小松崎瑠希弥

霊能者裏事情

 私は西園寺蘭子。霊能者です。除霊、お祓い、祈祷、占い、骨董品鑑定、人探し。いろいろ承っております。


 先日、久しぶりにG県の霊感少女箕輪まどかちゃんからメールがありました。


 G県のS市にある「空の国公園」という遊園地で幽霊騒ぎがあり、まどかちゃんと彼氏の二人で除霊したそうです。


 羨ましい。中学生で彼氏あり、ですか。私なんて、生まれてこの方、彼なんてできた事が……。


 いけません。あまりネガティブになると、「いけない私」が出て来てしまいます。


 まどかちゃんのメールには、私の親友八木麗華の事が書かれていました。


 どうやら、その遊園地は、麗華のお得意様だったようです。


 もし、麗華がその事を知って怒ったら、宥めて欲しいと書かれていました。


 まどかちゃんは、麗華の「お礼参り」を恐れているようです。


 私も、麗華ならやりかねないと思い、


「心配しないで。私が話をしておくから」


と返信しておきました。




 そして。私は麗華に連絡し、


「たまには高級レストランで食事でも」


と誘いました。


「奢りか?」


 麗華のあけすけな質問に、私はちょっとだけイラッとしましたが、


「当然よ。私が誘ってのだから」


「ほなら、行くわ」


 あっさりOKです。


 


 高級ホテルの最上階の高級レストラン。窓の向こうの夜景が奇麗です。


 確か以前、「ガチで食べます」という某テレビ局の番組で紹介されていたところです。


 本当なら、素敵な殿方と来たいのですが、今日は麗華を宥めるのが目的ですから、仕方ありません。


「おお。気張ったな、蘭子。大丈夫なんか?」


 麗華には私の両親の遺産の事は隠していますから、彼女は私のお財布の心配をしてくれます。


 前に、タクシー代が足りなくて助けを求めて以来、彼女は私の事を「貧乏なのに無理している」というキャラ設定で見ているようです。


 まあ、その方が都合がいい時もありますけど。


「大丈夫よ。この前、臨時収入があったの」


「ホンマか? 無理せんでええで。足りんのなら、ウチが出すから」


 麗華は真剣な顔で言います。そこまで貧乏だと思われているのも、何か嫌です。


「G県の空の国公園て知ってる?」


「ああ、知ってるで」


 麗華は前菜をパクリと食べて言いました。


「そこのお化け屋敷で、幽霊騒ぎがあったのよ」


「ほお、さよか」


 あれ? 何か、様子が変です。でも話を進めてみます。


「で、たまたま居合わせた私が、その霊をお祓いして、謝礼をもらったのよ」


「フーン。で、いくらもろうたん?」


 ここで訊きますか、そういう事を?


「内緒。だから、今日は遠慮しないでね」


「ああ、わかった」


 麗華は、空の国公園の事に興味がないみたいです。


 どうして? 麗華じゃないのかしら、がめつい霊能者って?


 


 やがて食事は終わり、コーヒータイムはロビーに降りて楽しみました。


 こちらのお店はコーヒー専門店なので、レストランのものより美味しいのです。


「蘭子」


 麗華が急に真剣な表情で言います。


「何?」


 私はコーヒーカップをソーサーに戻して彼女を見ました。


「あんた、ヤバいで」


「え?」


 麗華は声を低くして、


「空の国公園のお化け屋敷は、顧問の霊能者がおるはずや」


「え?」


 何て事でしょう? がめつい霊能者とは、麗華の事ではなかったのです。


「確か、小松崎瑠希弥っていう、ものごっつがめつい女や」


 麗華が言うと、本当に凄くがめつそうに聞こえます。


「そんな奴やから、自分の商売を邪魔されたら、呪い殺されるかも知れんで」


「ええ?」


 私は仰天しました。


「でも、大丈夫か。蘭子なら、あんな二流霊能者、屁ェでもないな」


 麗華はおかしそうに笑いました。


 まずいです。


 その小松崎さんが空の国公園に連絡すれば、除霊をしたのがまどかちゃん達だとわかってしまいます。


「ねえ、その人、どこにいる人なの?」


 私は心配になって尋ねました。麗華はニヤッとして、


「あんたが相手にするような霊能者やないで。多分、あの女、相手があんたて知ったら、ションベンちびるで」


「……」


 麗華の品のない言葉はこの際どうでもいいです。


 このままにしておくと、まどかちゃん達が危険です。


「そんな事はどうでもいいから、小松崎って人の居場所を教えなさい」


 私は麗華を睨みつけて言いました。麗華は途端に居ずまいを正して、


「は、はい」


 ああ。また怖がられてしまった。


 


 小松崎さんは、私の事務所からそれほど離れていないところに住んでいました。


 翌日、私は早速小松崎さんのところに向かいました。


「この辺ね」


 私は古いアパートが立ち並ぶ狭い路地を歩きました。


「ここみたい」


 目の前の木造アパートは、


「幽霊屋敷?」


と尋ねたくなるような造りです。築五十年くらい経っています。蔦もたくさん絡まっています。


「うわ」


 アパートは路地に対して横向きに建てられているので、各部屋に行くには隣のアパートとの境界のボロボロの板塀沿いに奥へと進まなくてはなりません。


 しかもろくに日が当たらない地面にはコケがビッシリ生えていて、慎重に歩かないと滑って転びそうです。


「この部屋?」


 表札には、


「小松崎」


と書かれています。


「ごめん下さい」


 私はドアをノックしながら呼びかけました。


「お金ならないよ」


 小松崎さんでしょうか? 私を借金取りと間違えています。


「違いますよ。私は西園寺蘭子と言います」


 その途端、ドタドタと足音が響き、ガシャッとドアが開きました。


「さ、西園寺先生、ですか?」


 顔を出したのは、まだ高校を卒業したばかりくらいの若い女の子でした。


 がめついと聞いていたので、てっきり麗華のような雰囲気の女性かと思ったのですが。


 それは偏見ですね。ごめんなさい、麗華。


 部屋を覗くと、酷く汚れています。でも、小松崎さんは、キチンとお化粧をしていて、衣装も華やかです。


 どちらかと言うと、霊媒師っていう感じですね。


「な、何でしょうか?」


 小松崎さんが私を見る目が、アイドルを見る目と一緒です。キラキラしているのです。


「取り敢えず、出られますか? お話をしたいので」


「ああ、はいはい、大丈夫です!」


 小松崎さんはニコニコしながらそのまま部屋を出て、鍵をかけます。


「すぐそこに喫茶店があったので、そこで話しましょうか」


「はいはい」


 何だか拍子抜けです。いい子みたいで、ホッとしました。


 


 喫茶店に着くと、私は彼女にまず仕事を取ってしまった事をお詫びし、報酬を渡すと言いました。


 ところが、彼女は意外な事を言ったのです。


「そんな事はお気になさらずに。それより、お願いがあります」


「はい?」


 私はキョトンとしてしまいました。


「私を先生のところで働かせて下さい。いえ、修行させて下さい!」


 小松崎さんは、深々と頭を下げました。


「えーと……」


 困ってしまいました。こんな展開になるなんて……。


 でも、丸く収めるためには、承諾するのが一番のようです。


「わかりました。でも、私の修行は厳しいですよ」


「ありがとうございます! 頑張ります!」


 キラキラとした目で私を見る小松崎さん。


 ああ、これからどうなってしまうのかしら?


 


 西園寺蘭子でした。

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