第19話 分かたれる運命

 ラーケイオスによって神殿が崩壊した翌日、アルシス殿下はリアーナやカーライル公爵を伴って王都への帰還の途についた。リアーナは龍神剣を大事そうに抱え、俺に約束するのだった。


「必ず、ラキウス君の事を国王陛下に認めていただきますから」


 馬車の人となったリアーナを見送った後、神殿の跡地を訪ねる。辛うじて倒壊を免れた建物の一室、そこにエヴァがいた。彼女はここで、倒壊した神殿跡から回収された神具などの整理を行っていたのである。


「お疲れ、エヴァ」


 彼女はギロっと俺を見ると、無言で目の前の椅子に座るよう促してきた。椅子に座ろうとした時、彼女の脇に一振りの剣があることに気づく。


「その剣は?」

「ああ、これ? リアーナ様から預かったのよ。彼女の部屋も倒壊しちゃったから。この剣もアレクシウス陛下の形見だそうよ。見てみる?」

「いいの?」

「リアーナ様からあんたには持たせていいって言われてるから」


 受け取って鞘から抜くと、黒光りする刃の真ん中に縦に魔法文字が刻まれており、柄には何かをはめるためなのか、窪みがある。


「王国に3本しかない、オリハルコン製の剣だそうよ。銘はリヴェラシオン。窪みに魔石をはめることによって光属性魔法を付与することができるらしいわ。魔剣……いいえ、光魔法なのだから聖剣と言うべきかしらね」

「後の二振りは?」

「王家が持ってるに決まってるじゃない」


 そんな貴重な剣なのか。俺は剣を鞘に戻し、エヴァに返した。ここに呼ばれたのは、剣を見せるためではあるまい。


「ラーケイオス様に呪いをかけたリカルドって奴だけど、色々おかしいのよね」

「おかしいとは?」

「あんたが竜の騎士と認定されようとしていることとか、神殿上層部や王宮中枢しか知らない情報を知っていたとしか思えない。そうで無ければ、狙いはあんたやセリアちゃんなのに、手段としてラーケイオス様を呪うなんて方法を思いつくとは思えない」

「なるほど」

「龍神剣を狙ったのもそうよ。確かに噂レベルで龍神剣とラーケイオス様はつながっているって言われてたけど、躊躇なく宝玉を狙ったでしょう? 誰かに入れ知恵されたとしか思えないわね」

「そう言う事はつまり」

「ええ、黒幕がいるわね。まあ、実行犯のリカルドが文字通り蒸発しちゃった今では確かめようも無いけど」


 少し考える。すぐ思い浮かぶのはリカルドの父親のカーディナル侯爵だ。侯爵という立場であれば、王宮中枢の情報を知っていてもおかしくない。だが、本当だろうか。そこまでの情報を入手できるだろうか。そう言えば、セリアが言っていた。カーディナル侯爵はテシウス殿下の派閥だと。


「……まさか、テシウス殿下?」

「シッ、滅多なことを言うもんじゃ無いわ」


 エヴァに注意された。だが、否定されなかったところを見るに、彼女も同じ結論に達しているに違いない。


「そう言う事だから、くれぐれも注意するよう言いたかったのよ。じゃあ、それだけだから」





 言いたいことだけ言って、エヴァは俺を部屋から追い出した。さて、これからどうするか。ファルージャを出立するのは明後日だが、騒ぎで全ての行事が白紙になってしまった。何もやることが無い。手持無沙汰で神殿跡地を歩いていると、祈りをささげる一人の少女が目に入った。赤いストレートの髪。カテリナだ。


「カテリナ、何してるの?」

「リカルドにね、祈りを捧げてたのよ」


 意外だ。二人が仲が良かったというイメージは無いけど。そんな視線に気づいたのか、カテリナは目を伏せる。


「リカルドは従兄弟なのよ。仲は良くなかった……と言うより、正直、悪かったけどね。それでも死んじゃったとなるとね」


 そうだったのか。親戚であっても、性格から考え方から、まるで似たところが無い。正直、リカルドは死んでもまるで同情できないが、カテリナのことは尊敬している。


「あいつ、ラキウス君に最後まで迷惑かけて逝っちゃったわね。ごめんなさい」

「君が謝ることじゃ無いよ。従兄弟の罪が及ぶなんてあってはいけないことだよ」

「そう言ってくれると、少し気が楽になるわ」


 そう言って、神殿跡地を見つめるカテリナの横顔はいまだ少し寂しそうだ。

 しかし、そうだ。カテリナはテシウス殿下の側室になるという事だった。もし、一連の黒幕がテシウス殿下なのだとしたら、いつか、カテリナと敵味方に分かれてしまうことがあるのだろうか。いや、もちろんアルシス殿下の派閥に入ると決めたわけじゃない。そうでは無いが、ラーケイオスに呪いをかけるなんて、何千人、いや、下手をすれば何万人もの犠牲者が出るかもわからない手段を選ぶような人を主君として忠誠を尽くせるだろうか。


「ねえ、カテリナ……」

「ごめんなさい、もう行くわね」


 考えがまとまらないまま、声をかけたが、カテリナはそそくさとどこかに行ってしまった。どうしたのだろうと思ったが、ソフィアがこちらにやって来るのが見えた。そうか、やはり敵対派閥に属することになる相手とはあまり顔を合わせたくないのだろう。そのソフィアは俺を見ると話しかけてきた。


「カテリナと何を話していたのですか?」

「リカルドが従兄弟だったという話を。ソフィア様はこちらには何を? てっきりアルシス殿下に同行されるかと思いましたが」

「アルシス殿下の許婚ではあっても、今は学院の生徒ですから。皆と一緒に過ごしたいと思ってもおかしくないでしょう?」


 その言葉に嘘があるとは思えないが、幼い頃から宮廷の権謀術数の中で生きてきた彼女の言葉をどこまで信じればいいのか分からない。彼女なら、俺の葛藤もくだらないことと笑い飛ばすのだろうか。


「ねえ、ソフィア様」

「なんでしょうか?」

「僕はソフィア様のことを大切な友人だと思っています」

「ありがとうございます。私もですよ」

「でも、僕にとってはカテリナも大事な友人です。どっちが大事かなんて言えません」

「……」

「いつか、ソフィア様とカテリナが敵対することになったら。ソフィア様はそういうことを考えたことはありませんか?」


 ソフィアはしばらく黙って、俺の顔を見つめていた。風が二人の間を通り抜ける。風になびく髪を押さえ、彼女は横を向いた。


「そうですね。良くも悪くも、私はそういう教育を受けてきましたから。いざとなれば、友人どころか親族であっても切り捨てるようにと」


 そう言うと、再び俺の目をまっすぐ見据える。


「あなたのその善性は人としては賞賛されるべきものなのでしょう。幼い頃から冒険者をやって、何人もの人を殺めているはずなのに、どこか甘っちょろいその感性がどこから来ているのかわかりませんが、友人としては好ましいものだと思いますよ」


 でも、と彼女は続ける。


「あなたはもうじき竜の騎士となるのです。そうしたら、あなたの言動がもたらす影響は、個人の範疇には収まらなくなります。それだけ、この国での竜の騎士の影響力は大きいのです。目の前の事だけでなく、もっと広い視点から考えて欲しいですね」

「僕はそんな器じゃありませんよ」

「そんなことはありませんよ。以前に比べればはるかにマシです。アルシス殿下もあなたの事をとても誉めていらっしゃいました。きっとあなたを竜の騎士に推挙してくださるでしょう」


 以前に比べればって、そう言えば以前、ソフィアに「セーシェリアの事しか考えてない色ボケ野郎」って散々な評価をもらったな。それよりマシって喜んでいいのだろうか? まあ、今でも俺の行動規範の第一にセリアの事が来るのは変わらないんだけどね。


「立場が人を作るとも言います。あなたも相応の立場に立つようになれば分かってくるでしょう」


 そう言うと、ソフィアは向こうに行ってしまった。その後は本当に何もやることが無い。セリアは何をしているんだろうと探したら、エルミーナと一緒にエヴァの手伝いをしていた。さっきはいなかったけど、別室にいたか、その後に合流したかなのだろう。仕方ないので、神殿のがれき撤去の手伝いをすることにした。身体を動かしているうちは何も考えないで済む。そうやって過ごしていたが、翌日の夕方、とんでもない情報が飛び込んできて、全てが暗転することとなった。


 テシウス殿下の反乱である。

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