第1話 教室のバカップル

「ねえ、セリア」

「なあに、ラキウス」

「ちょっと近すぎない?」

「ええ? そんなこと無いわよ」


 いやいやいや。

 2年生になってから、セリアがずっと隣に座ってくるようになった。

 身体を密着させてるわけでは無いけど、ちょっと動くと肩が触れ合うくらいには距離が近い。

 元々、広い教室に数人しかいないから、みんな別々の机に間隔を空けて座っていた。一つの机に二人並んでるのなんて俺たちだけ。それにセリアは以前はソフィアと同様、最前列に座ってたから、突然の席の変更が目立つことこの上ない。みんな奇異の目で見てるし、ソフィアに至っては完全に呆れた顔をしている。

 嬉しいんだけど、嬉しいんだけど───みんなの視線が痛い。



 さて、授業は建国神話のころの歴史の話をしている。

 この地に現出した72柱の魔族を初代国王アレクシウス陛下が竜の巫女テレシア様と大聖女アデリア様、そして竜王ラーケイオス様と協力して打ち破る話。過去にも何度か聞いた話だけど、400年前の話だし、どのくらい真実で、どのくらい嘘が混じっているか、良くわからない。当時の人達なんて遥か昔に死んでるしな、と思ったら、続く教師の言葉に耳を疑う。


「竜の巫女、テレシア様は50年ほど前までご存命でいらっしゃったが、今はお孫さんであるリアーナ様が竜の巫女を継いでいらっしゃる」


 マジかよ。そんな長命ってことは人間じゃないよな。

 聞いてみたら、やはりハイエルフらしい。


「秋に行くファルージャの神殿にはリアーナ様もいらっしゃる。話を聞いてみるのもいいだろう」

「先生、リアーナ様って、『王国一の美姫』って言われているそうですけど、そんな美人なんですか?」


 興味津々で聞いているのは、マティスだ。周りの女性陣から白い眼を浴びている。教師は、「自分の目で確かめるように」とか、当たり障りのない回答をしていた。


 王国一の美姫か。まあ、俺には王国一どころか、世界一の美少女が隣にいてくれるから何の興味も無いんだけどね。なので、別の疑問に思っていることを質問してみよう。


 72柱の魔族と言うが、そもそも魔族って何者なんだ? 冒険者の仕事がらみで魔獣は何度も討伐したけど、魔族は、あのレジーナ以外に会ったことが無いから、どういう存在なのか、よくわからない。


「先生、魔族って魔獣と何が違うんでしょうか?」

「うん、いい質問だね。魔獣とは、この世界に漂う魔素を大量に取り込んだ獣や死体などが変質してなるものだ。対して、魔族とは魔法存在と考えられている」

「魔法存在?」

「そう。魔族とはこの世界の存在ではなく、異界から召喚、と言うのが正しいのかな。とにかくこの世界では無いところからやって来る。ただ、世界の壁は肉体を持つ者には越えられないと考えられている。だから、魔法術式のみが送られてきて、こっちの世界で依り代なりに化体して実体化するわけだ」

「依り代?」

「依り代は生き物であったり、石のようなものであったり様々だ。実体化の在り様についても、編まれた術式によって千差万別。こちらの世界の生き物のように肉体を持つものとして受肉するものもあれば、他の生き物に憑依して寄生するものもいる。まさに術式を編んだ者の考え次第と言う訳だ」

「つまり、こことは異なる世界に、術式を編む者がいると?」

「そう。あくまで仮説であるが、そう言った存在を我々は『魔王』と呼んでいる。だが、魔王はこちらの世界に来られないから、誰も見たことは無いがな」


 世界を超えるために術式のみが送られてきて、こっちで依り代に化体して実体化する───。そこで恐ろしいことに気づいた。転生した俺って、考えようによっては精神のみこちらに送られてきて、生まれたばかりの赤ん坊に化体したという風にも取れるよな。えっ、俺って魔族と同じ? いやいや、俺は人間のはずだ───。


 考え込んでいると、セリアが心配そうに覗き込んでくる。


「大丈夫? 顔色が悪いわよ」

「あ、ああ、ごめん、大丈夫」


 考えるのはやめよう。どうせ答えは出ない。人間だろうが、魔族だろうが、俺は俺だ。今はやれることをやろう。頑張って、もっと偉くなって、セリアをお嫁さんにするんだ。我ながら志の低さに苦笑するが、正直な気持ちなんだから仕方ないよね。



 休憩時間になって、セリアがちょっと感激したみたいに話をしている。


「すごいわよね。今の時代、大聖女様も竜の巫女様もいらっしゃって。これで竜の騎士様まで揃ったらアレクシウス陛下の時代と同じになるわ」

「竜の騎士って?」

「ラーケイオス様の力を引き出して戦う騎士様。アレクシウス陛下は竜の騎士だったの。龍神剣を振るう陛下は、それはそれは凄い魔法を使われたんですって」

「龍神剣?」

「ええ、ラーケイオス様の力を引き出す剣」

「でもラーケイオス様がいないと使えないんでしょ」

「あら、ラーケイオス様は今でもいらっしゃるわよ」

「そうなの?」

「だって、何千年もの寿命を持つ竜の王なのだもの。今もファルージャの近くでお眠りになってるだけだって聞いてるわ」


 そうだったのか。でもそりゃそうだよね。400年前ってことで、関係者全員死亡とか考えてたけど、改めて考えて見りゃ、この世界には人間より遥かに長生きする種族がいるんだから、それも当然か。そう思ってたら、セリアがニコニコとこちらを覗き込んでる。


「何?」

「ラキウスの名前って、ラーケイオス様にちなんでるのよね?」


 うっ、出た、俺の黒歴史、と言うか両親の黒歴史なのか。


「すみません。親がミーハーなもので」

「ううん、そんなこと無い。素敵な名前だと思うわよ」


 うう、ありがとう、セリア。そう言ってくれるのは君だけだよ。

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