第25話 魔王との遭遇
ヒュドラが発見されたのはリヴェラの沖合約10キロ。報告を受けて、リアーナ、エヴァ、アデリアと共にラーケイオスに飛び乗る。現場まで5分もかかるまいが、安心はできない。こちらからは手を出すなと言ってはあるが、相手から攻撃されない保証は無い。いや、相手は人喰いの化け物だ。向こうから襲い掛かってくる可能性の方が高いだろう。それがわかっていて艦隊を動かしたのだ。被害を最小限に抑えるためにも急がなければ。
問題はまだある。前回は、空中に出てきたにもかかわらず、仕留めきれないまま海に逃げられた。今回も海中に逃げられるわけにはいかない。
「みんな、もう一度、作戦の確認だ。ヒュドラが空中に出てきたら、海中に戻れないよう、アデリアはヒュドラと海面の間に結界障壁を張ってくれ。ラーケイオスはヒュドラを地上に誘導。その後、ラーケイオスのブレスをアデリアの空間魔法でヒュドラの多重障壁の内側に転移させて仕留める。いいな」
「わかりました」
『了解』
作戦の説明にアデリアとラーケイオスから了承の返事が返って来る。一方、エヴァからげっそりした声が聞こえてきた。
「いいんだけど、それだと私何のために同行してるのかしら?」
エヴァは騒がないようにしているが、さすがに顔色は良くない。嫌がるのを無理矢理連れてきて、お前の出番は無いと言われれば、それは不機嫌にもなるだろう。だが、何があるかわからない以上、連れてこないという選択肢は無かったのだ。
「この作戦はあくまで想定だ。実際にはこんなうまく行くとは限らないし、お前の力が必要になる時が来るかもしれない」
「わかってるわよ、言われなくても」
蒼ざめた顔で前を向くエヴァに心の中で謝る。本当に彼女たちには助けられてばかり。俺は彼女たちに何を返せているのだろう。だが、今は考えるまい。集中すべきは目の前の戦場。
「いたぞっ!」
艦隊とヒュドラの戦いは始まっていた。いや、目の前で繰り広げられているそれは戦いなどでは無かった。ただただ、一方的な嬲り殺し。ヒュドラは既に天空にあった。艦隊は攻撃しようとしているが、舷側砲では仰角を取れない。ヒュドラのいる高空に届かない。カタパルトなどなおさらだ。ヒュドラは攻撃の届かない高空を悠然と飛びながら、戯れのようにブレスで船を薙ぎ払っていた。
艦隊はその殆どが失われ、数隻を残すのみ。そして今また、触手の一つが一隻の船に狙いを定めた。危ないっ、と思う間もなく、放たれたブレスは、しかし、船に届くことは無かった。
「ラキウス様、結界障壁展開完了です!」
アデリアからの報告に安堵する。彼女はその膨大な魔力をもって、周囲数キロにわたる結界を張ったのだ。これでヒュドラからの攻撃は船に届かない。ヒュドラが海中に逃げることもできない。
「良くやってくれた、アデリア。ラーケイオス、行くぞ!」
速度を上げていったんヒュドラを追い越すと、急旋回し、海側からブレスを浴びせかける。多重障壁に阻まれ、届かないが、そんなことは問題では無い。陸地側に追い込むのが目的なのだ。結界障壁を展開しなくても、海に逃げ込めないように。
ブレスの撃ち合いはこちらが有利だった。ヒュドラのブレスはこちらの障壁を全く貫けないのに対し、ラーケイオスのブレスは、相手の障壁を5~6枚、一気にぶち破ることが出来る。10枚も重ねて張っているから本体に届かないのが難点だが、明らかにこちらが押していた。
ヒュドラは海中に逃げようと体をくねらせたが、海面に届く前に弾かれた。これほどの魔族すら寄せ付けないアデリアの空間魔法は流石である。逃げ場を失ったヒュドラはついに、狙い通り陸地側への逃走を始めたのだった。
これで海中に逃げられる心配は無くなった。だが、安心していられる訳では無い。ラーケイオスより遅いヒュドラであっても、15分もあればアレクシアに到達してしまうだろう。そうなると大惨事は免れない。その前に片を付ける。
「ラーケイオス、アデリア、頼む」
その言葉の直後、黄金の光がほとばしった。その光はヒュドラの障壁の手前で搔き消える。次の瞬間、障壁の内側を光が貫いた。全長500メートルはある巨体を引き裂くように、黄金の光がその牙をむく。
一瞬だった。二つにちぎれたヒュドラは、そのままボロボロと崩壊していく。一撃で核を貫いたのだろう。
「やったぞ!」
アデリア、リアーナとハイタッチする。エヴァともと思ったら、げっそりとした顔を向けられた。
「なんか、その、すまん」
「いいわよ、今度なんか奢って」
「ああ、何でも奢ってやるよ。俺のポケットマネーの範囲でだけどな」
「ポケットマネーで市民公園なんか作っちゃう人が言ったら洒落にならないわよ」
エヴァも気分はともかく、機嫌は悪くないようでホッとする。それにしても厄介な敵だったが、最後はあっけなかった。そう思いながら、本当にとどめをさせたかを確認するため、破片が落ちたあたりに着陸する。
「核は落ちてないかな?」
「恐らくですが、人間そのものが核になっていたのでしょう。ブレスで跡形も無く吹き飛んだのかと」
暫く周囲を探索しても発見できない核のありかについて不思議に思うが、アデリアの説明にそう言うものかと納得しかけた、その時だった。パチパチと手を叩く場違いな音が響いたのは。その音に驚いて振り向くと男が立っている。いや、男なのか? まるで天女のような美貌と笑みを湛えた男。白磁の肌に映える長い黒髪はオニキスの光を湛えている。だが、その瞳は俺と同じ金眼だった。
「見事だね。あいつの眷属がどういうものかと思ったが、まあまあやるようだ」
「だ……」
「……どうして?」
誰だ、と聞こうとした言葉はアデリアの震える声に遮られた。アデリアを見ると、驚愕に震えるように口元を抑えている。
「どうして、どうしてあなた様がここにいらっしゃるのですか? セラフィール様!」
========
<後書き>
次回は第7章第26話「私の主はラキウス様」。お楽しみに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます