第25話 覚醒
「目を覚ましてくれ! リアーナ!!」
一体何度目の呼びかけだろう。リアーナからの応えは無い。
彼女の姿をしたアスクレイディオスの嘲笑が響くのみ。
「無駄無駄無駄、この私に身体を乗っ取られて自由を取り戻した者などいない。そこに転がっている娘も最初は身体の中で泣きわめいていたが、いずれ諦めて狂っていったぞ。ハハハハハ!」
反吐が出る。レジーナを敵視していたが、彼女も被害者だったんじゃないか。それも特大の。恐らくはレジーナの前にも何人も同様の被害者がいるのだろう。アスクレイディオス、絶対に許さない!
だが、実際には、圧され気味だ。エヴァの
「行けえ! アルテ・ドラギス!」
「ハハハ、何だ? その無茶苦茶な力は? だが、所詮、時間稼ぎだ!」
いいんだ、最初から目的は時間稼ぎ。この隙にリアーナを目覚めさせる!
「目を覚ませ、リアーナ!!」
「無駄だ。
アスクレイディオスは大規模魔法の構築を一時的に中断し、投射系の攻撃に切り替えた。エヴァの
リアーナへの呼びかけが功を奏さないまま、時間ばかりが過ぎる。
アスクレイディオスもそれを見て取ったか。何本もの漆黒の槍がセリアに向け奔る。全ての迎撃は───無理! 俺はとっさにセリアを押し倒した。背中に焼けつくような痛みが走る。障壁を張ってなお、何本か受けたか。セリアが蒼白な顔で、覆いかぶさる俺を見ている。
「いや……ラキウス、いやあ!」
「大丈夫、傷は浅いから」
彼女を安心させるために、無理に笑顔を作る。実際、障壁により致命傷には至っていない。しかし、軽傷と言う訳でも無い。取りあえず回復薬を飲んだが、傷に即効性があるわけでは無い回復薬では、全快には程遠い。エヴァが回復魔法をかけようかと言ってきたが、断った。今、
八方ふさがり───そう思った時、アスクレイディオスに劇的な変化が起こった。
「あああああああああああああああああああああ!!」
何事か、と思った時、その口からはっきりと、アスクレイディオスのものでは無い口調の声が響いてきた。
「ラキウス君! こいつを抑えてますから、今のうちに回復を! 早く!」
「女、往生際が悪い。おとなしく眠っていろ!」
同じ口から、異なる口調の声が出てくる。その奇妙な光景に呆気にとられそうになるが、リアーナが作ってくれた貴重な機会を逃すわけにはいかない。エヴァは急いで、
アスクレイディオスの異常は続いている。
「エヴァ様、こいつの本体は胸の真ん中にある石! エヴァ様の魔法で、こいつを抑えて!」
見ると確かに胸の真ん中あたりに菱形の石のようなものが見える。俺はエヴァと目配せすると飛び出した。
「
空中のアスクレイディオスまで一気に駆ける。途中、迎撃の魔法が頬を掠めるが、知ったことか。そのまま、彼女の身体にがっきと組み付く。地上に落とした彼女を仰向けに羽交い絞めにすると、駆け込んできたエヴァが、錫杖を石に突き立てた!
「
刹那、錫杖に奔った光が、石に叩き込まれた! リアーナの身体が痙攣したように跳ねる。一瞬、気を失ったかに見えた彼女であったが、すぐにその目に光が戻った。
「ラキウス君、時間がありません! この魔族が気を失っているうちに、あなたと私、ラーケイオス様のパスを繋ぎます。両手を握って下さい」
リアーナに言われるままに両手をつなぐと、いつぞやと同様、金色の魔力が流れ込んできた。
「あなたからも私に魔力を注ぎ込んで」
魔力の流し方など良くわからないが、彼女に魔力が流れるようにイメージする。そうすると確かに、彼女に魔力が流れていくのが実感できた。
「ありがとう、あなたの魔力を感じます。今、パスを通します!」
その瞬間、彼女の心が、記憶が、流れ込んできた。100年待ち続けた彼女の記憶と孤独───その全てがフラッシュバックのように心のうちに浮かんでいく。とても全てを読み取れない。パニックになりそうな情報の洪水。だが、それはすぐに消えた。その代わりに、彼女の温かな声が響く。
『聞こえますか?』
『聞こえます』
『良かった、ラーケイオス様のパスも通しますね』
その言葉と共に、異質の心が、記憶が、知識が押し寄せる。そして同時に流れ込む膨大な、あまりに膨大な魔力。身体を内側から無理矢理押し広げられる! 破裂しそうなまでの魔力の奔流。それと同時に、ラーケイオスの声が響いた。
『騎士殿、いや、ラキウスと呼ばせてもらおう。巫女殿を解放するぞ』
『わかりました。やります!』
何をすればいいか、明確にわかる。パスを通じて、
「おのれ、貴様ら!」
目を覚ましたアスクレイディオスが、リアーナの姿のまま、はるか後方に飛び退った。だが、もはや恐れるものは無い。
「くたばれ!!」
「ギャアアアアアアア!!」
収束した光に貫かれた石がボロボロと崩れていく。同時に、彼女のまとっていたどす黒い服も。
彼女の服は上半身がビリビリに破られていた。胸が丸見えである。
『おそらくあの服に見えたのも魔族の身体の一部だったのだろう。乗り移るために服を破って、その上に覆いかぶさっていたんだな』
『冷静に解説してんじゃねーよ、ラーケイオス!』
どうしよう? 早く何か着せないと、いや、目を逸らさないと───でも、目が離せない。
「何見てんのよおおおお! バカァアアアアっ!」
セリアに思いっきり引っ叩かれた。彼女は俺からリアーナをひったくると、エヴァに渡す。エヴァは自分のローブのショール部分を外し、リアーナに掛けていた。
「何やってるのよ! 他の女の人の裸なんか見たらダメ!」
「他の女のって、セリアのだったらいいのかよ?」
あ、これ、自分でも言った瞬間、失言だったと思ったね。セリアはこれ以上ないくらい、真っ赤になった。
「バカァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
またまた引っ叩かれた。しかも往復で。
バカバカと俺をポコポコ殴ってくるセリアに謝っていたが、ふと気づくと、リアーナが目を覚まして、こちらを呆然と見ていた。だが、不意にその目から涙があふれ出す。あ、あれ? 何で?
「ほらあ、ラキウスが破廉恥なことしたからリアーナ様泣いちゃったじゃ無い!」
え、そうなの? あれ、あの時、リアーナ、気絶してたから気づいてないと思うんだけど。
「謝りなさいよ、早く!」
セリアに急かされ、釈然としないまま、リアーナに土下座する。こうして魔族との戦いは、泣きじゃくる竜の巫女と、土下座する竜の騎士、という訳の分からない光景で幕を閉じたのだった。
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