第21話 アデリアーナの惨劇

 時は少し遡る。


 アルシス一行は、アデリアーナに到着したところだった。

 馬車に乗っているのは、アルシスとカーライル公爵、それと先ほどまで馬で同行していた近衛騎士団長の3人である。リアーナは別の馬車に乗っていた。


「テシウスの奴、歓迎の宴を開きたいとか、何を考えている?」


 口火を切ったのはアルシスだった。彼とテシウスは仲が悪く、事あるごとに対立している。それは、王太子の地位を巡っての争いと言うだけでなく、母親同士の代理戦争の意味合いもあった。


 アルシスの母アリシアは伯爵家の出身であったが、側室である。対してテシウスの母アウロラは、隣国クリスティア王国から正妃として嫁いできたれっきとした王族。


 王家ともなると、王位継承のいざこざを避ける意味でも、正妃が世継ぎを生むまでは側室を娶るのを控える、あるいはせめて側室との間に子を成す事を控える、といった分別も求められよう。しかし、ドミティウスはアリシアと出会ってそれ程日の経たぬうちに男女の仲となり、側室とした。しかも当時、二人とも未成年である。これについては、眉をひそめる者もいる一方、当時を知る者の中には、放縦を極めた父ナルサスから彼女を守るためだったとして擁護する向きもある。いずれにしても英明をもって知られるドミティウスの唯一の汚点であっただろう。


 アウロラからすれば、正妃であり生粋の王族である自分よりも側室とその子の方に夫の愛が注がれているのは我慢がならなかったのだろう。息子テシウスを次期国王に据えることに執念を燃やし、事あるごとに、息子に対して腹違いの兄への憎悪を吹き込んできたのだった。


 そうした弟からの宴の誘いである。警戒するなと言う方が無理であった。そのアルシスの警戒に同意しつつ、カーライル公爵が別の視点を提示する。


「しかし、無下にするわけにも参りますまい。弟君のメンツを潰してしまうのもいかがなものかと」

「分かってはいるがな。───リオン、護衛の兵については何人まで同行できる? 後、帯剣は許可されているのか」


 アルシスが近衛騎士団長に問う。皆高位の貴族、アルシスに至っては王族だ。剣が無くとも、いざとなれば魔力で戦える。それでも剣があれば頼もしさが違うし、何より、武装を認めるかどうかは、相手の意図を測る試金石となる。


「はっ、会場の都合上、護衛の兵は10人までにしてくれと言われておりますが、皆、帯剣は認めるとのことです」

「そうか、流石に丸腰で来いとは言わぬようなだな。仕方ない。流石のあいつでも、リアーナ様もいらっしゃる前で、馬鹿なことはしないだろう」


 武装の許可に安堵した一行は、テシウスの招待を受けることにしたのだった。その楽観が命取りになるとも知らずに。





「兄上、ようこそいらっしゃいました」

「うむ、弟よ、出迎え感謝する」


 アデリアーナの中心にある小高い丘の上に位置するテシウスの屋敷に到着すると、一行をテシウス自らが出迎えた。居並ぶ使用人たちの前に進み出て、両手を広げ、大仰に歓迎の意を表する弟に対し、兄の方は硬い表情を崩していない。兄への挨拶を済ませると、テシウスはリアーナの方を向いた。


「これは竜の巫女様、お噂通り、いや、噂よりもはるかにお美しい。そのお手に口づけをお許しいただけますでしょうか」


 リアーナは怖気が立ったが、王族からの申し出を無下に跳ね除けられない。左手は龍神剣を抱えているため、いやいや右手を差し出す。テシウスはリアーナの前に片膝をつき、その手の甲に口を触れた。その瞬間だった。


「ああああああああ!!!」


 リアーナが絶叫し、昏倒したのである。気をつけて見れば、右手の甲に小さな虫、いや、石のようなものが蠢き、細い触手を手に刺しているのが見えたかもしれない。だが、一同はそれどころでは無かった。


「大丈夫ですか、リアーナ様?」


 心配してアルシスがリアーナを抱き起す。が、突如感じる、ドンッという衝撃と焼けるような痛み。その胸から剣が生えている。いや、テシウスが背後から剣で貫いたのだった。


「……テシ……ウス……」


 アルシスは信じられない物を見るように、胸から生えた剣を眺めていたが、そのまま床に倒れ、絶命した。いきなりの展開に呆気に取られていた一行が騒ぎ出す。


「テシウス殿下、気でも狂ったのですか⁉」


 リオンが剣を構え、他の近衛騎士たちもリオンに続いてテシウスを包囲した。しかし、テシウスはまるで恐れる様子も無い。高笑いを浮かべ、叫んだ。


「やった、やった、やりましたよ、母上! ついにあの忌々しい兄を屠ってやりました!」


 そこにはいない母親に高らかに報告すると、一行に冷たい目を向ける。


「お前たちも死ね」

「テシウス殿下を取り押さえろ!」


 リオンの指示の下、近衛騎士たちが包囲を狭めるが、次の瞬間、血しぶきが舞い、騎士たちの首が全員、胴から離れて宙を飛んでいた。


「な、何が?」


 うろたえるリオンの前に女が立っていた。燃えるような赤い髪、ガントレットから伸びた剣、狂気に満ちた瞳。流血姫レジーナであった。剣に付いた血を舐めとりながら彼女はリオンを値踏みするように眺める。


「王子様、こいつ玩具おもちゃにしてもいい?」

「構わないぞ。ああ、カーライル公爵は殺すな。人質にするからな」

「了解」

「ふざけるな! 女、貴様一体何者だ⁉」


 自らを歯牙にもかけないやり取りに激高し、リオンが問う。


「元金剛石級冒険者レジーナ・シルヴィス。冥途の土産に教えてあげるよ、お坊ちゃん」

「平民風情がいい気になるな!」


 安い挑発に乗ってリオンが剣を構える。だが、言葉とは裏腹に、先ほど部下を屠った腕前を見れば、侮れない敵であることはリオンにもわかる。彼は魔力を全開にすると、身体強化、障壁展開、武器への魔法付与を同時に行った。何ならこの状態で魔法攻撃もこなす。仮にも公爵家嫡男にして近衛騎士団長。名ばかりの男では無い。レジーナも感嘆の声を上げる。


「へええ、魔法障壁の多重展開に身体強化、武器へのエンチャントもこなすんだあ。凄いね。……だけど」


 レジーナが飛び込んできた。リオンは障壁で避ける。だが───


「無駄なんだよね」


 障壁などまるで存在しないかのように、彼女の剣が振るわれる。煌めく剣閃に、リオンの左腕が肩から吹き飛ばされ、宙を舞った。条件反射のように左肩を庇った右手首もほぼ同時に切り飛ばされる。


 両腕を失い、剣を握れなくなったリオンが咄嗟に魔法を唱えようとするが、レジーナは彼の顎を片手で掴むと、そのまま握りつぶした。顎を砕かれ、魔法を唱えることができなくなったリオンには今度こそ反撃の手段が無い。そのリオンを片手で持ちあげると、レジーナは素手で彼の鎧を引き剝がしにかかった。


 何と言う膂力。留め金やベルト、鋲がはじけ飛び、金属製の鎧がベリベリと引き剥がされていく。リオンは恐怖のあまり、言葉も無い。もちろん、顎を外され、しゃべることなどできないが、悲鳴すらも漏らせず、ただ、その股間を生温かいものが濡らした。


 床にポタポタと滴り落ちるそれを見て、レジーナはせせら笑う。鎧を外し終わると今度はその下の鎖帷子までも引きちぎり、とうとう、リオンの胴体を殆ど全裸の状態まで剝いてしまうと、その股間を見て失笑する。


「そんな縮こまってたら使い物にならないね。そんなのはいらないだろ」


 彼女が剣を振り下ろすと、今度こそリオンがこの世のものとも思えない悲鳴を上げた。

 その場にいた者たち、特に男たちは、テシウス配下の者であろうと目を逸らす。


 レジーナはリオンを離すと、床に落ちたそれを拾い上げ、流れる血を啜る。しかし、すぐに興味を失ったように投げ捨てた。


「ダメだ、あんた。外見は良くても中身は全然美味しくないや」


 そう言うと、這いずるように何とか逃げようとするリオンに剣を振り下ろした。首を失い、地に伏した身体にはもはや何の興味も無い。次にレジーナは、気を失っているリアーナに目を向けるとニタリと笑った。そして、使用人たちを呼ぶと、彼女を祭壇に運ぶように指示をする。もちろん、彼らに注意するのを忘れない。


「ああ、その娘は大事な大事なメインディッシュだからね。気絶してるからって、運んでる途中でイタズラしたら、あんた達のナニも切り落としちゃうよ」


 その言葉に使用人たちはブルブル震えて、何度も何度も頷く。レジーナは満足そうに笑うのだった。


「さて、今度の身体はどうだろうねえ。ああ、楽しみだ」


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