意外な過去
私は西園寺蘭子。霊能者です。
最強の敵となった近藤光俊は、親友の八木麗華を始めとする仲間の協力で何とか浄化できました。
こんどこそもうダメと何度思ったかわからないくらいきつい戦いでした。
そんな中での一番の驚きは、心霊医師の矢部隆史さんが麗華のお父さんだという事でした。
似ても似つかないと言うのは失礼でしょうが、全く共通点がない二人です。
どちらかと言うと饒舌で、喋り出したら止まらない麗華と、寡黙な矢部さん。
派手な服装が多い麗華と地味な服の矢部さん。
本当に親子なのかと疑ってしまいますが、二人の魂を霊視した限りでは、間違いなく親子です。
それでも信じられないのですけど。
私は、弟子の小松崎瑠希弥、そして瑠希弥の姉的存在の椿直美さんと共に近藤の呪術の犠牲になった女子高生や彼に魂を取り込まれていた高僧、更には過去に近藤に命を奪われた全ての人達のために祭壇を組み、読経しました。
とりわけ、女子高生達は肉体を穢され、魂を分断されるというこの上ない苦痛を与えられたので、心を込めて読経しないと悪霊化してしまう可能性すらあるのです。
石畳の上に残っている肉体は瑠希弥の感応力で個体識別をし、できる限り同じ人のものを一つに集めました。
それでも、近藤の呪術で消えてしまった肉体もあり、完全という訳にはいきませんでしたが。
彼女達の霊は私達の行為をとても感謝してくれました。
皆迷わずに逝くべき所に逝けるようでホッと一安心です。
「ここに塚を築き、定期的に読経するようにしましょう」
椿さんが提案してくれました。
「そうですね」
私と瑠希弥は大きく頷いて同意しました。一度だけの読経では晴らし切れない悲しみもあるのです。
近藤はその手にかけた女子高生を「非処女」だと断じていましたが、友人に巻き込まれる形で犠牲になった何も知らない子もいました。
あまりに切なくて泣きそうになりましたが、読経中はそんな感情は許されないので堪えました。
魂は成仏しても残留思念が留まると、以前戦ったサヨカ会の宗主の鴻池大仙のように害をなす場合があるのです。
ですから、定期的な読経は必要だと思います。
それから、事件の発端を教えてくれた村上春菜ちゃんに連絡し、無事解決した事を報告しました。
一通り後始末がすんでから、私達は矢部さんと麗華の親子の様子を観察しました。
あまり近くで見ているのも悪い気がしたので、林の中からこっそり覗く感じです。
それでも、麗華の声が大きいので、会話の内容はあらかたわかりましたが。
「矢部ッチがおとんやったんは、それはそれで嬉しい。初めて会った時から、他人とは思えへん雰囲気があったからな」
麗華は照れ臭そうに俯き、矢部さんに語りかけます。
矢部さんは真顔で麗華を見ているだけで、何も返しません。
「そやけど、何で今まで黙っとってん? 酷いやないか!」
麗華の目が潤んでいるので、矢部さんは面食らったようです。しかし、何も言い訳をしようとしません。
「何でなん?
麗華は涙を堪えながら矢部さんに詰め寄りました。
しばらく二人の間に沈黙が続きました。
端で見ている私達も息を止めてしまうくらい二人の間の空気が緊迫しているのがわかります。
「それが麗華を引き取ってくれたご夫婦との約束だったからだよ」
矢部さんは麗華の視線に堪えられなくなったのか、目を伏せて答えました。
麗華は目を見開いたまま停止してしまいました。
「麗華が産まれた当時、私はまだ大学一年生だった。父親になれるだけの金も立場もなかった」
矢部さん、衝撃の過去です。十八歳か、十九歳の時という事です。
「麗華の母親は大学の講師だった。彼女は心霊研究の第一人者で、私の特異な能力に興味を持ち、研究させて欲しいと言って来た」
私は思わず椿さんや瑠希弥と顔を見合わせてしまいました。
「最初は研究者と被験者の関係に過ぎなかった。だが、男女の関係になるのにそれほど時間はかからなかった」
矢部さんが麗華のお母さんと出会った時、まだ高校三年だったという事ですよね。更にドキドキして来ました。
「やがて彼女は妊娠し、麗華を産んだ。しかし、学生と肉体関係を持ったという理由で、彼女は講師をクビになってしまった」
矢部さんの話に麗華がピクンと顔を上げ、
「それ、おかしいやん! お互い同意の上やろ? それに矢部ッチかて十八歳未満やないから、何も問題ないやん!?」
やや興奮気味に言いました。確かにそうですね。
「それはあくまで表向きだよ。本当は彼女の研究に反対する学閥が彼女を追放するために仕組んだ方便なんだ」
どちらかと言うと無表情な感じがする矢部さんが「怒」の感情を露にしました。
「職場を追われ、収入を断たれ、やがてはアパートまで引き払う事になった彼女は、それでも実家で何とか出産をした。私もその場に立ち合ったが、かなりの難産だったよ」
麗華は自分のせいで母親が苦しんだのが悲しいのか、また目を潤ませています。
「実家も、協力してくれたのはそこまでだった。田舎の旧家だったから、世間体をものすごく気にする家でね。とてもそのまま留まる事はできなかった。彼女の両親からわずかばかりの金を渡され、追い出された」
瑠希弥を見ると、麗華より先に泣いてしまっていました。相変わらず涙脆いです。
もしかすると、話の先まで見えてしまっているのかも知れませんが。
「彼女の知り合いを頼って、日本中を転々とした。そのせいで金はすぐに底を尽き、麗華を育てる事は不可能になって来てしまった」
気がつくと私も泣いています。相も変わらず涙脆い師弟です。
「そんな時、手を差し伸べてくれたのが、八木夫妻だった。全ての事情を了解した上で、麗華を養女に迎えると言ってくれたんだ。そして、講師をクビにされた彼女の就職先まで斡旋してくれた。八木夫妻がいなければ、私達親子は野垂れ死んでいたかも知れない」
矢部さんはそう言うと泣いている麗華を見た。
「ごめん、おとん。そない
麗華は矢部さんに抱きついて泣き出してしまいました。矢部さんは目を見開いて驚いているようでしたが、優しい顔になって麗華を抱きしめ返し、
「そんな事ないよ、麗華。私こそすまなかった。麗華に最初に会った時、何度も本当の事を言おうと思ったのだが、八木夫妻との約束を思い出して、どうしても言えなかった」
麗華は何を思ったのか、矢部さんから離れ、
「そう言うたら、ウチの実のおかんは今どないしてるん?」
矢部さんの顔を覗き込むように尋ねました。そう言えば、どうしているのでしょう?
「彼女は今、東大で心霊研究を続けているよ」
矢部さんは微笑んだのでしょうか、顔を引きつらせて言いました。え? 東大? 東大って、あの東大ですか?
「もしかしてその方は、岡本綾乃教授ですか?」
椿さんが尋ねました。矢部さんはハッとして私達を見ました。
「ええ、そうですが? 妻をご存知なのですか?」
妻? 結局結婚したのですか、矢部さん?
「もちろんです。心霊研究の第一人者の岡本教授を知らない訳がないです」
椿さんがそう言って私を見ますが、ごめんなさい、私、知りません。まずいのかしら?
後で知ったのですが、岡本教授はかなり有名な人らしいです。
「麗華を八木夫妻に託してから、妻はどんどん出世の道を邁進しましたが、私は何をやってもうまくいかず、つい邪法に手を染めてしまいました」
矢部さんはそこから十年以上奥様と絶遠されたそうです。それはそうですよね。
「そんな時、西園寺さんのお父上に出会って、邪法から抜け出せました。そして、心霊医師の師匠に付き、学びました」
私の父である公大は矢部さんとも関わりがあったのですか。交友関係が広いですね。
「それから近藤が現れ、西園寺さんのお父上と戦う事になります。そもそも、お父上が近藤に関わったのは、蘭子さんが通っていた小学校の教師だったからなのです」
「ええ!?」
矢部さんの言葉に私だけでなく、椿さんも麗華も驚いています。
瑠希弥だけがすでに見抜いていたのか、驚いていません。
「それにしても、縁は異なものやなあ」
麗華は涙を拭いながら呟きました。そして矢部さんを見ると、
「取り敢えず、一発殴らせてんか、矢部ッチ? それでチャラにしたる」
とんでもない事を言い出しました。
「ちょっと麗華、何言ってるのよ、矢部さんはね……」
私は麗華を説得しようとしましたが、
「わかった。かまわないよ」
矢部さんがあっさり承諾してしまいました。
「矢部さん!」
私が更に何かを言おうとすると、
「先生、大丈夫ですよ」
瑠希弥に止められました。
「覚悟はええか、矢部ッチ? ウチの拳固は強烈やで」
麗華は殴る気満々で右の拳を振り回しています。全然大丈夫な雰囲気ではないです。
「本当に大丈夫ですよ、蘭子さん」
椿さんまでそんな事を言います。でも、感応力では私の遥か上を行く二人がそう言うのですから、信じるしかないですね。
「いくで!」
麗華が叫びました。矢部さんも身を縮めて目を瞑ります。
「おらあ!」
麗華の拳が矢部さんの眉間に向かいました。
「え?」
と思ったら、彼女の拳は矢部さんの額に軽く触れただけでした。矢部さんはキョトンとしています。
「おとんを本気でどつける訳ないやん。何ビビッとんねん」
麗華は泣き笑いして言いました。私と瑠希弥ばかりでなく、椿さんももらい泣きしています。
なかなかいい親子関係が築けそうで羨ましいです。
西園寺蘭子でした。
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