調査開始

 霊能者の西園寺蘭子は、自殺した親友の仇を討つために呪殺を繰り返す五十鈴華子を止めて欲しいと小原理恵に依頼された。


 すでに華子は三人の女性を呪殺しており、残りの一人は親友を自殺に追い込んだ首謀者だという。


「もし私を止めたいのなら、西園寺蘭子という人を訪ねなさい。そうすれば、最後の殺人は未遂に終わるかも知れないわ」


 華子の挑発とも取れる言葉。そして、蘭子達に理恵の心を覗けないように妨害した事。


 事件に裏があると読んだ蘭子は、弟子の小松崎瑠希弥と共に調査を開始した。


 


 蘭子と瑠希弥は事務所の地下にある降霊のために造られた部屋に行き、華子に呪殺された女性達の霊を呼び出す事にした。


 その感応力の高さと霊媒師としての素質を合わせ持つ瑠希弥が降霊を開始したが、何故かどの女性の霊も呼び出す事ができなかった。


「どういう事かしら?」


 蘭子が腕組みして考え込むと、


『華子が縛っているんだよ。それくらい読めよ、もう一人の蘭子』


 蘭子の中に棲んでいる裏蘭子が言った。蘭子は裏蘭子の言葉にムッとして、


「うるさいわね」


 そして瑠希弥を見た。


「五十鈴華子という人の真意がわからないわ」


 瑠希弥は降霊を中止して、


「はい。小原さんには如何にも自分を止めて欲しいような素振りを見せながら、小原さんの心を覗くのを妨害したり、呪殺した女性達の霊を拘束したりで、矛盾がありますね」


 彼女の感応力を以てしても、華子の考えは見抜けないようだ。


「どっちが彼女の真意なのかな?」


 蘭子は首を傾げた。


『考えていても仕方ないよ、もう一人の蘭子。直接五十鈴華子に訊いてみるしかないだろ?』


 裏蘭子が口を挟む。


「そんな簡単に言わないでよ。私達を挑発するような相手には、慎重にいかないと、痛い目に遭うわよ」


 蘭子は裏蘭子をたしなめた。


「ここにこれ以上いても何も得るものはないから、五十鈴さんの最後の標的である女性のところに行きましょうか?」


 蘭子は瑠希弥と降霊の道具を片づけながら言った。


「はい、先生」


 瑠希弥は真顔で頷いた。


 


 二人は、理恵に教えてもらった女性の家に車で向かう事にした。


 瑠希弥が車を運転している。いざという時、裏蘭子に入れ替わって幽体離脱をするためだ。


 蘭子は調査用紙に書かれた項目を見ながら呟く。


「最後の標的の女性の名前は、錦城きんじょうくれないさんか」


「先生、その人の名前、聞き覚えがあるのですが……」


 瑠希弥が大通りに出る道を左折しながら言う。


「知っているの?」


 蘭子はシートベルトの捩れを直しながら尋ねた。瑠希弥は後方確認をして車線変更し、


「はい。それほど有名ではありませんが、確か霊媒師です。それもいい噂は聞かないです」


「霊媒師?」


 蘭子は目を見開いて瑠希弥を見た。瑠希弥はハンドルを切りつつ、


「その人が首謀者であるのは、理由がありそうです。錦城さんと自殺した星野曜子さんには関わりがあったようです。だから、星野さんの住所も知っていたようです」


「現実にも知り合いだったという事?」


 蘭子は前を向いて重ねて尋ねた。瑠希弥を見ていると、ドキドキして来てしまう自分がいるからだ。


「その辺がはっきりしません。錦城さんに星野さんの気を感じる事ができる程度で、顔見知りなのかどうかも定かではないのです」


 瑠希弥は申し訳なさそうに応じた。


「瑠希弥がそのくらいまでしか見抜けないとなると、互いに見知った関係という事ではなく、錦城さんが一方的に知っている関係なのかも知れないわね」


 蘭子は右手を顎に当てて思案顔で言った。


「はい。錦城さんの思念からは、憎悪と嫉妬を強く感じます。もしかすると、男性関係かも知れません」


 そう言いながら瑠希弥は顔を赤らめた。


「同じ男を好きになったとか、かな?」


「そ、そうですね」


 瑠希弥は苦笑いをしている。もっと何かわかっているようなのだが、蘭子には言おうとしない。


『瑠希弥、恥ずかしがってないで、錦城紅が何故星野曜子を恨んでいたのか、教えろ』


 裏蘭子が割り込んで来て、瑠希弥に命令した。しかし瑠希弥は顔を赤くするばかりで、


「それは、錦城さんに訊いてください……」


 どうしても話そうとしない。


『もう一人の私、瑠希弥を虐めるんじゃないわよ』


 蘭子が心の中で裏蘭子に怒った。


『虐めてなんかいないだろ? 情報を出し惜しみする瑠希弥が悪いんだ』


 そんな二人だけの会話も、感応力が強い瑠希弥には丸聞こえだ。


「すみません。どうしても私の口からは言えないです。直接お確かめください、蘭子さん」


 瑠希弥はまた申し訳なさそうに裏蘭子に言った。


『仕方ないな』


 裏蘭子はようやく諦めたらしく、そこからは口を挟まなくなった。


「星野さんの思念は錦城さんには全く向いていないの?」


 蘭子が質問を変えた。瑠希弥はホッとした顔で、


「全くではないと思います。すみません、はっきりしなくて……」


「仕方ないわよ。錦城さんに会えれば、もう少しわかるでしょ?」


 蘭子は瑠希弥をいたわるように微笑んだ。


「ありがとうございます、先生」


 瑠希弥も微笑み返した。


 


 しばらくして、錦城紅の家に着いた。蘭子が想像していたのより、そこは豪邸だった。


「それほど有名ではない霊媒師にしては、随分と羽振りがいいわね」


 蘭子は門の前に停めた車を降りて邸を見渡した。


「そうですね」


 瑠希弥も門の奥に見える中世ヨーロッパ風の城のような建物を眺めて応じた。


 蘭子が門に備え付けられたインターフォンで呼びかけると、


「お待ちしておりました。そのままお車でお入りください」


 錦城らしき女性の声が応えた。


 門が自動で開き、蘭子と瑠希弥は車に戻って中に進んだ。


 玄関の車寄せまで行くと、観音開きの大扉を開けて、女性が一人出て来た。噂の霊媒師の錦城紅である。


 如何にもという派手な衣装、風が起こせそうな長い付け睫毛とテカテカ光るルージュを引いた唇、魔女のような高い鼻。


 漆黒と呼ぶのが相応しい髪は縦ロールで胸の辺りまで伸ばされている。


 年齢は蘭子と変わらないのであろうが、衣装と化粧が老けさせている。三十代前半に見えるのだ。


「ようこそいらっしゃいました、西園寺先生、小松崎先生」


 瑠希弥は「先生」などと呼ばれる事が滅多にないので、目を見開いてしまった。


「そのご様子ですと、五十鈴さんから何か言われているようですね?」


 蘭子が探るような目で言った。「五十鈴」という名を聞き、一瞬ピクンとした錦城だったが、すぐに作り笑顔になり、


「立ち話では失礼でしょうから、どうぞお入りください」


 扉を大きく開き、二人を中に招き入れた。


(この人、あまり警戒している様子がない。どうしてなの?)


 蘭子は落ち着いている錦城の態度に疑問を抱いた。


 蘭子の疑いの眼差しを感じないのか、それとも惚けているのか、錦城は二人を居間に通した。


 邸の大きさも中の豪華さも、蘭子達が借りている椿直美の邸と遜色がない。


「どうぞ、おかけください」


 蘭子と瑠希弥は勧められて、本革の白のソファに腰を下ろした。


「紅茶でよろしいですか?」


 錦城が微笑んで尋ねる。


「はい」


 蘭子も微笑んで返した。そして、


「五十鈴華子さんによって、すでに三人の方が亡くなっていると聞きました。それなのに貴女は随分落ち着いて見えるのですが?」


 笑顔のままで単刀直入に言った。すると錦城は紅茶をカップにポットから注ぎながら、


「その三人は呪詛返しで死んだのです。五十鈴華子には私を殺す事はできませんよ」


 背筋に悪寒が走りそうな笑みを浮かべて言った。蘭子は思わずビクッとしてしまった。


『先生、錦城さんの言っている事、本当です。彼女は呪詛返しで五十鈴華子さんの力を跳ね返しました。それが三人の女性に飛んでしまったようです』


 瑠希弥が蘭子の心に語りかけて来た。


『だけど、それは五十鈴華子の力が錦城紅に劣っているからじゃない。油断させているんだ』 


 裏蘭子が割り込んで来て言った。


『何だか、たくさんの思いが交錯しているようね』


 蘭子は女の情念が絡み合っているのを感じ、身震いしそうになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る