五十鈴華子の力
霊能者の西園寺蘭子とその弟子である小松崎瑠希弥は、小原理恵という女性の依頼で、彼女の友人の五十鈴華子という霊能者の呪殺を止めるために動いていた。
華子の最後の標的である錦城紅という霊媒師の邸に赴いた蘭子と瑠希弥は、錦城や他の三人の女性が嫌がらせをして自殺に追い込んでしまった星野曜子が、実は付き合う男性を破滅に導いてしまうほどの下げ運勢だった事を知った。
俗に言う「下げマン」だったというのだ。
すっかり反省した錦城の邸を出て、蘭子と瑠希弥は華子がいると思われる町へと向かっていた。
「華子の自宅の住所は小原さんから聞いてわかっているけど、のこのこ出向いたりしたら、あぶないんじゃないかしら?」
助手席で蘭子が腕組みをして呟いた。
「私には五十鈴華子がそこまで理不尽な人間とは思えないのです」
瑠希弥がハンドルを切りながら言った。蘭子はそれに相槌を打ちながらも、
「私もそう思いたいんだけど、どうも言行不一致な部分があって気になるのよね」
『それはもしかして遠回しに私を批判しているという事か?』
勘繰り体質の裏蘭子が口を挟んだ。蘭子は苦笑いして、
『そうじゃないわよ。捕まえて欲しいような事を言いながら、錦城紅を嵌めようとしているし、どちらが本音なのかわからないのよ。別に二重人格者だと思ってる訳じゃないわ。それにその説だと私自身を批判している事になるのよ』
『まあ、そういう事にしておこうか』
裏蘭子は納得していない様子だが、同意はした。
「私は挑発的な言動は彼女の本心ではないと考えています」
瑠希弥が自分の考えを言う。蘭子は瑠希弥を見て、
「どういう事?」
瑠希弥はチラッと蘭子を見てから交差点を右折し、
「強気の発言をしている五十鈴華子からは彼女の心を感じないのです。操られているというか、誰かに言わされているというか……」
「黒幕がいるという事? でも、そんな気配は全然探知できないけど? 瑠希弥は感じたの?」
蘭子は首を傾げながら前を向いた。瑠希弥は赤信号で停止して、
「私にもそのような気配は感じられません。でも、華子には別の人格はありませんから、他人の意志が介入していると考えるのが合理的です」
霊能者が「合理的」とは、フランスの哲学者のデカルトも驚嘆するだろう。
「だとしたら、どうしてそれを感じられないの?」
蘭子は車が動き出すのを待ってから尋ねた。瑠希弥はシフトレバーを操作しながら、
「それが謎です。どうして背後にいる人物を感じ取れないのか? 華子はどうしてその人物の指示に従っているのか、わかりません」
『そんな事考えても始まらないよ。当人に会えばわかるさ』
裏蘭子がお気楽な発言をした。
「そうですね」
素直な瑠希弥はそう応じたが、蘭子は溜息を吐いた。
やがて車は高速道路に入った。
『おい、瑠希弥、高速道路を使うのはまずいんじゃないか?』
裏蘭子が突然瑠希弥に言った。瑠希弥は頷いて、
「はい。危険かも知れませんが、彼女に、というより、背後にいる人物に仕掛けさせるためには、この方法が一番だと思います」
その言葉に蘭子がギョッとした。
「え? もしかして、何かされる可能性があるという事?」
「はい。私達に止めて欲しいのが華子の意志であるのなら、黒幕がそれを許すはずがありません。だとすれば、今の私達は仕掛けるには絶好の場所にいる訳です」
瑠希弥は真剣な表情でハンドルを握っている。蘭子は思わず唾を飲み込んだ。
「でも、その黒幕にしても、私達を本当に殺すつもりはないと思います」
「え? どういう事?」
今日は完全に聞き役だな、と蘭子は思った。
「何故なら、五十鈴華子と対決させたいからです。黒幕の真の狙いがどこにあるのかはわかりませんが、私達を事故死させるつもりはないようです」
瑠希弥は微笑んで蘭子を見た。蘭子は頷き、
「なるほどね。そこに何かの企みがあるという訳ね」
その時だった。車が突然急加速した。
「え!?」
蘭子は座席に叩きつけられた。
「瑠希弥?」
凄まじい勢いで後ろに消えていく風景を見ながら、蘭子は瑠希弥に声をかける。
「仕掛けて来ました。これが華子の力のようです。彼女は霊能者と言うより、超能力者と言った方が正解かも知れません」
蘭子は以前戦った超能力者の事を思い出した。
「
「はい、恐らくそうだと思います。それも想像を絶するような強さです」
瑠希弥は必死にハンドルを操作しているが、車はスピードを増した上、鋭く蛇行し、タイヤから煙が上がっている。
前後を走っていた他の車のドライバー達が驚き、瑠希弥の車から離れた。
「ハンドル操作が効かなくなりそうです!」
瑠希弥は歯を食いしばって抵抗しているが、ハンドルは左右に勝手に動き、蛇行は激しさを増していた。
「この先は緩やかなカーブですが、ガードレールの向こうは崖ですね」
瑠希弥が冷静な声で恐ろしい事実を告げた。蘭子はギクッとして道路の先を見た。確かに右に大きくカーブしているが、その向こうは何もない。
(このまま転落させるつもり? でも……)
「この危機を乗り切れないのであれば、戦わせる必要はないという事なのでしょうね」
瑠希弥はサイドブレーキやイグニッションキーを動かそうとするが、固まったようになっていた。
『もう一人の蘭子、代われ! 私が止める!』
裏蘭子が心の名で叫んだ。
『どうするつもりよ!?』
蘭子は裏蘭子が
『時間がないんだ、早く代われ!』
裏蘭子が切れたようなので、蘭子は仕方なく後ろに下がった。
「瑠希弥、気で車を止めるぞ。力を貸せ」
裏蘭子が瑠希弥を見て言った。
「はい、蘭子さん」
瑠希弥は裏蘭子が何をしようとしているのかすぐに察知し、自分の気を高め始めた。
「うおおお!」
裏蘭子も爆発的に気を高めた。二人の気が融合し、車全体を包み込んだ。
「これが西園寺蘭子様だ、よく見ておけ、ボケナスめ!」
裏蘭子が雄叫びをあげ、更に気を高めた。瑠希弥の気と裏蘭子の気はまるで巨大な風船のように膨らみ、車を覆ってガードレールに激突する直前にクッションのように衝撃を吸収し、同時に車の方向を変え、転落を阻止した。
「どうだ、参ったか!」
裏蘭子はそう言うと強制終了したように引っ込んでしまった。力を使い切ってしまったようだ。
「助かったのね、私達」
蘭子は手に汗を掻いていた。
「はい。先生のお陰です」
ハンドルの自由が効くようになったのか、瑠希弥は車の位置を調整し、速度を緩めた。
「私じゃないわ。もう一人の私のお陰よ」
蘭子が言うと、瑠希弥は微笑んで、
「私はどちらも西園寺先生だと思いますよ」
そう言われ、蘭子は照れ臭くなって俯いた。
「ありがとう、瑠希弥」
蘭子は微笑み返した。
(どちらも私、か)
瑠希弥に言われて、改めてそう思う蘭子である。
「この先のインターチェンジを降りればすぐです」
瑠希弥がカーナビを操作しながら言った。
どことも知れない薄暗い部屋の中。
高い背もたれの付いた椅子に座っている人物がいる。暗いせいで老若男女の区別がつかない。
「切り抜けたか。さすが、西園寺一族の者よ。我が眷族となる資格あり、だな」
その人物は低い声で笑った。
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