第26話 私の主はラキウス様

 セラフィール。その名前はごく最近聞いた。72柱の魔族を送り込んできた魔王にしてアデリアの半身リュステールの創造主。だが、その魔王が何故ここにいる? 魔王は、その巨大な魔力が邪魔をして、こちらの世界には来られないのでは無かったのか。


「古き友人を訪ねてきたのだよ。次元の壁に穴を開けてね」

「次元の壁に穴を?」

「ああ、こちらに送りこんでいた余の部下が手配してくれたのだ。島を丸ごと吹き飛ばすほどのエネルギーが必要だったようだがね」

「まさか……?」


 それでは、マリス島とシュペールを消滅させたのは、魔王召喚に使われた力だと言うのか。いったいどんな方法を使えば、あれ程の破壊をもたらすことが可能なのか、さっぱりわからないが、今はその手段を探ることは本題では無いだろう。問題は何のためにこの世界に来たのかだ。人類を滅ぼしに来たとかであれば洒落にならない。そう言えば、おかしなことを言っていた。古い友人を訪ねてきたとか何とか。


「友人を訪ねてきたと言ったな。誰だ?」

「アースガルドだ。聞いたことがあろう?」

「アースガルド? 地母龍アースガルドか?」

「こちらではそう呼ばれているのか。まあ良い。どこだ?」

「知らない」

「隠してもためにならんぞ」

「知らないものは知らないんだ。仕方ないだろ」

「そうか、あいつの眷属だと言うから期待したのだが……」


 セラフィールは一瞬考え込むように下を向いたが、すぐに顔を上げた。悪意に満ちた笑みでその美貌を歪めながら。


「ならば、お前たちには餌となってもらおう」

「餌だと?」

「ああ、お前たちを痛めつければ、アースガルドもやって来るに違いない。お前たちはアースガルドの眷属なのだから」


 俺たちがアースガルドの眷属? しかしそんな疑問を口に出す暇など無かった。セラフィールが無造作にその手を払った。その瞬間、目の前を暴風が覆い尽くした。


神霊大盾ディビナススクータム!!」


 エヴァの光魔法による障壁が無ければ、その瞬間に俺たちは消し飛んで塵となっていたかもしれない。それ程までにその魔力は圧倒的だった。致命傷を防ぐことは出来たとは言え、その暴風は光の大盾すら切り裂いた。かつてラーケイオスのブレスすら防いだ大盾をいとも容易く。仮にも相手は魔王。その力は通常の魔族など比べ物にならないと言うことか。


「エヴァ、防御魔法をくれ!」

「わかってるわよ! 光聖鎧アイギアス・ルークス!」


 エヴァの詠唱と共に、俺とリアーナ、エヴァの3人の姿が光に包まれた。気休めかも知れないが、魔法に対する耐性が上がる。だが、後は有効な手段があるわけでは無い。神聖領域サンクチュアリもこれほどの魔力を持つ敵に有効とは思えない。魔力の無駄遣いはやめ、エヴァには回復に専念してもらうべきだろう。


「エヴァ、後は回復に専念!」

「わかった!」

「リアーナ、行くぞ!」

「ええ!」


 龍神剣アルテ・ドラギスと自らの肉体に最大限の魔力を込め、飛び出す。常人ならば残像すら追えるかどうか。同時にリアーナも魔法弾を放っていた。超高密度に圧縮された竜魔法は、小さな村落なら一撃で消滅させるほどの威力。龍神剣アルテ・ドラギスの光の刃と魔法弾。その両方からの攻撃で一気に決める。だが……。


「う……そ、だろ!」

「そんな!」


 セラフィールは左手で光の刃を、右の手で魔法弾を受け止めていた。……素手で。


「こんなものか。これは力加減を間違うとすぐに殺してしまうな。死んでしまってはアースガルドを呼ぶ餌にならないからな。気を付けなければ」


 受け止めた魔力を確かめるように両手をしげしげと眺めながらつぶやくセラフィールは、こちらを一顧だにしない。こちらが何をしようと恐れることは無い、その自信の表れなのだろう。


『下がれ!』


 そこにラーケイオスからのパスが入り、一気に飛び退る。リアーナもエヴァを抱えて同時に下がった。次の瞬間、セラフィールに黄金のブレスが突き刺さる。セラフィールの全身を飲み込んで余りある光の柱は周囲の大地を灼熱させ、大気を震わせる轟音とともに炸裂した。しかし……。


「うそ……」

「無傷だと……!」


 周囲を覆う煙が消え去った後に立つセラフィールには傷どころか埃の跡すら無い。流石に生身ではなく、障壁で受けたらしく魔法陣が浮かんでいたが、全くダメージを与えられた様子はうかがえなかった。


「ふむ、竜の方は少しましか。だが、まだまだだな」


 セラフィールは右手を上げた、かと思うと一気に振り下ろす。ただそれだけだった。ドオンっ!という地を震わす轟音と共に、ラーケイオスが大地に叩きつけられた。巨大な竜の口から苦悶の声が漏れる。


 一方の俺たちは声も無かった。異世界の魔王、これほどまでに力の差があるのか。俺達とて、この世界では比類する者無き程強くなった。それがまるで赤子の手をひねるかのよう。この魔王を野に放ったら、世界はどうなるかわからない。だが、どうすればいい。その時、アデリアの悲痛な声が響いた。


「やめて! やめて下さい、セラフィール様! ラキウス様を殺さないで!」


 その声に初めて彼女が目に入ったかのようにセラフィールがアデリアに向いた。額が割れ、第三の目が現れたかと思うと、その目に魔法陣が浮かび上がる。


「誰かと思えば、余の子供達の一人では無いか。だが、何か混ざっているようだ。ふむ……そうか、そうなったか」


 クククっという含み笑いが、すぐに高笑いに変わる。呆気にとられる俺達の前で、セラフィールは笑い続けていた。


「人間を取り込んだか。いや、面白い。戯れの実験の結果がこうなるとは」

「どういうことですか、セラフィール様?」

「お前たち1位から5位の高位魔族には、人間の感情を持つように術式を組んだのだ。余には人間の感情などわからないから、こちらの世界に来て人間から学ぶように組んだのだが、まさか人間の魂そのものを取り込むとは思わなかったぞ」

「何故、そのようなことを?」

「戯れだと言っただろう。人間の感情とやらを持たせたらどうなるか、その程度の興味に過ぎんよ」


 淡々と告げられる残酷な事実にアデリアは下を向いてしまった。その両肩が微かに震えている。


「……セラフィール様、ラフィノールは泣いていました。愛する人を殺された悲しみに。どんなに悲しくとも、自ら命を絶つこともできない在り様に。彼女のあの涙は、ただ、貴方の戯れがもたらしたものだったのですか?」

「それを余に問うのはお門違いだ。ラフィノールの最期は知っているが、余が殺しあえと命じたわけでは無い。そのような心をもたらした人間にこそ向けられるべきでは無いかな? お前の怒りは」

「どうあってもわかってはいただけないと。私たちは所詮その程度の存在だったのですか?」

「くどい! それよりリュステールよ、お前は何故そちら側にいる? 余はお前の創造主にして、すべてに優先する主なのだぞ」

「違う!」


 アデリアが顔を上げた。その瞳に宿るのは、心の底からの怒りの炎。


「私はリュステールでは無い! アデリアだ! 私の主はお前などでは無い! 私の主はラキウス様ただ一人!」


 ……いや、お前の主はテオドラだろう、などという野暮は言うまい。彼女の心は痛いほどわかるから。だが、例えそうだとしても、一つだけ、これだけは伝えておかなければならない。


「違うよ、アデリア。俺は君の主なんかじゃない。俺と君は仲間だ。君はかけがえの無い仲間なんだ」

「はいっ、ラキウス様!」


 涙をこらえたような彼女の笑顔に勇気づけられる。その気持ちのまま、俺たちはセラフィールを睨みつけた。


「アデリア、あいつを倒そう!」

「ええ、一緒に!」


 セラフィールは虚を突かれたような顔をしていたが、その唇がいやらしく弧を描く。


「我が娘がアースガルドの眷属に寝取られたか。ならば、その男と共に死ぬが良い!」


 アデリアを娘と呼ぶその言葉とは裏腹に、嘲笑を宿した顔のまま、彼は空へと浮かび、叫んだ。


「アースガルド、早く出て来い! 出て来なければ、お前の子供たちが死ぬぞ!」


 どこに向けて叫んだのかわからない。だが、次の瞬間、胸の内に、ドクンっという波動が伝わって来た。


「ラキウス君、これは?」

「リアーナも感じたか?」


 いきなり響いて来た波動に困惑して目を見合わせる俺とリアーナに、ラーケイオスの焦った声が飛び込んできた。


『まずいぞ、アースガルドが目を覚ました。こちらに向かって来る。あの魔王とアースガルドが戦えば、余波で大陸の人類全てが吹き飛びかねん。もはや一刻の猶予も無いぞ!』


 歩くだけで都市を灰燼に帰すと言う地母龍アースガルド。新たな脅威の参戦だった。



========

<後書き>

次回は第7章第27話「超巨大竜の覚醒」。お楽しみに。

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