第20話 テシウスの反乱

 その日、神殿のがれきの後片付けをしていた俺にラーケイオスからの念話が入ったのは夕方だった。


『騎士殿、非常事態だ。巫女殿が意識を失ったようだ。我と同様、呪いを受けたか、何らかの精神攻撃を受けた可能性が高い』


 大問題だ。一行は今日はアデリアーナに宿泊だったはず。そこで何らかの攻撃を受けたという事か。

 一人でアデリアーナに行ってもどうなるわけでも無いので、まずは、ファルージャに駐留している第二騎士団の騎士詰所に行こうと考える。だが、王国騎士とは名ばかりの、ただの学生が行っても取り合ってくれないかもしれない。なので、大聖女たるエヴァのところに行くことにした。エヴァが仕事をしていた建物に向かったが、既に帰ったとのこと。こんな大事な時に限って。とにかく急いで、周りの迷惑顧みず、身体強化して爆速で宿舎の方に向かう。


「エヴァ、エヴァ、開けてくれ! 緊急事態なんだ!」


 エヴァの部屋の扉をドンドンと叩く。


「何よー、うるさいわねえ。昨日殆ど徹夜だったから寝てたのに」


 ぶつくさ言う声が聞こえ、ドアが開いたが、出てきたエヴァの姿に固まってしまった。身体の線が透けて見えるような夜着。エヴァはその夜着を纏っただけで出てきたのである。


「お前、なんて格好してんだよ!」

「!!」


 今更ながらに自分の服装に気づいたエヴァが言葉にならない悲鳴を上げて座り込む。


「何見てんのよ! 出てけー!!」

「いや、お前が出てきたんだろうが! て言うか早くどけよ、ドア閉められねえ!」


 ドアを閉めようにも、内側に開くタイプのドアで、エヴァがいると閉められない。エヴァの方を見ないように後ろを向きながら答えるが、ギャーギャー言う声が止まらない。最悪なことに、騒ぎを聞いてセリアが駆けつけてきた。案の定、この光景を見て怒髪天である。


「ラキウスー!!」

「誤解だって、セリア!」

「問答無用!」


 引っ叩かれた。───理不尽。





 10分後、着替えたエヴァとセリアの前に正座する俺。いったい何でこんな事に。

 とにかく、急がないと。二人にラーケイオスから聞いた話を伝えると、二人とも顔色が変わった。


「大変じゃないの!」

「いや、だから緊急事態だって言ったじゃ無いか」

「とにかく、騎士詰所に行くわよ!」


 3人で騎士詰所に急ぐ。詰所は先日の神殿崩壊の煽りを食って、ざわついていたが、大聖女の名を出すと、すぐに隊長につないでくれた。


「アデリアーナで襲撃ですか?」

「信じられませんか?」

「いや、大聖女様までいらしてるのに、いたずらとか思ってはいませんが、こちらには全くそんな情報が入っていないのに、どこからそんな情報を?」

「ラーケイオス様が教えてくれたんです」

「はあ?」


 こちらの説明に、隊長は半信半疑ながら、使い魔による王都やアデリアーナへの連絡、周辺の情報収集を手配してくれた。使い魔であれば、ここから王都まで30分もかかるまい。だが、王都からの返信を待つ時間が異様に長く感じられる。今か今かと待って、そろそろじれてきたところに、使い魔が飛び込んできた。それも超高速の特別な使い魔である。


 吐き出された手紙を読んだ隊長の手が震え、手紙を取り落とした。


「何があったんですか?」

「……テシウス殿下が反乱を起こされた。アルシス殿下の一行を監禁してアデリアーナに立てこもったらしい」

「「「何ですって!!!」」」


 驚きのあまり、3人の声が重なる。隊長は取り落とした手紙を拾い上げ、もう一度詳しく読むと俺を見た。


「ラキウス君と言うのは君か?」

「ええ、そうですが」

「クリストフ副団長から君に直々の依頼だ。明日夕刻、第二騎士団は飛竜騎士団と共にアデリアーナ郊外に展開する。それに合流し、人質奪還、反乱鎮圧に協力して欲しい、とのことだ」

「わかりました」


 即答する俺に、セリアが驚いて反論する。


「明日夕刻って、ここからアデリアーナまで1日半の距離なのよ。今から馬を飛ばしても間に合うかどうか。馬も潰れちゃうだろうし」

「大丈夫だ。ラーケイオス様に連れて行ってもらう」

「何ですって⁉」


 そうだ、ラーケイオスならここからアデリアーナまで30分もかからず到着するだろう。それに攻城戦になるなら、あのブレスは絶対に役に立つ。どんな強固な城に立て籠もろうと、真正面からぶち抜ける。龍神剣が手元に無いのが残念だが、ラーケイオス単体で万の軍隊を凌駕するはずだ。


 まだ、俺の方からラーケイオスに念話で呼びかけることができないため、神殿の庭園にいるラーケイオスの元に急ぐ。ラーケイオスは巫女の救出と言う目的があるため、協力に同意してくれた。だが、条件があると言う。


『今回、魔族が絡んでいる可能性が高いと我は考えている」

『魔族ですか?』

『そうだ。巫女が反撃できずに倒されるなど、並みの魔力では無い。魔族が関わっていると考えた方がいい』


 レジーナか。あいつ、やっぱりテシウス殿下と契約していたのか。


『従い、今回は大聖女も一緒に行くことが条件だ』

『エヴァと?』

『そうだ。騎士殿はまだ我とのパスが通じておらぬ。通じているのはアルテ・ドラギスとの間のみだ。我とのパスを通すのは巫女の役目。その巫女が倒れている以上、我の力をそなたはまだ使えん。大聖女の助力が無ければ、魔族に対抗できんぞ』

『俺は闇魔法も使えますが』

『魔族と闇魔法での魔力勝負などバカげている。勝負にならん』


 俺はエヴァにラーケイオスの条件を伝え、了解をもらった。しかし、困ったことに、セリアが付いていくと言って聞かない。魔族がいるかもしれないから待っててくれと言っても、俺の事が心配だから付いていくと言う。気持ちは嬉しいけど、彼女では魔族への対抗手段が無い。と、思っていたが、エヴァがあっさりと解決策を口にする。


「手段ならあるわよ」

「本当ですか、エヴァ様」

「二人には私の魔法で光属性魔法を付与できるから、それで多少の闇魔法には耐えるはず。後、攻撃手段ならあるじゃない、聖剣リヴェラシオンが」


 あれか。アレクシウス陛下の形見。まあ、緊急事態だから使うのを許してもらおう。


「分かったよ。じゃあ、セリアは聖剣リヴェラシオンを使って。俺は自分の魔力で戦うから」

「分かった」

「でも、とにかく無茶はしないで。本当は連れて行きたくないんだ。君にもしもの事があったら」

「ありがとう、心配してくれて。でも、それは私も一緒よ。あなたが危険に身をさらしているのに、ただ待っているだけなんて嫌」


 セリアの想いにジーンとして見つめあっていると、パンパンと手を叩く音がする。


「はいはい、あんた達、いちゃつくのは後にしてね」


 エヴァの声にお互い赤くなって顔を逸らす。エヴァがニヨニヨ笑ってるのが何かむかつくぞ。


 さて、出発が明日の夕方でいいなら、それまでに出来ることはやっておきたい。セリアに何をするのかと聞くと、王都にいる父親とフェルナシアにいる母と兄に連絡を取ると言う。


「私の領地はサルディス伯爵の領地と境界を接しているから。テシウス派の伯爵が兵を動かす可能性があるもの」


 確かにその可能性はあるだろう。サルディス伯爵だけじゃない。クーデターを起こすと言うなら、テシウス派の貴族が同時にあちこちで兵を挙げる可能性がある。まさか、アデリアーナに立て籠もって終わりではあるまい。


 それにしても、今やカテリナとソフィアは明確に敵同士か。昨日、ソフィアに問うたばかりの事態がもう起こっている。そのことにどうしようも無いやるせなさを感じずにはいられない。俺に何かやれることは無いのか。そもそもカテリナはこうなることを知っていたのだろうか。彼女と話をすれば何か解決の糸口が見つかるだろうか。しかし、エヴァは俺のそんな内心を見通しているのだろう。


「念のため言っておくけど、テシウス派のクラスメートのところに絶対行っちゃダメよ」

「分かってるよ。テシウス派に肩入れしているように見られたら良くないって言うんだろ」

「そうよ。特にあんたは竜の騎士になるの。あんたの行動はもはやあんた一人のものじゃ無いわ」

「……ソフィアと同じことを言うんだな」


 まだ王室の許可も何も出ていないから、正式に竜の騎士として認められるかどうかも分からない。それなのに、まだもらってもいない肩書が、逆に俺の手足を縛る。


「不満?」

「そう言う訳じゃないけど、俺、地位や栄誉を手にしたら、もっと自由に振る舞えるようになるんだと思ってたよ。現実はまるで違うんだな」

「じゃあ、あんたが王になる?」

「何言ってるんだ?」

「中途半端に偉くなるから、そんなことが起こるのよ。王になれば、誰はばかることなく自由に振る舞うことが出来るようになるわ。あんたにはその力がある。竜王様の力を使えば、王国の誰もかなわない。国王でさえもね。その力で王室を打倒して王になることだって可能なのよ」


 そう言って妖しく笑う彼女の言葉にどれほどの本心が含まれているか分からないが、その悪魔の囁きに耳を貸すわけにはいかない。


「俺はそんな大それたことを望んではいないよ」


 そうだ。俺の望みはただ、セリアと結婚して幸せに暮らすことだけなのだ。王になることなど、ましてや簒奪者として歴史に名を残すことなど望んではいない。その答えを聞いたエヴァはフッと笑う。


「なら、大人しく王国の指示に従って動くこと。体制に反していると見られないようにすることね」


 言いくるめられた俺を心配してセリアが覗き込んでくる。


「大丈夫?」

「……大丈夫、ありがとう」


 何かモヤモヤしたものを残しながら、アデリアーナに突入する前日の夜は更けていくのだった。

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