第30話 開け、次元の扉!

 次元を超える魔法。それはエルミーナが死の間際に俺に渡すように父親に託していたもの。いったん魔法士団の研究所に解析を命じていたが、しばらくして「解析不能」という回答と共に戻って来ていたのだった。あまりにも斬新な理論過ぎて、すぐには理解すらできないとのことだった。わかったのは、このスクロールが一枚絵に見えて、複数の魔法陣による多重構造になっていること、起動に莫大な魔力を使うこと。それこそ、国中の魔法士を集めても足りない程に。


 実用的では無い、という評価もついていたが、俺はそれをずっと鞄に入れていた。エルミーナとの約束だったから。彼女の魔法を常に側に置くと。彼女は置いておくだけじゃなくて、ちゃんと使ってくれと不満顔だったけれど。


 その約束が、今、俺を、世界を救う。起動に必要な魔力は膨大だ。アデリアの魔力を受け継いだ俺でも足りるかどうか。だが、逡巡している暇は無い。


「リアーナ、俺をブーストしろ!」

「わかった」


 俺のやらんとしていることを瞬時に理解したのだろう。彼女にも逡巡は無かった。スタッフを俺に向けると、一瞬何かを念じるように目を閉ざす。そして目を開けた瞬間、俺の足元に魔法陣が浮かび上がり、身体が包まれた。


 そして吹き出す膨大な魔力。黒の魔法が、白の魔法が、そして黄金の魔法が目に見えぬ炎となって吹き上がった。アデリアの魔力を受け継いだ俺の魔力は、それまでの何倍にも膨れ上がっている。それをさらに、さらにブーストする。


 アデリアの力とエルミーナの知識が俺を手助けしてくれる。二人の思いを乗せて今こそ開け、次元の扉!!


 魔力を流されたスクロールの魔法陣が発光していく。と、目の前に巨大な魔法陣が出現した。一重では無い。バンッ、バンッ、バンッ、と音を立てて、何重もの魔法陣が展開していく。


 その幾重もの魔法陣に、小さな塊が飛び込んだ。猫くらいの大きさのそれは、ラーケイオスの分体。偵察に乗り込んだちびラーからの視覚が共有される。そこに広がるのは、血の滴るような真っ赤な世界。そして蠢く、金色の炎のような巨大なエネルギーの塊、あれこそがセラフィールの本体。


 俺だけでは無い。ちびラーの本体であるラーケイオスはもちろん、リアーナもそれを視認した。視覚を共有できないエヴァには、魔法陣のどこの座標を狙えばいいかを教える。出し惜しみは無し。今、ここにある全ての力をもって本体を叩く!


「行くぞ!」


 その掛け声とともに、ラーケイオスの最大級のブレスが、リアーナの魔法弾が、エヴァの聖撃カエレスタインパルスが、そして、龍神剣アルテ・ドラギスの光の刃が、魔法陣に突き立った。それは正確にセラフィールの本体を貫く。


「おのれ……、おのれぇーーーっ! 虫けらめが、良くも!」


 セラフィールの顔に、初めて苦悶の表情が浮かんでいた。本体を攻撃されるとは思ってもいなかったのだろう。だが、それでも、まだ致命傷に至っている感じは無い。全員のフルパワーで攻撃したにもかかわらず。


 セラフィールが大きく腕を振りかぶる。巨大な反撃が来る、と身構えた、その瞬間だった。


 彼の頭上に、巨大な魔法陣。何だと思う間もなく、それが落下するように、一気にセラフィールを地に叩きつけた。


「く、くそっ! アースガルドか!」


 魔法陣はセラフィールだけでなく周囲のあらゆるものを、木を、岩を、それどころか、大地そのものを圧し潰していく。それは恐ろしいまでの超重力。


 その重力の井戸の底で、だが、セラフィールは立っていた。全身にのしかかって来る力に耐え、ギリギリと歯ぎしりしながら。


「舐めるな、アースガルド! 不意打ちは喰らったが、この程度で余が膝を屈すると思ったか!」


 一方の俺達は混乱していた。いきなりの展開についていけない。セラフィールの言葉から察するに、アースガルドが遠距離から攻撃しているのか? そんな困惑する俺の頭の中に大音響の竜の声が響き渡る。


『小僧、時間が無い! 影が我のくびきから脱する前に決着をつけるぞ!』


 ラーケイオスとは別の竜の声、それではこれがアースガルドなのか? その声はそれで終わりでは無かった。


『巫女よ、その男と我を早く繋げ!』

『は、はい!』


 言われるがままに、リアーナが俺の背中に両手を当てて、アースガルドとのパスを繋げたようだった。


「きゃあっ!」

「リアーナ?」


 突然の悲鳴に、彼女の身を案じたのも一瞬だった。巨大な魔力が流れ込んでくる。まるで背中を割って、無理やりねじ込んでくるような感覚。ラーケイオスの魔力とも、アデリアの魔力とも比べ物にならない。暴力的なまでの魔力の奔流。


 痛い、痛い、身体がはじけそうだ。1リットルしか入らない袋に、むりやり100万リットルも詰め込もうとしているような、そこまでの無茶苦茶な所業。気が遠くなる。失いそうになる意識の片隅で、リアーナが泣き叫んでいるのが聞こえた。


『やめて、やめて下さい! アースガルド様! ラキウスが死んじゃう! やめてえっ!』

『案ずるな。ここで死ぬなら、そこまでの奴だっただけのこと』

『だめぇっ! ラキウス! ラキウス! 嫌あぁっ!』


 彼女も強制的にパスを繋げ続けさせられているのだろう。俺の背から手を離すこともできず、ただ、泣き叫ぶことしかできずにいた。そうしている間にも、膨大な魔力が流れ込み続けている。視界が真っ赤に染まった。血管が切れたのだ。恐らくは全身から血が噴き出しているだろう。


「ああああああああああああああああああっ!!」


 吠えた。それしかできない。意識を保つにはそれだけが出来ることの全てだった。だが、それにもようやく終わりが来る。


『終わりだ』


 身体を見る。全身が金色に染まっていた。流れ出た血までもが赤い色の中に金色の光を宿している。アースガルドの魔力を限界まで受け入れた。後はやる事は一つしかない。


 龍神剣アルテ・ドラギスもまた、異様な輝きを放っていた。剣どころか柄までもが金色の光にあふれ、魔石にはヒビが入りつつあった。


 その龍神剣アルテ・ドラギスを振りかぶる。狙うはセラフィール本体。一撃で決める!


「アデリアの仇! 思い知れぇっ!!」


 瞬間、世界は黄金の光一色に染まった。ラーケイオスのブレスよりも更に強烈な光。龍神剣アルテ・ドラギスからほとばしった光は収束し、魔法陣に吸い込まれる。同時に、龍神剣アルテ・ドラギスは根元から崩れ去った。だが、剣は壊れても、光はセラフィール本体を捉えた。ちびラーの視界の中で爆散していくセラフィールの姿が見える。同時に、目の前の影も倒れ伏した。


「……おのれ、おのれ、アースガルド」

『最初から全力で戦っていなかったお前の失策だ』


 セラフィールの怨嗟に応える声とともに、周囲全てが暗き闇に覆われる。その闇の元を追い、上を見上げ、仰天した。そこには天の全てを覆い尽くしてなお足りない黒き姿。いや、あれが竜だと言うのか? 下を飛んでいるラーケイオスが豆粒ほどにしか見えない。もはや、全身を捉えることすら不可能なほど巨大な竜。


 そのアースガルドから再び、強い魔力の波動が発せられる。それと共に絶叫が迸った。


「ギャアアアアアアッ!!」


 セラフィールの影が魔法陣に圧し潰されていく。しばらく足掻いていたセラフィールであったが、見る見るうちに消滅していった。


『もうゲートを閉じてよいぞ』


 その声に慌てて次元の穴を閉じると、アースガルドに向き直る。


『セラフィールは死んだのか?』

『いや、あの程度で死ぬようなやわな奴では無い。1000年後くらいには復活して、またやって来るのではないか』

『気の長い話だな』

『1000年など、我らにとっては一瞬だからな』


 目の前の超巨大竜には他にも聞きたいことが山ほどあった。竜の騎士は本当に魔族なのかとか、どうやって召喚してるのかとか、他にもいろいろ。でも、言葉に出た質問は一つだけだった。


『なあ、お前はこれからどうするんだ?』


 存在そのものが人類の脅威となる巨体。しかも魔王だと言う。セラフィールを退けた今、アースガルドが新たな脅威とならない保証は無い。だが、彼の答えは意外なものだった。


『また、どこか人間のいないところに行って眠るとしよう』

『それでいいのか? 随分久しぶりに目覚めたんだろう? 何かやりたいこととか無いのか?』

『いや、無いな。そもそも数千年寝てたと言っても一瞬だ。それに我が起きて歩き回れば、人間から攻撃されかねん。前回はそれに反撃してしまい、人類を絶滅させかけたからな』

『は、人類絶滅?』

『言っておくが、正当防衛だぞ。それに当時の人類は人間同士の争いで滅びの瀬戸際にあったのだ。我だけの責任にしてもらっては困る』

『そうか』


 その短い会話が終わると、アースガルドは去って行ってしまった。セラフィールと同じ魔王と聞いて警戒していたが、その感覚は我々とまるで違うのだろう。いや、それはセラフィールとて同じかもしれない。彼が関心があったのはアースガルドのみ。人間など、最初から最後まで眼中に無かった。彼にとっては、虫けら同然の存在など、どうでもいいことなのだろう。巻き込まれる虫けらからすれば、たまったものでは無いが。


 いずれにしても漸く終わったのか。アデリアの死と言う、あまりにも大きな犠牲を払って。苦い思いで残った二人を振り返ると、飛び込むようにリアーナが抱き着いてきた。その肩が小さく震えている。


「良かった。……良かった。生きていてくれて」

「すまない、心配をかけた。俺は大丈夫だから」


 脳裏に浮かぶのは、泣き叫んでいた彼女の姿。その優しさに応えたくて、ことさら元気に振る舞うが、彼女は探るように見上げてくる。


「……本当に大丈夫ですか? あんなことになってしまって……」

「!」


 ───あんなこと、それはアデリアのことを言ってることは明らかで。思わず絶句して立ちすくんでしまう俺をリアーナは見上げていたが、彼女の手がつい、と俺の頭に伸びた。そのまま、俺の髪を撫でる。


「辛かったら泣いていいんですよ」

「え、いや、俺もうそんな子供じゃ無いし」

「本当に大丈夫?」

「本当ですって」


 距離を詰めてくるリアーナにたじたじとなってしまうが、そこにエヴァからの助け舟。


「はいはい、リアーナ様、それ位にしておきましょう。こいつはセリアちゃんとイチャイチャさせときゃ元気になりますから」

「……そうですね」


 何かエヴァの言葉に若干の悪意を感じるが、まあいいか。


「さあ、帰ろう。セリアが待ってる」


 そう呼びかけたらラーケイオスに覗き込まれた。


『何?』

『いや、一つ忘れてないかと思って』

『え、何か忘れてたっけ?』

『我の分体が次元の彼方に行ったまま戻って来れないんだが』

『あーっ、忘れてた!』


 アースガルドに言われるままにゲートを閉じてしまったから、ちびラーを置き去りにしていたことに気づかなかった。結局、パスを閉じて魔力供給を止めれば、いずれ崩壊するだろうと言うことで、ちびラーには異界に留まってもらうことになった。どのみち、スクロールを使ってしまった今、次元の扉を開く方法は無いのだ。諦めてもらうしかない。


 こうして、魔王との戦いという、未曽有の危機は、ようやく幕を閉じたのだった。



========

<後書き>

次回は第7章最終話。第31話「アラバインの竜王」。お楽しみに。

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