第24話 大聖女の記憶
「やだやだやだ、行かない、行かない!」
「おら、エヴァ、諦めてキリキリ歩け!」
アレクシアの大神殿に、俺に腕を掴まれて連行されるエヴァの悲鳴が響いている。王太子が大聖女を拉致など、明日にはどんな噂が飛び交ってるか知らんが、気にするわけにはいかない。
「さあ、乗って乗って」
嫌がるエヴァを中庭に駐めた馬車に押し込むように乗り込ませる。そこには既にリアーナとアデリアが待っていた。
総力戦を覚悟した俺は、レオニードからいったんクリスタルに向かい、渋るテオドラに殆ど通告といった形でアデリアを連れてきた。それに加えて、リアーナとエヴァも招集ということで、大神殿にやって来たわけである。だが、高所恐怖症のエヴァは、ラーケイオスで空中戦と聞いた途端に「絶対行かない!」と強情を張っていると言う状況なのだ。
「アデリアがいるじゃ無い! 大聖女は二人もいらないでしょ!」
「アデリアには空間魔法に専念してもらうつもりなんだ。それに相手が魔族なら、光属性魔法の使い手はいくらいても多すぎるってことは無いよ」
「そうだ! あんたがくれた『何でも言うこと聞く券』、まだ使ってなかったから、ここで使って私はお留守番ってのは?」
「却下だ」
「嘘吐きーっ! 何でも言うこと聞くって言ったじゃない!」
いや、嘘吐きも何も、周りに迷惑かけない命令って限定かけてたじゃ無いか。事は人類存亡の危機なんだから、そんな命令、聞くわけにはいかない。そう思っていたら、アデリアがエヴァに冷ややかな目を向けていた。
「エヴァ様、見苦しいですよ。今生の大聖女がそんなことでどうするのですか」
「う、うるさいわね。苦手なものは苦手なんだから仕方無いじゃない。空飛べるあんたと違って、こっちは落ちたら死ぬんだからね!」
「安心してください。死んだら私が生き返らせます」
「そういう問題じゃ無ーいっ!」
うーん、大聖女同士仲良くして欲しいんだが。睨み合う二人を眺めていたら、エヴァの厳しい視線がこちらを向いた。
「何よ?」
「何でも無い」
「どうせ、アデリアと違って頼りにならないとか思ってんでしょ? 伝説の大聖女様と比べないで欲しいんだけど」
「別に比べてなんか……」
二人を比べたりなんかしてないのに。そう思いながら、アデリアを見て、その首の下の盛り上がりに視線を移し、さらにエヴァを見て───。
「まあ、お前にはお前の良さがあるんだから気を落とすな」
「今、すっごく失礼なこと考えたでしょう?」
ジトーっと半眼で睨みつけてくるエヴァから目を逸らす。
「な、何のことかな?」
「バレバレだってんの!」
「……ごめんなさい、反省してます」
頬を思い切りつねられてしまった。殴られなかったのはエヴァの優しさによるものだろう。そのエヴァは「大きけりゃいいってもんじゃ無いのよ」とか何とかブツブツ言っている。まあ、彼女の説得は後回しだ。3人に考えを伝えなくてはならない。
「これからお前たちには、俺の屋敷で一緒に寝泊まりしてもらう」
「一緒にですか?」
「ああ、今、艦隊を総動員してヒュドラ捜索に当たってもらっている。発見の報があってからお前たちを集めてたんでは時間が無い。すぐに動けるようにだ」
これまで被害を心配して艦隊を無闇に動かさないようにしていた。あの怪物に今の大砲や爆弾が効くとは思えない。船だけならともかく、訓練された水兵を失うのは避けたかった。だが、もはやそんなことを言っていられる状況では無い。見つけても絶対に手出しをするなと言い含め、全艦隊に出動を命じたのである。
「いつ報告が来るかわからない。お前たちも、いつでも出られるよう準備しておいてくれ」
「ラキウス様と一緒に寝る……。一緒に……」
「こら、そこの大聖女、変な妄想に浸ってるな!」
両手で真っ赤になった頬を抱え、とんでもないことを口走っているアデリアの額に軽くデコピンする。全く、一緒に寝るんじゃなくて、一緒の屋敷で寝泊まりするだけだっての。部屋はもちろん別。俺の寝室に入っていいのはセリアだけなんだからな。事の重大さと反比例するようなお馬鹿な空気のまま、馬車は王宮内の俺の屋敷に向かうのだった。
その日の夜遅く。報告はまだ来ない。寝付けぬままテラスに出て外を眺めていたら、庭にエヴァがいるのが見えた。何をしているのだろうと訝しく思うが、まさか逃げようという訳ではあるまい。何しろ屋敷自体が王宮の敷地内。誰にも見とがめられずに外に出るなど不可能だ。そう思ってしばらく見ていたら、視線に気づいたのか、こちらを見て手を振って来る。俺は部屋にいるセリアに、エヴァと話をしてくると伝え、テラスから飛び降りた。
「どうしたんだ、眠れないのか?」
「そうね。やめてって言うのに、誰かさんに無理やり空を飛ばされそうだから心配で寝付けないのよ」
言葉だけ聞けば俺を非難しているようにも思える言葉。だが、その口調に咎めるような響きは無い。むしろ仕方ないなあと、やれやれと、そう思っているような口調。
「なあ、エヴァ。そんなに高いところが苦手って、前世は転落死か何かなのか?」
「は? 前に刺されて死んだって言ったじゃない?」
「ああ、そう言えば、ストーカーに刺されて死んだって言ってたっけ」
彼女は一瞬呆れたような顔をしたが、空を見上げた。そこにあるのは冴え冴えと輝く二つの月。その光に照らされる彼女の表情はどこか遠くを見ているよう。
「そうね、刺されて死んだってのは事実だけど、ストーカーに刺されたってのは嘘。本当は父に恨みを持つ人に刺されて死んだの。私、前世でも結構いいとこのお嬢様だったのよ。父は一代で大企業を築き上げた起業家で、母は女優だった。父も母も忙しくてあまり家にはいられなかったけど、二人とも家族には優しかったし、家政婦さん達もいっぱいいたから、寂しいとか思ったことは無かった」
いきなり過去を語りだしたエヴァの真意はわからない。しかし、そう言えば、双方転生者だと言うのに、お互いの前世について詳しく語ったことは無かったなと思いながら、彼女の言葉に耳を傾ける。
「だから、人の悪意なんてものに触れたのは、あの時が初めてだったかも。あの男は狂ったように笑いながら私に言っていたわ。私の父親にすべて奪われた、会社も家族も何もかもって。だから私の父親にも同じ苦しみを与えてやるんだって。私は父の仕事の中身は良く知らなかったけど、一代で大企業を育てたんだもの。相当あくどいこともやってたんでしょうね」
「だからってお前に罪があるわけじゃ無いだろうに」
「そうね。理屈ではそうだと思う。でも世の中、理屈だけで回ってないことは、今やあなたの方が良く知ってるじゃない」
その通りだ。正しいこと、論理的であること、それだけで世の中が回るなら苦労しない。
「とにかく、人の悪意がどれほど恐ろしいか、それでわかった私は、こっちの世界に転生してきた時、とにかく他人から悪意を向けられないようにしようって思ったの。そのために、とにかく目立たないことを徹底したわ。光属性魔法を使えることも秘密にしていた。なのに、8歳の時に目の前で大怪我した子供を助けるために思わず使ってしまって、それで聖女だなんだと持ち上げられて。それ以上は目立つまいと馬鹿の振りをして、
ほんの一瞬、俺に視線を走らせた彼女の口からため息が漏れる。その後、彼女は再び月を見上げた。
「前世で私には弟がいたのよ。3歳違いの。あんたにもお姉さんがいたみたいだけど、私の弟はあんたと違って素直で可愛くてね。小さい頃は良く、お姉ちゃんと結婚するんだって言って、金魚のフンみたいにまとわりついてた。それがすごく可愛かったのに、死ぬ1~2年前くらいは少しうっとおしいなあって邪険にしちゃった。それを死ぬとき後悔したのよね。もっと優しくしてあげれば良かったって。そんな弟とあんたを重ねちゃったのかもしれない。あんたはまるで可愛くないのに」
「いいお姉ちゃんだったんだな」
「はあ? ちゃんと話聞いてた?」
「聞いてたよ。お前はいいお姉ちゃんだ。弟さんだってそう思ってるよ、きっと」
露悪的な言葉を紡ぎながら、その実、誰よりも優しい。そんなエヴァにとって俺は同郷からやって来た弟のようなものなのだろう。横暴な姉にいじめられ、来世では優しい姉が欲しいと思っていた。その望みはもう叶っていたのだと心から思う。まあ、それはそれとして、エヴァには伝えておかねばいけないが。
「お前がどう思っていたとしても、俺はお前の弟じゃない。俺に縛られる必要は無いんだ」
「そんなのわかってるわよ」
「それに俺はお前とは結婚しないからな」
エヴァは一瞬目を丸くして、盛大に吹き出した。
「当ったり前じゃない! こっちから願い下げよ。弟がそう言ってたのも、ホントに子供の頃の話なんだから」
笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭くと彼女は笑った。
「でもそうね。そうよね。ありがとう。少し心が軽くなったわ」
「もう寝られそう?」
「ええ、大丈夫。おやすみなさい」
「おやすみ、エヴァ」
今はいい夢を、心優しき大聖女よ。明日か明後日か、近いうちにお前を戦いの場に連れて行かないといけない。せめてそれまでは心安らかに過ごして欲しい。
ヒュドラ発見、その報が飛び込んできたのは、翌日朝早くだった。
========
<後書き>
次回は第7章第25話「魔王との遭遇」。お楽しみに。
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