八木麗華危機一髪(中編)

 私は西園寺蘭子。霊能者です。親友の八木麗華の仲介で、村上法務大臣の警護の仕事に就きました。

 何やら、先日「お世話」になった団体さんが黒幕のようで、かなりリスキーな予感です。


「取り敢えず、大臣には人形ひとがた渡しとくわ。これが身代わりになるから、しばらくは心配ないで」

 麗華は呪文が書かれた人形を村上大臣に渡しました。

「わかりました。これをどうすればいいのですか?」

 大臣は何故か私に尋ねます。困りますよ、その視線。麗華がまたムッとしてます。

「何でウチに訊かんねん、大臣?」

「あ、いや、そういう訳ではないのだが……」

 大臣はどうやら麗華が苦手らしいです。そんなところへ現れた私は、まさしく救いの神なのかも知れません。

(そういう事なのかな?)

 何か寂しい気持ちになる私。ああ、どうしてしまったの? 自分でも不思議です。

「まあ、ええ。それは、肌に直接触れるように持っといてくれ。それから、今夜は家にも宿舎にも帰ったらあかん。蘭子の事務所に行ってもらう」

「わかりました」

 また私を見て答える大臣。麗華が今度は私を睨んでいるので、どうかその視線はやめて下さい。

「ウチらは先に行っとる。気ィつけてな、大臣」

 麗華はムスッとしたままで言います。

「行こか」

 麗華は私を睨んだまま、大臣室を出ました。私は大臣に会釈をして、麗華に続きます。

「蘭子」

 麗華は前を見たままで話しかけて来ます。

「何?」

 私はドキドキして答えました。

「あんた、大臣に惚れたやろ?」

「え?」

 ズバリ核心を突かれて、私は酷く狼狽しました。

「あんたが、あないな乙女顔になったん、初めて見たで」

「……」

 顔真っ赤状態です。自分でもそんなつもりはないと否定していたはずなのですが、付き合いが長く、恋愛にかけては大先輩の麗華には、丸わかりな態度だったようです。

「応援したいとこやけど、やめとき」

「そんなつもりはないわよ」

 私は火照る顔を仰ぎながら言い返しました。でも麗華は、

「嘘言わんでええよ、蘭子。ホンマ、こんな時やなかったら、ガンガン攻めたれって言うとこや。今は、タイミングが悪い」

「だからね……」

 私はそれでも否定しようとしました。

「大臣は、奥さんに先立たれて、もう十年になる。そろそろ、寂しい頃や」

「麗華、あのね……」

 こうなってしまうと、事件が解決するのが怖いです。麗華はどんな手を使ってでも、私と村上大臣をくっつけようとするでしょうから。

 ああ。憂鬱になって来ました。


 私達は、私の運転する車で、私の事務所があるビルに向かいました。

「!」

 しばらく走ってから、それは訪れました。

「何や、あれ?」

 麗華が呟きました。車の斜め上に、人が浮いています。ボンヤリしていますが、どうやら僧侶のようです。ちょっと気味が悪いです。

「霊、ではないようね」

 私もその妙な現象を見て言いました。

「蘭子は運転に集中せい。あれは、ウチが始末する」

 麗華がお札を胸の間から出して言いました。相変わらず、変なところにお札を入れています。そのうち、バチが当たるのではないでしょうか?

「八木麗華。知っているぞ、私は」

 その僧侶が喋り出しました。私は思わず麗華と顔を見合わせてしまいました。

「何や、お前? ウチの事、知っとるんか?」

 麗華はキッとして僧侶に言い返します。そして、サンルーフを開くと、立ち上がりました。

「危ないわよ、麗華」

「このままにしとく方が危ない」

 麗華は僧侶を睨んだままで言いました。

「お前に私を始末する事などできぬ。お前は、本当はとても弱い人間だからな」

「何やて!?」

 麗華はカッとなったようです。私には敵の真意がわからず、何となく嫌な感じになっています。

「ほう。随分と『弱い』という言葉に敏感なようだな」

「五月蝿いわい!」

 麗華はすっかり敵のペースに呑まれています。このままやり合っていたら、危険です。

「いけない、麗華! 相手の誘いに乗り過ぎよ!」

「黙っとれ、蘭子! 弱い言われてそのまま引き下がれるかい!」

 麗華はすっかり逆上してしまっています。彼女のNGワードは、「弱い」なのです。普通の人以上にその言葉に反応してしまうのです。

(でも何故そんな事がわかるの?)

 もしかして、敵はそういう能力の持ち主? だとすると、ここは逃げないといけません。

「麗華、ごめん!」

 私はアクセルを強く踏み込み、急加速しました。

「わっ!」

 麗華はそのせいでバランスを失い、座席に倒れ込みます。

「蘭子、あんたな!」

 怒る麗華に構わず、私は速度を上げました。

「いくら逃げても無駄だぞ。私から逃れるすべはない」

 斜め上の僧侶はずっとそのままです。

「ならば!」

 私は摩利支天の真言を唱えました。

「オンマリシエイソワカ!」

 しかし何も起こりません。

「愚か者が。私は悪霊ではない。聖なる存在なのだ。お前らの使うどのような術も、この私には通用しない」

 私はギクッとして、僧侶を見ました。一体何者? 

「うわああああっ!」

 麗華の様子が変です。どうしたのでしょう?

「麗華!」

 私はすぐに近くの路肩に車を停めました。

「八木麗華は、すでに私の術中にある。死んだも同然だ」

 僧侶の言葉に、私は麗華を見ました。彼女はガクガクと震え、頭を抱えて踞(うずくま)っています。

「あああああっ!」

「何をしたの、麗華に!?」

 私は僧侶を睨みつけました。

「大した事ではない。その女のトラウマを呼び起こしただけの事。今、その女は、昔の自分に戻り、悪霊に追いかけられている」

「何ですって?」

 やはり、心を操る術。しかも、そういう呪術に対して耐性を持っているはずの麗華を易々と陥れてしまう。これは危険です。

「麗華!」

 私は麗華を車から引きずり出し、抱えるようにして走りました。

「逃げても無駄だぞ」

 僧侶は言いました。でも何故か追いかけて来ません。私の読みは当たっていました。あの僧侶は、車のどこかに貼られたお札を介して現れているようです。でも、心を操ったのは、別の場所からです。確かに逃げても無駄かも知れません。

(でも、私の事務所に着ければ!)

 私は絶望的な思いで、走りました。

「麗華……」

 怯えて震えている麗華。彼女は今は力を使いこなせなかった頃に戻ってしまっています。そして、あの僧侶。一体どうしたらいいのか、私は必死で考えました。でもわかりません。只逃げるだけ。私達は本当に追いつめられていました。

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