第11話 ナルディア王朝の滅亡
サフ首長国によるナルディア王国侵攻は、各国に大きな衝撃をもたらした。それはここ、アレクシアでも変わらない。王宮のあちこちで、ひそひそと話をしている姿が見受けられた。
困惑は俺も同様だ。俺は、アラバイン王国はいずれ同盟を組んだ大陸中の国と戦争をすることになるだろうと思っていた。だが、現実はそうなっていない。なんでサフはナルディアに攻め込んでいるのか。その疑問に対し、ソフィアはやれやれと言った様子で肩をすくめると、軽くため息を吐いた。
「そんなの、あなたがフェルナシアでやり過ぎたからに決まってるでしょうが」
「……どういうこと?」
「いいですか? あなたはフェルナシアで7万人も一気に殺してしまうような力を見せつけたんです。各国は思い知ったんですよ。例え全ての国が協力しても、アラバイン王国に軍事では敵わないって。だから、彼らは軍事では無く、外交でアラバイン王国に対抗しようとしていると考えます」
「外交だって軍事力あってこそだよね? 戦争は外交の延長にあるものだし」
「それでもです。外交の場では、ある程度儀礼が求められますので」
「……それが何でサフとナルディアの戦争につながるの?」
「もちろん、儀礼が求められると言っても、背景となる国力が大きい方が有利になります。だから、軍事力で及ばなくとも、他の国力を上げるために、各国は周りの国を飲み込んで大きくなることを選んだんですよ」
そう言うことか。アラバイン王国への対抗上、同盟を組むのではなく、他国を飲み込んで大きくなろうとしていると。それよりも、マルチの国際会議体を作って一国一票にして数の力で抑え込むってした方が有効なような気がするけど、流石にこの時代にそんな発想はまだ無いか。
「しかし、そうだとすると、サフとナルディアだけでは済まないよな?」
「もちろんです。アラバイン王国への対抗という観点から、我が国と、属国であるクリスティア大公国、同盟国であるオルタリア王国、フィリーナ様が嫁ぐレドニア公国、これらの国は無関係でいられるでしょう。ミノス神聖帝国も地理的に離れているので、巻き込まれはしないでしょうね。ですが、大陸西方の国は全て巻き込まれることになると思います」
「止めた方がいいのかな?」
「いいえ、介入する大義がありません。それに言葉は悪いですが、外交の場でなら、複数の国を相手にするよりも、少数の方が与しやすいです。せいぜい潰しあってもらいましょう」
うん、ソフィア、とっても悪い顔になっているよ。彼女だけは絶対に敵に回すまい。
「それにしても、サフとナルディア、どっちが勝つと思う?」
「純軍事的な分析は私の範疇を超えるんですが……。一応、国力的にはナルディアの方が上だと思いますよ。騎兵の能力は遊牧民出身であるサフの方が上ですが、魔法士や騎士の数で言えば、ナルディアの方が上ですからね」
「遊牧民出身って、やっぱり
「いえ、鐙は使いますけど、そもそもサフの騎兵は馬では無くて鳥に乗ってますからね」
「は? 鳥?」
「ええ、クウィルと言って、こんな鳥です」
そう言うと、ソフィアは紙にさらさらと絵を描いて見せてくれる。それから俺は、恐鳥そっくりのクウィルと、それを用いたサフの戦術について、小一時間、講義を受けたのだった。いや、ソフィア、軍事は専門外って言ってたじゃないか。それともあれか? クウィルオタクなのか?
そのクウィルについての、とても素人とは思えない講義を終えた後、ソフィアはサフとナルディアの戦争に話を戻した。
「さっきも言ったように、国力的にはナルディアの方が上なのですが、この戦いは圧倒的にナルディアが不利です」
「それは何故?」
「ナルディアはサフだけでなく、東のオルタリア、西のレントにも気を配らなければなりません。兵力を集中できませんし、この機に乗じてレントなどが侵攻してきたら、相当に危ないでしょうね」
「なるほどなあ」
ソフィアの分析に感心していたが、数日後、実際にレントがナルディアに宣戦布告したと聞いて仰天した。しかも、レントはナルディアに海から上陸したと言う。
「レントが海軍が盛んなんてイメージ無かったんだけど」
「海軍では無く、商船を徴発したようですね。レントは元々西大陸との交易で栄えてた都市国家の連合体ですから」
「西大陸って、あの魔法災害で大陸の殆どが進入できなくなっているって言う、あの?」
「ええ、なので、商船がいっぱい余ってたらしいですよ」
それにしても海から上陸とは、この世界の戦いの常識からは外れた戦い方だ。これもミノス神聖帝国との戦いにおける海軍を使った戦闘を見て学んだということなのか。恐らく各国は急速に戦術を転換してくるだろう。これまでのようには行かないと言うことか。
それから10日後、レントによる攻撃の前に、王都パルティアが陥落したとの報せが届いた。こんなにも早く王都が落ちるのは予想外だったが、サフ迎撃の軍が進発した後だったこと、レントとオルタリアからの侵攻を警戒して国境に兵を張り付けていたために、逆に王都の防衛が手薄になっていたことが仇となったのだろう。
王太子ルヴィスは、王都を守るために、寡兵を率いて奮戦したが、武運拙く討ち死にしたと言う。立太子の儀の際に会った男の顔が目に浮かぶ。女好きで軽薄で、でも、実は真面目なのではないかと思わせた男の顔が。だが、感傷に浸る間など無い。ナルディア王族が迎えた末路についての報告はそれで終わりでは無かった。
「国王を始め、残った王族の方々は全て絞首刑となり、王宮前広場に吊るされたそうです。王太子妃は、まだ3歳の息子、レギス殿下を道連れに自害されたとか。……ナルディア王朝は滅亡です」
「……そうか」
ソフィアから報告を受けながら、後味の悪い思いを禁じ得ない。わずか3歳の幼児まで犠牲になる。戦争とはそう言うものだと思いはしても、感情はなかなか受け入れられるものでは無い。
では、ソフィアがどう言おうとも、介入するべきだったのか? そうではあるまい。そうなったら、サフやレントで別の光景が広がっているだけだ。
やりきれない思いはあるが、いつまでもこだわっている訳には行くまい。なにしろ、王朝は滅亡したとは言え、サフを迎撃するために進発したという軍勢3万は、サフ騎兵隊とにらみ合いを続けており、健在だ。複数のナルディア有力貴族も降伏を拒んで抵抗を続けている。同じナルディアに侵攻しているサフとレントの激突も考えられる。戦争はまだ終わっていない。
事態は更に急展開をする。それまで沈黙していたガレア王国がレントとサフに同時に侵攻したのだ。ついに、大陸の西側最大の大国が動いたのである。
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<後書き>
次回は第7章第12話「新たなる秩序を求めて」。お楽しみに。
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