第25話 覚醒

「目を覚ましてくれ! リアーナ!!」


 一体何度目の呼びかけだろう。リアーナからの応えは無い。

 彼女の姿をしたアスクレイディオスの嘲笑が響くのみ。


「無駄無駄無駄、この私に身体を乗っ取られて自由を取り戻した者などいない。そこに転がっている娘も最初は身体の中で泣きわめいていたが、いずれ諦めて狂っていったぞ。ハハハハハ!」


 反吐が出る。レジーナを敵視していたが、彼女も被害者だったんじゃないか。それも特大の。恐らくはレジーナの前にも何人も同様の被害者がいるのだろう。アスクレイディオス、絶対に許さない!


 だが、実際には、圧され気味だ。エヴァの神聖領域サンクチュアリすら圧倒し、再構築されていく大魔法。その脅威が迫る。俺たちにかかっている光聖鎧アイギアス・ルークスも、そうは保つまい。もはやなりふり構ってはいられない。


 龍神剣アルテ・ドラギスが喰いまくった闇属性魔法を一気に解放する。闇対闇は効率が悪い。単純に魔力勝負だ。狙うはアスクレイディオスでは無く、空中の魔法陣。大魔法の構築を阻害し、一時的に消滅させる。時間稼ぎに過ぎないが、今はその時間が必要だ。


「行けえ! アルテ・ドラギス!」


 龍神剣アルテ・ドラギスから漆黒の刃が一気に伸びる。その解き放たれた膨大な闇の魔力が、空中の魔法陣を切り裂き、大魔法をかき消した。その威力に、アスクレイディオスが呆れたような笑い声をあげる。


「ハハハ、何だ? その無茶苦茶な力は? だが、所詮、時間稼ぎだ!」


 いいんだ、最初から目的は時間稼ぎ。この隙にリアーナを目覚めさせる!


「目を覚ませ、リアーナ!!」

「無駄だ。黒闇槍ダルク・ハスタ!」


 アスクレイディオスは大規模魔法の構築を一時的に中断し、投射系の攻撃に切り替えた。エヴァの神聖領域サンクチュアリで威力を減じているとは言え、数十本が一度に襲ってくる。とても避けられない。龍神剣アルテ・ドラギスで喰いながら辛うじてかわす。


 リアーナへの呼びかけが功を奏さないまま、時間ばかりが過ぎる。光聖鎧アイギアス・ルークスの効果も切れてしまった。この状態で闇魔法を撃たれると、闇魔法の障壁を張れる俺と違って、セリアは防御できない。


 アスクレイディオスもそれを見て取ったか。何本もの漆黒の槍がセリアに向け奔る。全ての迎撃は───無理! 俺はとっさにセリアを押し倒した。背中に焼けつくような痛みが走る。障壁を張ってなお、何本か受けたか。セリアが蒼白な顔で、覆いかぶさる俺を見ている。


「いや……ラキウス、いやあ!」

「大丈夫、傷は浅いから」


 彼女を安心させるために、無理に笑顔を作る。実際、障壁により致命傷には至っていない。しかし、軽傷と言う訳でも無い。取りあえず回復薬を飲んだが、傷に即効性があるわけでは無い回復薬では、全快には程遠い。エヴァが回復魔法をかけようかと言ってきたが、断った。今、神聖領域サンクチュアリを解くのは逆にまずい。


 八方ふさがり───そう思った時、アスクレイディオスに劇的な変化が起こった。


「あああああああああああああああああああああ!!」


 何事か、と思った時、その口からはっきりと、アスクレイディオスのものでは無い口調の声が響いてきた。


「ラキウス君! こいつを抑えてますから、今のうちに回復を! 早く!」

「女、往生際が悪い。おとなしく眠っていろ!」


 同じ口から、異なる口調の声が出てくる。その奇妙な光景に呆気にとられそうになるが、リアーナが作ってくれた貴重な機会を逃すわけにはいかない。エヴァは急いで、神聖領域サンクチュアリを解くと、俺に回復魔法をかけた。


 アスクレイディオスの異常は続いている。


「エヴァ様、こいつの本体は胸の真ん中にある石! エヴァ様の魔法で、こいつを抑えて!」


 見ると確かに胸の真ん中あたりに菱形の石のようなものが見える。俺はエヴァと目配せすると飛び出した。


氷結空堡スカーラエ!」


 空中のアスクレイディオスまで一気に駆ける。途中、迎撃の魔法が頬を掠めるが、知ったことか。そのまま、彼女の身体にがっきと組み付く。地上に落とした彼女を仰向けに羽交い絞めにすると、駆け込んできたエヴァが、錫杖を石に突き立てた!


聖撃カエレスタインパルス!!」


 刹那、錫杖に奔った光が、石に叩き込まれた! リアーナの身体が痙攣したように跳ねる。一瞬、気を失ったかに見えた彼女であったが、すぐにその目に光が戻った。


「ラキウス君、時間がありません! この魔族が気を失っているうちに、あなたと私、ラーケイオス様のパスを繋ぎます。両手を握って下さい」


 リアーナに言われるままに両手をつなぐと、いつぞやと同様、金色の魔力が流れ込んできた。


「あなたからも私に魔力を注ぎ込んで」


 魔力の流し方など良くわからないが、彼女に魔力が流れるようにイメージする。そうすると確かに、彼女に魔力が流れていくのが実感できた。


「ありがとう、あなたの魔力を感じます。今、パスを通します!」


 その瞬間、彼女の心が、記憶が、流れ込んできた。100年待ち続けた彼女の記憶と孤独───その全てがフラッシュバックのように心のうちに浮かんでいく。とても全てを読み取れない。パニックになりそうな情報の洪水。だが、それはすぐに消えた。その代わりに、彼女の温かな声が響く。


『聞こえますか?』

『聞こえます』

『良かった、ラーケイオス様のパスも通しますね』


 その言葉と共に、異質の心が、記憶が、知識が押し寄せる。そして同時に流れ込む膨大な、あまりに膨大な魔力。身体を内側から無理矢理押し広げられる! 破裂しそうなまでの魔力の奔流。それと同時に、ラーケイオスの声が響いた。


『騎士殿、いや、ラキウスと呼ばせてもらおう。巫女殿を解放するぞ』

『わかりました。やります!』


 何をすればいいか、明確にわかる。パスを通じて、龍神剣アルテ・ドラギスにラーケイオスの魔力を流し込む。魔族を打ち砕く力を。周囲を真昼のように照らし出す龍神剣アルテ・ドラギスの煌めき。その光はこれまでに無い程のもの。


「おのれ、貴様ら!」


 目を覚ましたアスクレイディオスが、リアーナの姿のまま、はるか後方に飛び退った。だが、もはや恐れるものは無い。


 龍神剣アルテ・ドラギスの光をリアーナの胸の石めがけ、思い切り振り抜いた!


「くたばれ!!」

「ギャアアアアアアア!!」


 収束した光に貫かれた石がボロボロと崩れていく。同時に、彼女のまとっていたどす黒い服も。龍神剣アルテ・ドラギスの光が収まると、リアーナは崩れ落ちた。恐らく衝撃で気絶したのだろう。俺は彼女が倒れないように、駆け寄って支え───え、何で?


 彼女の服は上半身がビリビリに破られていた。胸が丸見えである。


『おそらくあの服に見えたのも魔族の身体の一部だったのだろう。乗り移るために服を破って、その上に覆いかぶさっていたんだな』

『冷静に解説してんじゃねーよ、ラーケイオス!』


 どうしよう? 早く何か着せないと、いや、目を逸らさないと───でも、目が離せない。


「何見てんのよおおおお! バカァアアアアっ!」


 セリアに思いっきり引っ叩かれた。彼女は俺からリアーナをひったくると、エヴァに渡す。エヴァは自分のローブのショール部分を外し、リアーナに掛けていた。


「何やってるのよ! 他の女の人の裸なんか見たらダメ!」

「他の女のって、セリアのだったらいいのかよ?」


 あ、これ、自分でも言った瞬間、失言だったと思ったね。セリアはこれ以上ないくらい、真っ赤になった。


「バカァアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 またまた引っ叩かれた。しかも往復で。


 バカバカと俺をポコポコ殴ってくるセリアに謝っていたが、ふと気づくと、リアーナが目を覚まして、こちらを呆然と見ていた。だが、不意にその目から涙があふれ出す。あ、あれ? 何で?


「ほらあ、ラキウスが破廉恥なことしたからリアーナ様泣いちゃったじゃ無い!」


 え、そうなの? あれ、あの時、リアーナ、気絶してたから気づいてないと思うんだけど。


「謝りなさいよ、早く!」


 セリアに急かされ、釈然としないまま、リアーナに土下座する。こうして魔族との戦いは、泣きじゃくる竜の巫女と、土下座する竜の騎士、という訳の分からない光景で幕を閉じたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る