嘘も方便?

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 ある事がきっかけで、小松崎瑠希弥という女の子の霊媒師を「弟子」にする事になりました。


 彼女は能力が高く、私の弟子として修行するようなレベルではないのです。


 とても不思議な女の子です。


 只、霊能の仕事をビジネスと割り切っているようで、ちょっと私とは相容れない部分がありますが。




 そんなある日、恐れていた事が起こりました。


「よお、蘭子、元気か?」


 いつもの調子で、親友の八木麗華が事務所にやって来ました。


「うん?」


 彼女は、私の席の隣の机で請求書を作成している小松崎さんに気づきました。


「いらっしゃいませ」


 小松崎さんは手を休めて立ち上がり、麗華にお辞儀をします。最近はすっかりスーツ姿が定着しました。


「あんた、確か……?」

 

 麗華がムッとした顔で言いかけ、私を見ます。


「蘭子、どういう事や? 何でこの女がここにおるんや?」


 麗華が凄い剣幕で私に詰め寄りました。すると、


「先生、危ない!」


と小松崎さんがお札を取り出し、麗華に投げつけました。


「うわ!」


 そのお札は「不動金縛り」のお札で、麗華は動けなくなってしまいました。


「ぬおお、このガキ、何するんじゃ!?」


 全く動けない状態で凄んでいる麗華は滑稽です。


 しばらくこのままにしておこうかと思いましたが、うるさいので助けます。


「小松崎さん、この人は、見た目はアレだけど、私の親友の八木麗華という霊能者なの」


「見た目はアレて、どういう意味や!?」


 怒りが解けない麗華が騒ぐので、私は本気で睨みました。


「す、すまん」


 麗華はすぐに大人しくなりました。


「申し訳ありませんでした、八木様。お許し下さい」


 小松崎さんは麗華の前に来て、土下座をしました。


「あ、ああ、もうええよ、あんた。気にしてへんから」


 麗華は私に睨まれたのが効いたのか、作り笑いをして言います。


「ありがとうございます、八木様」


 小松崎さんは泣いていました。この子、涙脆いようです。


「小松崎さん、悪いんだけど、飲み物をお願いね」


「は、はい!」


 こういう事を頼むのは好きではないのですが、私が動くと悲しそうな目で見るので、仕方なく彼女に頼んでいます。


 本当に、私に尽くすのが生きがいのようです。私が男性だったら嬉しいのでしょうけど。


 かと言って、小松崎さんが男性だったら、とは思いません。


「あの子、例の小松崎瑠希弥やろ?」


 小松崎さんが給湯室に行った隙に、麗華が小声で訊いて来ます。


「ええ、そうよ」


 私はあの子との関わりを麗華に説明しました。


「フーン。あんたの親父さんがあの子の婆さんをな。そうか」


 麗華はフッと笑って、


「ほなら、心配ないな。何か企んどるんやないかと思うたけど」


「私も、あの子から全く悪意を感じないから、大丈夫」


 すると麗華は何故か顔を赤らめて、


「何か、妬けるな」


「え?」


 私はギクッとして麗華から離れました。麗華は私の反応を見てムッとし、


「アホ、そういう意味ちゃうわ! あんたとあの子の関係、ええなあと思ったんや」


「そうなの」


 麗華が「そっち」のがあるなんて微塵も思いませんが、さっきは一瞬ドキッとしてしまいました。


「お待たせ致しました」


 小松崎さんが、アイスティを入れたグラスを二つトレイに載せて近づいて来ます。


 私はハッとして、


「ああ、ありがとう、小松崎さん……」


と受け取りに行きましたが、遅かったのでした。


「きゃああ!」


 小松崎さんは、全く何もないところでつまずき、盛大にグラスを放り出してしまいました。


「いたたあ」

 

 小松崎さんは肘と膝を打ったようで、立ち上がれません。


「大丈夫、小松崎さん?」


 これが日常茶飯事なのです。だから私が動きたいのです。


「蘭子、ここ、シャワーあったよな?」


 麗華が言いました。


「ええ、あるわよ……」


 小松崎さんを助け起こしながら、麗華を見ると、彼女はグラスを両手に持ち、アイスティを頭から被っていました。


 私は苦笑いするしかありません。


「あわわ、八木様、重ね重ね申し訳ありません!」


 小松崎さんが膝の痛みを我慢して、ひょこひょこと麗華に近づこうとして、また転びました。


「うわ!」


 今度は私が何とか抱き止めたので、彼女はどこも打ちませんでした。


「あ、ありがとうございます、先生」


「どう致しまして」


 また泣いている小松崎さんです。




 麗華はシャワーを浴びて、隣の仮眠室で休んでいます。


 小松崎さんは、酷く落ち込んでいて、まだ泣いています。


 麗華も彼女が気の毒になったので、仮眠室に行ったのです。


 麗華がいると、余計小松崎さんが落ち込みそうでしたので。


「私、落としたらいけないと思うと、余計落としてしまったり、転んではいけないと思うと、絶対転んでしまうんです」


「そうなの」


 私は急に思いついて、彼女の背後を見ました。


「小松崎さん、落ち込まなくていいわ。貴女に憑いている霊が、貴女に悪戯をしていたのよ」


「え?」


 小松崎さんは潤んだ目で私を見ました。私は彼女に微笑み、


「今、祓ってあげる」


と言うと、


「オンマリシエイソワカ」


と摩利支天の真言を唱えました。


「もう大丈夫よ、小松崎さん」


「は、はい! ありがとうございました、先生!」


 小松崎さんは笑顔になりました。ホッと一安心です。


 実は、彼女に霊なんて憑いていません。


 でも、こうする事によって小松崎さんが自信を取り戻してくれれば、「嘘も方便」です。


 こんな良い子、今時珍しいですね。なかなかいないです。


 あ、今ふとG県の箕輪まどかちゃんを思い出してしまいました。


 決して彼女が「良い子」でないという事ではありませんから。


 


 西園寺蘭子でした。

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