげました。


「そない怒らんでえな、蘭子」


 全く、何を考えているのかしら?


 あちこち探しても、私達の服が見つかりません。梨子の服は借りたくないですし。


 取り敢えず、バスタオルを身体に巻き、全裸生活は終了です。


「このままはさすがに帰れんからなあ」


 麗華が言います。麗華なら全裸でも平気で帰れると思ったのですが、それは言わないでおきます。


 途方に暮れそうになりましたが、ある事を思い出しました。


「瑠希弥に連絡して、私のマンションから服を取って来てもらおうか」


「ああ、それ、ええな」


 麗華はポンと手を叩きましたが、


「あ、でも、蘭子の服、ウチ、着られるかなあ」


と自分の胸を見て言ったので、


「貴女はそのままで帰ってください、八木麗華さん」


と私はムッとして居間の電話の受話器を取ります。


「ああん、冗談やて、蘭子。堪忍して」


 麗華が慌てて謝罪します。


 私は瑠希弥がお世話になっている江原雅功先生のお宅に連絡し、瑠希弥に事情を説明しました。


「すぐに向かいます」


 電話の向こうから、瑠希弥の嬉しそうな気が伝わって来ました。


 私も何だか嬉しいです。


「やっぱり、あんたら、そういう関係なんか?」


 麗華が冷たい視線を浴びせて来ます。


「違うわよ!」


 私は慌てて否定しました。


 


 瑠希弥がいるのはG県ですから、少なく見積もっても、五時間くらいはかかりそうです。


 到着は夜中になりそうですね。


「それまでどうしよか? 暇過ぎやで」


 麗華は股を広げてソファに座りました。私しかいないとしても、そんな格好はしないで欲しいです。


「疲れたから、私寝るわね」


 私は麗華の向かいのソファに横になります。


「襲っちゃおっかなあ」


 たどたどしい東京弁で呟く麗華を私はまた本気で睨みました。


「もう、蘭子、最近怒り過ぎやで」


 麗華は苦笑いして言います。


 その時、私は更にある事に思い至ります。


「いっけない、篠崎孝雄さんが事務所にいるんだった!」


 もう一度電話を使い、今度は事務所に連絡しました。


 篠崎さんには、携帯ではなく事務所の電話に連絡すると言ってあるので、彼はすぐに出てくれました。


「西園寺さんですか? 良かった、ご無事なんですね?」


 篠崎さんはホッとしたようです。


「もう大丈夫です。奥様が心配なさっていますから、おうちに帰ってあげてください」


 私は篠崎さんの声に何だか癒された気がしました。


「ありがとうございました!」


 篠崎さんが、電話の向こうで何度も頭を下げている光景が目に浮かびました。


「一件落着やな」


 麗華が手を出します。私はそれにタッチして、


「ええ、そうね」


と応じました。


 


 瑠希弥を待つ間、私達は居間にあった様々な資料や写真を見ました。


 太田梨子は、本名は太田サダ。明治四十年生まれで、今年百四歳です。


 彼女は少なくとも、八十歳は若返っていた計算になりますが、一体いつから邪法に手を染めていたのか。


 たくさんの写真を辿って行くうちに、遅くても四十代ですでに摩多羅神と出会っていたらしい事がわかりました。


「凄い執念やな。ウチにはようわからん」


 麗華は写真を投げ出し、ソファに寝そべります。


「眠くなったわ。寝る。襲わんでな、蘭子」


「誰が!」


 私は呆れ気味に突っ込み、写真を元あったケースに戻し、瑠希弥が来るのを待ちました。


 私も、老いを迎えると、梨子のようになってしまうのかしら?


 ちょっと自信がありません。


 


 西園寺蘭子でした。

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